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【歴史小説】寧らかの波 第二章(3)「漢奸! 貴様こそ、民族の裏切り者ではないか」


ここまでのあらすじ

 16世紀。
 異国の血を引く楠葉くすば入鹿いるかは、淡路国あわじのくに沼島ぬしまで育ての親ジイや幼馴染おえいと穏やかに暮らしていた。
 ところがある日、突如ジイに襲われ、とっさに反撃してその命を奪ってしまう。
 同時に沼島は武士の船団に囲まれ、管領かんれい細川ほそかわ高国たかくにと美貌の明国みんこく人・宋素卿そうそけいが現れる。
 かつて細川の戦友だったジイは、住民の命と引き換えに、剣の技を授けた入鹿を差し出す密約を交わしていたのだった。
 連れ去られるように故郷を離れ、宋素卿と行動をともにすることになった入鹿。果たして彼を待ち受ける運命とは……

本編


    三

 夜ばかりは、どこも等しく暗い。
 ただ一際高い土塁の上では、棟門の左右にかがりが二つ焚かれている。寝ずの番士もぴくりとも動かず、やはり抜き身の薙刀を捧げ持ち続けていた。 
「まさか、あそこへ突っ込もうっていうんじゃないんだろうな」
 入鹿の小声に素卿は答えもせず、椹野川ふしのがわの暗い流れ沿いに、館の裏手へ回る藪を掻き分けていった。
 尖ったすすきの葉先が、ちくちくと頬を刺してくる。
いぬ三つ(午後八時)過ぎからは、外を出歩くこと自体が禁制だ。今ここで何者かに見つかるというのが、実は一番危うい」
 そう言いながらも、自分の口ばかりはてんで閉じようとはしない。
「今となっては、宗設禅師が義興の兄の師であったことなど、憶えている者もほとんどいない」
 入鹿と平七は、その背中を黙って追いかけていった。
「名望高い明国人の僧にとっては、人生のほんの一こまに過ぎなかった。だがそんな些細なことが、当人にとっては抜けない棘となって何十年も引っかかり、やがて主家を揺るがすほどの行いをさせることになる」
「こんな時くらい、お声を低うしてくだされ、宋殿」
 平七は、ほとんど泣きそうな声で懇願している。
「しかし俺たちが、巨万の富に変わる割符を盗み出すなんて、本当にできるんだろうな」
 入鹿は、帯に差した打刀の鞘を煩わしく感じながら、梢を踏む足音にも気をつけていた。
「今さら疑うなよ、瓢箪頭! かつて播磨守護赤松氏の遺臣たちは、南朝吉野よしの行宮あんぐうから、見事神璽しんじを盗み出してみせたと聞くぞ。たかが紙切れくらい、我らに盗み出せないはずがあろうか」
「割符ってのは、紙なのか」
「お前が考えるのより、ずっと大きいだろうがな」
 素卿は目の前の茎を払うついでに、両肩の幅まで腕を広げてみせた。
「宗設禅師が、万事取り計らってくださっている。長い時間をかけ、館の家人けにんたちも手懐けられたという話だ。何せ、交易の利の分一を引き渡すという契約だ。あの老人、逃れた先の豊後で、きっと下にも置かれない扱いを受けるぞ! 大友の家を壟断ろうだんし、やがては尊光を介して大内も、という腹づもりなのかもしれんな」
 裏手の水堀に、素知らぬ顔で小さな竹筏が浮かんでいた。
 踏んで確かめてみると、二人乗るのが精いっぱいの様子だった。まず素卿と平七が乗って対岸へ行き、平七がそのまま帰ってきて、次に入鹿を乗せて渡った。
「足元は大丈夫か、楠葉」
「ああ、平七さん」
 土塁の坂を登り、土塀の間の目立たない板戸に素卿が手をかけると、軽々と引き開けられた。
「これも手筈通りだ。抜かりはないようだな」
 よく晴れた夜空の下で、口元の笑みが三日月のように見えた。
