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身近な人がコロナウイルスに感染して他界したとき その4 徳 続編 当たり前過ぎて意識しなくなっていること

 愚輩の小賢しい薄っぺらな前捌きを超えていた故人の徳というお話の続編です。

(注意 以下、人によっては鼻に付く表現があります。沈思黙考後、推敲してもお伝えすべき事実に最も近い日本語表現と考えてのこと。ご容赦賜りたく。)

 クリスマスや年末年始を間近にして、極めて身近な人が今回の感染拡大期に施設内でコロナウイルスに感染し、他界しました。残念です。

 リスクある儀式と無い儀式の完全分離という愚輩の前捌き判断を故人の徳が超えたのです。

 その辺りの経緯はこちらをご覧になって下さい。

 その力は凄まじくジワリジワリと人数は膨らみ、なんと結局9人の方々が簡易保管でウイルス密度が最大化し感染リスクが極めて高い状態での儀式に参加するという意志でした。唯一1名の高齢の方が私の感染リスクの説明に納得され直前に参加を見合わせて下さいました。
 病み上がりの方1名以外の方は健康で高齢ではない方々のみとなり、それでも格段に感染リスクは下がりました。

 ということで、隣国で起こっているゼロコロナ政策とその緩和、その後の混乱という状況をリファレンスにしながら、いよいよ一連の儀式が始まることとなりました。

 その中国の動きに関してはこちらをご覧になって下さい。


 今はこのコロナ禍の流行第8波初期の拡大局面で、できる限りのことはやり尽くした思いです。

 後は儀式の流れの中で、リスクを下げる様に振る舞うのみ。

 謝意を込めて再度強調しますが、医療、介護、祭礼関係等簡易設備しか無くとも一連の手続きを引受けて下さった方々等多くの方々の命を賭した善意に支えられた上で今後の一連の儀式が成り立っていること、そのことへの深謝は決して忘れません。

多謝。

 

 

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