「殺人代行」第一話

あらすじ

毎日、家の中で繰り広げられる両親のくだらない喧嘩に中学生の翼はひどく追い詰められていた。ある日、ふとした思いつきで両親を自分の代わりに誰か殺してくれないかと思い「殺人代行」と検索をする。たまたま見つかった怪しい依頼フォームにすがる思いで殺人の依頼をする。「殺人代行」を信じていなかった翼だが、翌日に殺人代行を担う女性「コオリ」が現れる。
殺人代行を行っているコオリを追っているはかせという人物は、最近コオリと接触をした翼に目をつけてコオリ探しに翼を強制的に巻き込んでいく。

第一話


 
布団の中でぼんやりと光るスマホ画面。
画面には「殺人代行」と書かれた文字とハンドルネームを入力するフォーム。そして、「依頼する」というボタンしかない簡素なホームページ。ハンドルネームには既に「ツバサ」と入力されている。
スマホに添えられているのは震える指先。
両親の言い争う声。なにかが落ちて壊れる音が階下から響いた。
その音を聞いて「もう無理だ」と翼は思った。目をそらしているだけでとっくに全部壊れていたんだ。自分の腕に残っている傷に翼はそっと手を当てがった。
そして、壊れた音に後押しされるようにスマホの画面に表示されている「依頼する」のボタンを押した。
 
 
下を向いてゆっくりと中学生くらいの年の男の子が歩いている。その進行方向に立っているのは背の高いほっそりとした女性。
 
「やあ、こんにちは。君、ツバサくん?」
 
女性のわきを通り過ぎようたしたタイミングで声をかけられ、驚いて足を止めて振り返る男の子。
 
「どなた…ですか?」
 
「あれ?ツバサくんじゃない?間違えちゃったかな」
 
警戒心むき出しの男の子に対して、女性は気にしたそぶりも見せず首を傾げた。
 
「いえ、僕は翼ですけど」

翼は女性の目を見ず、足元を見ている。

「なんだ、そうならそうと早く言ってよ!間違えたかと思って恥ずかしい気持ちがわかった気がした」
 
変わった言い回しをする女性に対して、翼の警戒心はどんどん増していく。翼の本能が関わるべきではないと告げていた。
 
「あの…僕、これから彼女と約束があるんですけど」
 
咄嗟にこの場から離れるために、いもしない彼女の存在を翼はでっちあげた。
 
「私に用があるのはツバサくんでしょ?依頼したよね。殺人代行」
 
そう言われて、翼は初めて女性と目を合わせた。
 
「あ…」

昨日の殺人代行の入力フォームが翼の頭の中をよぎった。
 
「あら、冗談だった?でも残念。私、冗談通じないようにできているから。誰かは殺さなきゃいけないの。あれが私のもとに届いた時点で、殺人は決定事項なんだよ」
 
自分が殺されるか、依頼した相手を殺すか選んでね。口元に機械のようなきれいな笑みを浮かべて女性は言った。
なぜだか冗談に思えなくて翼は背中にじっとりと汗をかいた。そもそも、なぜ自分の居場所を女性が知っていたのかも謎だ。戸惑って翼はその場に固まった。
 
「さあさあさあさあ、話そうか。私たちの殺人計画について」
 
口調は軽やかに、でもその手は有無を言わせずに動くことのできない翼の背中を押した。
 
女性は翼の少し前を歩き、翼との距離が離れすぎると立ち止まって振り返り翼が追いつくのをニコニコと待った。女性が振り返るたび、翼は「逃さないぞ」と念押しをされている気分になった。
しばらく歩くとやっと女性は止まった。眼の前には伽藍とした廃墟の一軒家が静かに立っている。

「じゃあ、入って」

廃墟の扉をあけて、翼に入るように促す女性。翼が廃墟の中に入るのに続いて、女性も中に入ると扉をしめた。静かな家の中、扉のしまるガッチャンという音はやけに存在感を持っていた。
 
「ついてきて。部屋まで案内しよう」
 
土足のまま、古びた階段をのぼるとギシギシと嫌な音がなった。とある一室の前で女性が止まり、その部屋のドアをあけると廃墟とは思えないほどきれいな空間が広がっていた。ご丁寧に2脚の椅子に挟まれ、紙とペンが置かれた机まで置いてある。
 