 館の敷地内は、外に輪をかけて暗かった。裏庭を斜めに横切り、履物のまま榑縁くれえんへ上がる。入鹿はただ、前を行く足音を追いかけてゆくばかりだった。
 元より、自分は何かがあった時のための用心棒に過ぎない。何事も起こらなければ無用の付き添いだが、もしそうでなければ、ここでわけもわからないまま命を落とすかもしれない。
 庭を取り巻く中廊ちゅうろうを回っていった。奥の母屋の蔀戸しとみどは、びっしりと揃って下ろされていた。が、端の遣戸やりどにそっと手をかけると、やはり音もなく横へ滑った。
 中はさらに色濃い闇だった。
 と思ったが、奥に灯皿ほざらが一つだけ立てられている。荏胡麻油の焦げるにおいがかすかに漂っていた。
「割符は、塗籠ぬりごめの中だ。あとであの灯明を蹴倒し、館ごと燃やしてしまえ」
 素卿の冷酷な声ばかりが、耳の奥にこびりついてきた。
 衣ずれの音だけに従ってゆく。足元には畳が敷きつめられていた。さらに奥の妻戸を開けると、窓のない土壁の部屋の床に、脚つきの木箱や几帳きちょう葛籠つづらなどが並べられていた。
 素卿は壁際へしゃがみ込み、闇の底でしきりに手を動かしていた。
「錠も開いている。どうやらあったぞ、これだ」
 折りたたまれた紙の束を両手で掲げ、同時に立ち上がった。
「東隅の小唐櫃こからびつの内。全ては禅師が前もって話しておられた通りだ」
 塗籠を出て、灯皿のほのかな明かりの前で一枚目の折り目を開いていった。確かにどんどん大きくなっていく。四、五回も開くと、ほとんど畳一畳ぶんくらいの広さになっていた。
 その裏側に、大きな漢字が三つ書かれていた。
 王八蛋
 とあった。
「どういう文字だ、これは」
 入鹿は何気なく尋ねてみた。が、素卿の横顔は血色を失って青褪め、小刻みに震えていた。
草泥馬ツァオニーマー
「何だって?」
 背後で硬い足音が聞こえた。
 振り返ると、妻戸から二つの人影が母屋へ入ってこようとしていた。大柄な直垂烏帽子の男と、小柄な僧形の老人だった。小さな方には、今日の昼間まで顔を合わせていた覚えがある。
「宗設禅師」
 相手は、呼びかけには応じなかった。代わりに大男の方が、足元を震わせるような低い笑い声を立てた。
「こすからい大陸の鼠は、こうもわけなく罠に引っかかると見える」
 威厳に満ち溢れた壮年の男だった。太い眉が逆立ち、大きくはないが燃えるような両の眼が、こちらを睨み返している。
「宋素卿。いや、寧波人の朱縞しゅこうと呼ぶべきかな。遣明使として宦官かんがんに取り入り、錦衣衛きんいえい飛魚服ひぎょふくを得たほどの才人と聞いていたが、あにはからんや。やっていることは、無学無才の盗賊と変わらん」
「貴様は」
左京大夫さきょうのだいぶ義興である。我が館へようこそ、そして、高国の犬に成り果てた賊よさらば、だ」
 入鹿は、暗闇の向こうへ目を見張っていた。
 これが、足利公方の四天王最後の一人、大内義興。
 ジイや細川高国とともに戦い、今では唐船の富を独占して、この国の天下を掌握しようとしている男。
「入鹿」
 素卿は出会ってから初めて、こちらの名前を呼んできた。
「逆に考えるんだ。あれが本物という証はないが、大将首だ。あいつをやれば、こんな戦いだってすぐに終わる」
「本当か?」
 そんなに容易たやすい話なのかと、咄嗟に疑われた。
「私たちも戦う。が、今はお前の力だけが頼りだ。たった二人でこの場に現れたことこそ、勿怪もっけの幸い。お前の剣術で、どうにかあいつを斬り捨ててくれ」
「待て。目に見えるのが二人だけだとしても、他にいないはずがないだろう。あいつを斬るより、血路を開いて逃げることを考えた方がいいんじゃないのか」
「そこの童の方が、よっぽど理に適った考えをしておるぞ」