「座って。さあ、作戦会議だ」
 
凛とした女性の声が部屋に響いた。
 
 
「そうだな、まずは誰を殺してほしいの?」
 
無駄のない所作で女性は椅子に腰掛けた。
 
「ねえ、ちょっと待って!本当に殺すんですか?」
 
女性は綺麗な字で「殺人計画」と紙に書いた。それを見た翼は、咄嗟に立ち上がって女性のペンを持った手を抑えると、その手はやけにひんやりとしていて体温を感じなかった。
 
「殺すよ。だって依頼されちゃったもの。頼んだ君が悪いんだよ。それにその人たちがいると君が辛いんじゃないの?」
 
ゆっくりと、たしかな力で翼の指を自分の手から引き離しながら言った女性の言葉はすとんと翼の心に落ちた。そうだ、辛いんだった…
 
「ねえ、あなたの名前はなんて言うんですか?」
 
力が抜けたように翼は椅子にもう一度座ってから目の前の女性に尋ねた。
 
「うん?ツバサくんが決めていいよ」

女性は翼の様子を気にも留めずに、ペンをくるくると回して遊んでいる。
 
「決めていいよって…」
 
怪訝に思ったがすぐに腑に落ちた。こんなことを仕事にしているのなら、依頼人に名前を教えるのはよくないはずだ。
 
「じゃあ、コオリさんって呼び…ます」
 
さっき触れた温度のない手を思い出し、そう名付けた。
 
「そう。さて、改めて殺人計画を始めよう。殺してほしいのは誰かな?」
 
翼がつけた名前になんの感慨も持たずに、コオリは話を進めた。
 
「僕の家族」
 
「簡単だね」
 
意を決して深呼吸をしてから翼は言ったにも関わらず、間髪入れずにコオリは答えを返した。
 
「え?」
 
「家族の協力のもと、家族を殺すほど簡単なことはないよ」

手元のほうは全く見ずに、コオリは翼の目を真っすぐ見ながら「殺害対象:家族」と紙に書いた。 

「そう…ですね…」
 
コオリのさっぱりした受け答えに翼は拍子抜けしたように呟いた。
 
「次、家族構成を教えて。その中の誰を殺したいの?」
 
淡々とコオリは話を進めていく。
 
「父、母と僕の3人です。父と母を殺して欲しいです」
 
まるで自分の本体は遠くから俯瞰しているようなやけに冷めた感覚で、翼はどんどん質問に答えていった。以降、コオリは一度も翼の目を見ることはなく話を進めていく様は、いっそ機械に見えるほど業務的だった。
 
「じゃあ、最後だ。殺し方の要望は?」
 
「要望?」
 
初めて考えなければならないことをコオリから聞かれて、翼は俯瞰から我に返った。コオリは今回は真っすぐに翼の目を見つめた。
 
「クライアントの要望に可能な限り応えるのがいいビジネスでしょう?」
 
翼にはもちろん社会経験などないが、コオリが言った言葉はもっともらしいように思えた。
 
「毒殺、絞殺、拷問してからの殺害、もしくはなにかの作品のオマージュのような殺し方。なんでもいいよ」
 
コオリの口から滑らかに殺人方法が流れ出る。
 
「あの、普通でいいです。苦しませるとかそういうのはなしで」
 
いっそ翼のほうが苦しそうに言った。
 
「ふぅん?その人たちがいると辛いのに、辛い思いをさせて殺さなくていいんだ?これが優しいってこと?」
 
不思議そうにコオリは言った。
 
「まぁ、いいや。普通っていうと刺殺とかかな」

コオリは自分が抱えた疑問については深追いせず、さっさと話題を戻した。

「じゃあそれで」
 
両親を殺す方法について、熟考をすることに耐えられず翼は最初にコオリが言った方法にのっかった。
 
「いつ殺すかい?最短は今からだけどどうする?」
 
今から殺そうと思って殺せるものなのかと翼は呆気にとられた。そもそも翼としても本当に殺そうと思っているかと問われると、あくまで一過性の感情にすぎなかったというのが正直なところだ。
 
「あの、準備とかは?」
 
「準備?刃物は家にあるでしょう?翼くんがドアを開けて、私が殺す。はい、終了」
 
パチンとコオリは手を叩いた。それから、なにか腑に落ちたような納得した顔をした。
 
「ああ、あれかな?人間に必要な心の準備ってやつかな?じゃあツバサくんのタイミングでいいよ。今日でも明日でも来週でも。今日じゃないならまた連絡をちょうだいな」

コオリは一人で納得して話を進めた。
 
「わかり…ました」
 
話に少し置いて行かれている翼には気づかずに、コオリは満足そうに一人でうんうんと頷いている。
 
「うん気をつけてね。それと一週間延ばすたびに、ここにメモ置いて行ってね。置かないと約束を反故にしたとして私がツバサくんを殺しちゃうから」
 
脅しじゃないと伝えるかのように、突然コオリのほっそりとした指は翼の首にあてられていた。その指に徐々に力が加えられていく。
 
「…わ、わかったっ!きちんと約束守るから!」
 
翼がそう言うとゆっくりと指の力は弱まっていった。咄嗟に翼は自分の首元に手をあてがった。あまり強い力ではなかったが、自分の死の可能性を翼が自覚するには十分だった。ひんやりとした指に触れられたはずのそこは、ひどく熱く感じられる。
 