 大内義興は、暗闇の中で不釣り合いなくらい、明るく哄笑した。
「しかし今ここにいるのは、まことに我ら二人のみだ。身一つで駆け戻ってきたのでな。家臣も軍勢も、みな安芸あきの陣へ残してきておる。そうでもしなければ、ちょろちょろと目障りな細川の鼠はあぶり出せまい。その甲斐はどうやら、あったようだな」
「敗れたり、大内介」
 素卿は、無理に勝ち誇るような声音で応じた。
「この者は畠山卜山の弟子、天下無双の陰流の使い手だぞ。いくら十万の軍勢の総大将とはいえ、刀の斬り合いとなれば達人には敵うまい。我らを侮ったのが、あだとなったようだな」
「ほう、卜山殿の」
 西の覇者は首をかしげながら、顎髭を撫で回した。
「面白い。そなた、名は何と申す」
「楠葉入鹿」
「おい、答えることはない」
 素卿が甲高い声で口を挟んだ。
「楠葉、……聞き覚えがあるな。それに、その面立ち。思い出したぞ、赤沢あかざわ宗益そうえきの妾だったとかいう、顔の半分が崩れた女の息子ではないのか」
 母が義興と対面した場に、幼い入鹿は居合わせなかった。ちょうどその間、堺の商家へ預けられていたのだ。
「父のことを、知っているのか」
「直に相まみえたことはない。暴虐この上ない大将だったとは聞くがな。わしなどよりも、卜山殿の方がよほどご存じであろう。あれほどの好敵手同士は、またとないという話であった」
 確かにそうだ。
 どのように母を扱った男だったとしても、父のことを、もっとジイに訊いておけばよかった。
 おのれの中に残る父の影を、親しく感じているつもりでいながら、心のどこかで避けていたのか。いつか詳しく尋ねられると考えたまま、先送りにしていた。そして結局そんな時はやってこないまま、ある日突然、全ての終わりが訪れた。
「そなた、そこの間抜けや権柄ずくの細川などは捨てて、このわしに仕えぬか。わしは謀略家の高国とは違い、卜山殿をまことの武士として畏敬していた。その養子とあれば、当家で厚く遇して進ぜようぞ」
 入鹿は思わず、素卿の方を振り返った。
 小さくなった瞳を震わせ、明らかにうろたえている。まさか義興本人が目の前に現れ、自分を引き抜こうとするなど、考えもしていなかったのだろう。
 もし本当にそうしたら、一体どうなるのか。素卿と平七の命は、きっとここで終わるだろう。だがしかし、他の一切のことは。 
「沼島の者たちの命を、人質に取られている」
 おえい。
 きっと生きて帰ると約束した。
「いかにも、高国らしいやり口だ。しかしそのような小島、そなたがこちらへ来れば、我ら大内の船団がたちまち攻め取ってくれる。案ずることはない」
「入鹿、それは噓だ」
 素卿は気忙しく口を挟んだ。
「奴らの船団は、淡路の瀬戸までは入ってこられない。それに、山陰で尼子あまごと合戦を繰り返している大内が、今は細川まで敵に回せるはずがない。お前をたばかって、この場を切り抜けようとしているだけだ。結局はお前の同郷の者たちが、皆殺しにされてしまうばかりになるぞ」
「舌先三寸め! そうやって順天府の宦官連中をもたぶらかしたのであろう」
「だけど」
 入鹿の胸の内には、もう一つ別のことがわだかまっていた。
「だけど、ジイを殺したのは俺なんだ。俺はその罪滅ぼしをしたい。それが今は、こうやって戦うことなんだ」
「そなたは間違っている」
 義興は、ぴしゃりと言い切ってのけた。
「お前に卜山殿を殺させたのは、他でもない高国なのであろう。そんな仇の片棒を担いで何とする。心の罪を衝かれ、操られているだけだとわからんのか」
「入鹿、私は右京兆殿とは違う。まるで別の思いがあるのだ。生き残ることができれば、それを全てお前に話そう。だから今は、私とともに生きてくれ」