「いいよ、もう帰っても。あぁ、それとね女のヒトをあんまり待たせたら駄目だよ」
 
コオリはまた、お行儀よく椅子に腰掛けて帰る場所はあっちだというように手で扉を示した。始終、殺人の話をしているというのにコオリは雑談をしているかのような気軽さだった。翼が早足で部屋を出て行き、ドアを閉めるのをコオリは無表情に見ていた。
 
「なんであんなに嫌そうなのに私に依頼したんだろう。人ってよくわからない」
 
コオリは一人残された部屋でぽつりと呟いた。
 

 
廃墟から出て、翼はじっとりと汗を背中といわず、身体中にかいているのを感じた。けれどそんなことよりも、早くこの場から離れたいという気持ちが勝って、汗が吹き出し息が切れることにもかまわず家まで翼は走って帰った。
両親はまだ帰っていない。玄関を開けて中に入り鍵をかけた瞬間、ズルズルと翼は座り込んだ。家に帰ってきてホッとしたのはずいぶんと久しぶりだ。翼の頭の中にコオリの言葉がガンガンと響く。
 
「ツバサくんを殺しちゃうから」
 


翼がコオリに会ってから1週間が経った。コオリが言うところの心の準備は出来ずに、翼は「延期」を知らせるメモを携えてコオリと話した廃墟に行った。鍵は開きっ放し。あいも変わらず、まるで人の気配を感じない。階段はこちらも変わらずにギシギシと音を立てて、客の来訪を家中に伝えている。一つ深呼吸をして、翼は以前コオリと話をした部屋のドアをノックした。少し待っても返事はない。
 
「コオリさん?入りますよ?」
 
おそるおそる部屋のドアを開けるとちょうど留守のようだ。コオリがいないことになんだか安堵してメモをそっと机の上に置いて翼は足早に廃墟をでた。
 
 
さらに1週間が経った。まだ、翼の心の準備はできない。再びメモを携えて廃墟へ向かった。先週に一度行ったこともあり、今回は翼はあまり緊張せずに机のある部屋へと足を運んだ。ノックをしてからドアを開けるも、コオリはまたいない。しかし、先週翼が置いたメモがないことから察するに見てくれたんだろう。
 
「なんだ、どうってことないじゃん」
 
コオリがいないのをいいことに翼は独り呟いた。それから、翼は延期を伝えるメモを置き続けた。一度もその間にコオリと顔を合わせたことはない。ただ、翌週に行くとメモが消えているだけだ。メモがなくならなければ、翼はもはやコオリの存在を白昼夢としてしまっていたかもしれない。

そして、1年が経った頃に翼の両親に変化があった。喧嘩が目に見えて減ってきたのだ。そもそも両親がよく喧嘩していた原因は互いの仕事が忙しく、意見が噛み合っていなかったからのようだ。両親の喧嘩が減るたびに翼が両親から八つ当たりをされることも減り、翼の中から両親を殺害する理由は薄れてしまっていた。
  

殺人代行の依頼はもう必要ない。翼はそのことをコオリに伝えるために「1週間後、話がしたい」それだけを書いたメモを持って廃墟へ向かった。
時刻は日付が変わるギリギリ。今日に限って、なかなか家を抜け出せなかったのだ。両親がいつもよりも早く帰宅してリビングで話していたため、気づかれないように外出をすることが難しかったからだ。
きっと、話せばわかってくれるはずだ。そう信じて翼は家を出た。コオリと会ったのは約1年前の一度きりで記憶も薄れてきている。そのことが翼を楽観的にさせていた。首を絞めてきたのはあくまで、ふざけていただけだったのに当時の自分は追い詰められて焦っていてそのことに気付けなかったと思い始めるほどには。
廃墟まであと5分というところで日付が回った。しかし、このくらいは誤差だ。問題はないだろう。通い慣れた廃墟の扉をあけて、あの部屋へと向かう。真っ暗なのでライトは必須だ。もはや翼は部屋に入るのにノックをしなくなっていた。
机をライトで照らすと珍しく紙がおいてあった。サイズ的にいつも翼が持っていくメモが回収されていないというわけではないらしい。コオリからのメッセージだろうか?翼は机に近づいて、なにが書かれているのか覗き込んだ。
 