「おれからも頼む、楠葉。短い間かもしれないが、おれたちは道連れだったじゃないか」
 平七も声を揃えてきた。
 その時、体の内で熱く煮えたぎるものがあった。血なのか。悪鬼の如き猛将であったという、会ったこともない父の呼び声なのか。
 入鹿は刀を抜き放ち、目の前の男に向かって、八相はっそうに構えた。
「俺はお前を斬る、大内義興」
「わからぬ奴よ。自らの手で、おのれを縛りつけるか」
 とたんに背後で、打って変わって甲高い笑い声が響いた。
「よしよし、よく決心した! いかに歴戦の武将とは言え、兵法にまで長けているとは限るまい。ましてや、一対三だ。お前の命こそここで終わるのだ、大内介」
 素卿と平七も、同時に得物を抜き放つのがわかった。
「一対三だと? 何か勘違いをしているのではないか」
 義興は、むしろ落ち着き払っている。不気味なまでの余裕だった。
「総大将のわしは、決して太刀など振るわん。そなたらを片づけるのは、こちらの上人のお役目よ」
「なに」
 傍らに立つ小柄な老僧のことを、ひととき誰もが忘れていた。命の取り合いになるような場面では、そもそも人数に入らない。あの貧相な体格では、そう思われても仕方なかった。
「寝返り者の坊主などが、何の役割だというのだ」
 素卿は嘲笑を浴びせつつ、白刃を手に前へ出てきた。
「宗設、見下げ果てたぞ! 大護院尊光への思いを語っていたのは、一体何だったのだ。貴様の忠義とは、白々しく口先で転がせる程度だったのか」
 相手の僧は、首を真下へ折り曲げ、反対に肩を盛り上がらせて、むせび泣くように体全体を震わせていた。
「忠義? 忠義とは、……主人に対するものでありましょう。寝返り者なぞ、心外な。……まことに大内介様の勘合を売り渡しておった方が、よほど……忠義に欠けておろうぞ」
「素卿、何か様子がおかしいぞ」
 入鹿は、言いようのない殺気を感じていた。肌が怖気をふるい粒立っている。目の前にいるのは、もはやあの分別臭い老人ではない。何か別の生き物が、その小さな体へ入り込み、内側から食い破ろうと悶え苦しむかのようだ。
「貴様、……宋素卿、いや朱縞。帝室の末裔を詐称し、倭人に取り入って利を貪り、天朝の南海を切り取らんとする企て、とうに知れ渡っておる。……漢奸ハンジェン! 貴様こそ、民族の裏切り者ではないか」
 かっ、と見開いた目を上げると、血溜まりのような赤さに凶々しく染まっていた。
 口の端から泡を吹き、眉丘や頬骨が盛り上がっている。そればかりではない。腕や腿が隆々と筋を立て、背骨を伸ばした肩幅すら、別人のように厚くなっているではないか。
「シャアアアアーッ」
 蛇のように長い舌をくねらせ、つばきを吐き散らした。背に負っていた金砕棒かなさいぼうを手に取ると、月の輪のような円を描いてみせた。
「大明国皇帝陛下の名においてエ、今この場で、審判を下してくれようぞオ。ンン〜、全員死罪イ!」
「何なんだ、こいつは」
「もしかしたら、『西の酒呑童子』じゃないのか」
 つぶやいた平七の方へ、異形の僧はいきなり飛びかかっていった。ああッ、と声を出す暇もないうちに、星のついた金砕棒が振り上げられ、脳天からその頭を叩き潰した。
「平七さん」
 腐った果実のようなものが、目の端で血を吹き上げていた。
 残された体だけが、刀を構えたまま立ち尽くしている。が、すぐに力なく手の中の柄を取り落とした。抜き身の刃が畳の藺草いぐさへ突き刺さる、小気味よい音が聞こえた。
「シャアアアアー」
 こちらのこめかみを狙ってきた金砕棒を、入鹿は咄嗟に持ち上げた刀のつばで、すんでのところで受け止めた。
 金の弾ける音がして、互いに飛びすさる。すさまじい力だった。