「ひっ…」
 
翼は紙を見て咄嗟に飛び退いた。
紙には一言「女のヒトをあんまり待たせたら駄目だよ」と、綺麗な機械のような字で書かれていた。ただ、ところどころうまく書けなかったかのように滲んでいる。インクが悪いようだ。正確に言えば、インクとして使ったものが。インクの色は黒ではない。それは赤黒く、まるで血が乾いて変色したような色だ。
 
「あ…」
 
翼は、コオリに初めて会った日の別れ際に彼女が言った言葉を思い出した。それは、紙に書かれているのと全く同じ言葉。翼はてっきり、口からでまかせで言った、彼女と約束があると言ったことに関してコオリが注意するようにそう言ったのかと思っていた。
 
「父さん…母さん…」
 
一瞬だけ翼は部屋で呆けて立ち尽くした。そしてすぐに、部屋を転がり落ちるように出た。廃墟のドアもそのままで、全速力で家まで走り出す。きっと間に合わないどころか、着いたところでなにもかも手遅れであることはわかっていても走らずにはいられなかった。肩で息をしながら、翼は家についた。わずかに、家の扉が空いている。そういえば、鍵の音で気づかれたらまずいと思って、鍵をかけて家を出なかったことを翼は思い出した。
おそるおそる、翼は扉を開けて玄関に入り靴を脱ぐ。玄関につながるリビングのドアからはかすかに光が漏れ、テレビ番組のにぎやかな音が聞こえる。
「ああ、なんだテレビを見ているじゃないか。思い過ごしじゃないか」と楽観的な翼の思考部分が必死に主張する。それなのに、頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響くような錯覚を翼は感じた。つばを飲み込んで翼はドアを開けた。両親がリビングのソファに並んで仲良く座ってテレビを見ている後ろ姿が見える。ほら、2人で並んでテレビを見ているじゃないか。最近、昔に戻ったように増えてきた光景じゃないか。いつも「おやすみなさい」と声をかける後ろ姿だ。
 
「父さん?母さん?」
 
返事はない。
 
「父さん!母さん!」
 
さっきよりも大きな声で呼びかける。返事はない。いや、大丈夫。きっと大丈夫。まだ翼の楽観的な部分は頑張って良い未来を主張する。翼は後ろから父の肩に手を当てて、起きてと言うように少し身体をゆすった。首がカクンと意思を持たないように横に曲がった。
 
「父さん?」
 
そこで、ようやく翼は両親の正面に回った。血の匂いがしていることを翼はリビングに入った時点で知っていた。知らないふりをしていた。両親の正面に回るとそこにいたのは、血だらけの二人だった。首を一直線にそれぞれ切られたあとに、置き場所がなくて仕方なくといったような無造作さで母親の腹に包丁が刺さっている。明らかに二人は死んでいる。父の肩をゆすった自分の右手を翼は見えるようにひっくり返してみた。その手にはべったりと血がついていた。
 
「あ…あぁぁぁ!」
 
翼は絶叫した。
 
「ごめん、ごめんなさい…ごめ…」
 
謝罪の言葉を譫言のように呟きながら嗚咽し、惨状に嘔吐した。どれくらいそうしていたかわからない。ひとしきり泣いたあと、翼はポケットからスマートフォンを取り出した。虚ろな目のまま110の番号を押す。手は震えていない。3コールめで相手は電話に出た。
 
「もしもし、警察ですか?両親を殺しました」


「例の少年、どう思う?」
 
警察署のオフィスにて手が少し空いたので、雑談といったふうに30半ばといった見た目の警察官は後ろに座っている後輩に話を振った。
 
「両親を殺したっていう中学生ですか?」

少し手が空いて暇だったので後輩の警察官は話に乗った。

「ありゃ、おかしいだろ。自首をさっさとするくらいなら凶器に指紋をつけないようにする意味がない。それに現場に行った奴等によると、さんざん泣きはらして嘔吐もしたあとだったと」
 
「たしかに、変ですね。両親は2人共ソファに座ったまま手際よく殺されたって聞きました。いまいち、犯人像がしっくりこないですね」
 
「だろー?ま、俺たちにはしょせん関係ないことだけどさ」
 
「まあ、そっすね。あぁそういえば返り血も一切浴びていなかったそうですよ」

後輩の警察官がそう言ったところで、無駄口にうるさいメンバーがオフィス内に戻ってきたのでその二人の警察官がこの話題に触れることはこれ以降なかった。



第二話URL

「殺人代行」第二話|しき (note.com)

第三話URL

「殺人代行」第三話|しき (note.com)

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