 鉄棒はすぐさま、反対側から持ち上げられて返ってきた。それを斜め前へ転がって避ける。相手は間髪入れず、さらに追いかけてきた。真上からまともに振り下ろされてきた得物を、横に構えた刀の上身かみで受け止めた。刃が欠けたのがわかる。何という圧力だ。
 顔の上に、血走った眼がある。こぼれてくる唾液。腐った肉のような口臭。まるで狂った野犬だ。少なくとも老人の力ではない。一体何が起こっているのか。
「ハアッ」
 気合とともに息を吐き出し、総身の力を込めて相手を押し返した。そのまま体当たりして突き飛ばす。あまりの勢いに驚かされてばかりいたが、小柄な目方そのものは変わっていないらしい。
 入鹿は体の向きを変えた。握りしめていた刀を、惜しげもなく大内義興の方へ投げつけた。不意を衝かれた相手は、さすがに身をかがめてそれを避けた。
「素卿、逃げるぞ」
「何っ」
「四の五の言わずに走れえ」
 妻戸の方へ駆け出す。どうにか母屋から外へ飛び出せた。本当に、周囲には誰も詰めていない。覇者らしく自信を持ち過ぎていたのか、やはりこちらを見くびっていたのか、いずれにせよそれが救いになった。
 振り返ってみる余裕もなかったが、素卿もあとから追いかけてきているのが、足音でわかった。
 しかし、一つではない。
「シャアああアーッ」
 横目で窺えたのは、両手両足で簀子縁から飛び上がる僧の姿だった。月下にぬらぬら光る刃物を口に咥えている。あれでは本当に、野生に駆り立てられた獣ではないか。
 入鹿は、懐に手を差し入れた。指先に触れたのは、八寸の短刀。黒漆金繩巻の拵えだ。
 咄嗟に立ち止まり、きびすを返すと、そのまま走ってきた素卿がこちらを追い抜いていった。すれ違う時に「えっ」と小さくつぶやいていた。
 逆手に握った短刀の鞘を抜き放ち、狂った僧の方へかえって踏み込んだ。
 蝶番ちょうつがいのように腰を回転させながら、すれ違いざまに顔面へ斬りつけた。
「ギョワワワアーッ」
 浅ましいほどの悲鳴が響き、相手の体は後方へねじれ飛んだ。
 口に咥えていた刃物が宙を舞い、月明かりを集めて輝いた。入鹿はその行く末も見定めず、再び背中を向けて走り出した。
 裏の土塀の手前で、ようやく素卿に追いついた。息を乱しながらも、血の気の失せた顔色は変わっていない。
「結局、割符を奪うことはできなかった」
「何を言ってやがる。命あっての物種だろうが」
 板戸は閉じられていたが、短刀の柄頭つかがしらかんぬきを叩き壊して開けた。二人して押し合うように外へ飛び出していく。
「義興を討ち果たしていれば、充分にお釣りが来た。せっかくの大将首を、目の前にしておきながら」
「それならば、さっさと自分でやっておけよ」
 こんな時でも減らない口数の多さに、入鹿はさすがにあきれ果てた。平七の気持ちが、今やっと本当にわかった気がした。
「今の俺じゃ、あの怪物坊主とまともにやり合っても勝てない。ジイとはまるで違うが、実際に斬り合ってよくわかった。平七さんだけじゃなく、俺たちもあそこで死んでいたぞ」
 渡ってきた竹筏は、周到に水堀の底へ沈められていた。
 入鹿は躊躇ためらいもせず裸になり、堀の中へ飛び込んだ。晩秋の水は凍るように冷たい。が、あれこれ文句を言っている暇などなかった。
 泳ぎ渡って向こう岸へ上がっても、素卿はまだ水辺でぐずぐずしていた。
「何をしてる、早くしろ」
 こちらが苛立たしくなるほど戸惑ってから、素卿も同じようにした。
 入鹿は驚いた。
 月明かりの下で小袖を脱ぎ捨て、薄衣うすぎぬの下に透かし見えたのは、両の乳房こそ切り取られていたが、紛れもなく女の裸だった。

~第三章へ続く

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