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【連載小説】男友達との約束:2

前の話


 悠也とサシ飲みして体力も気力もほんの少し回復した、その翌日。加納さんの必殺技に耐え抜いて迎えた昼休み。休憩室でロッカーからスマホを取り出し、届いているメッセージを確認していく。ほとんどがグループチャットの雑談で、女友達から飲み会の誘いも来ていたが、緊急性のあるメッセージは特に無い。すぐに返事をする必要は無さそうだ。メッセージアプリを閉じようとして、ふと、些細な違和感を覚えた。メッセージアプリの連絡先一覧にずらりと並んだ友達のアイコン。その中に見覚えのないアイコンが表示されていたのだ。悠也のアイコンが変更されている。彼のアイコンは海を撮影した風景写真だったはずなのに、なんと女性とのツーショットに変わっていた。桜を背景にして、見知らぬ女性と悠也が顔を寄せ合っている写真だ。昨夜、居酒屋でサシ飲みした時はこんなアイコンじゃなかった。ということは、変更したのは今日になってからだ。別にアイコンを変更したこと自体は何とも思わない。よくあること。だけど、アイコンに写っている女性と悠也の距離感は明らかに恋人同士で、幸せオーラ全開だ。恋人ができたなんて一言も聞いてない。どうして昨夜、教えてくれなかったんだろう。いつもは真っ先に報告してくれるのに。
 頭の中で疑問を反芻していると、くぅ~……とお腹が鳴ったので空腹を思い出す。そうか、昼休みだった。ロッカーからコンビニの袋を取り出し、休憩室に設置されているテーブルへ移動する。去年までは公民館にあるような茶色くてダサい長テーブルがここには設置されていたけど、いつの間にかシンプル且つオシャレなデザインの真っ白なオフィステーブルに変更された。でも、白いテーブルは汚れが悪目立ちしてしまい、誰かが溢したカップラーメンの汁とかボールペンの跡とかがあちこちに残っていて気持ち悪い。きっと潔癖症の人は使えないだろう。それに、テーブルとセットになっている真っ白なスタッキングチェアは座面も背凭れも固すぎて座り心地が最悪で、未だに腰かける度にもぞもぞと身動ぎしてしまう。どうせならソファーにしてくれればよかったのに。
 昼ごはんを食べようとしても、悠也のアイコン変更がどうしても気になってしまい、スマホを操作する。くよくよ悩まずに、疑問は本人に直接ぶつけてみればいい。悠也と私の間に、小難しい悩み事とか、陰湿な駆け引きはいらないから。さっそく悠也にメッセージを送ってみた。

「悠也、彼女できたの?アイコンは彼女さんだよね?おめでとう!どうして彼女できたって教えてくれなかったのー?」

 そのメッセージはすぐ既読になった。悠也も職場が昼休みなのかもしれない。すかさず「アイコンかわいいね」と追加でメッセージを送る。既読になったので、悠也も同じ画面を開いているようだ。

「忘れてた」

 ……と、たった一言だけが返ってきた。何それ。彼女ができたっていう大事な報告を忘れちゃうなんて、そんなことある? だけど、それも悠也らしいなと思った。女性同士の集まりだと、どんな話題も恋バナに結びつけてしまうけど、悠也は違う。昨夜は私の愚痴に付き合ってくれてたから、自分の恋バナは我慢してくれたのだろう。申し訳ないことをしたかもしれない。

「えー、悠也の惚気話聞きたかったな。私ばっかり愚痴っちゃってごめんね。彼女さんってどんな人?」

 軽い感じで謝罪と惚気話を促すメッセージを送ったが、悠也からは「また今度話す」と、一言だけメッセージが返ってきただけだった。あんまり彼女さんの話はしたくないのかな?ひょっとして、うまくいってないとか? 「いつでも聞くよ」とメッセージを返して、応援の気持ちを表現したスタンプを送る。悠也からは「ありがとう」のスタンプが返ってきた。
 気楽に惚気話や恋愛相談ができるのも男友達の良いところだ。女友達に惚気話や恋人の愚痴を吐露すると、何故か険悪な雰囲気になってしまったり、妬まれたりしてしまう。マウントだと受け取られてしまうのだ。ややこしい。
 それにしても、悠也はアイコンを恋人とのツーショットにするようなタイプじゃなかったと思うんだけどな。彼女さんにお願いされたのかな。だとすると、やっぱり彼女さんと揉めたりしているのかもしれない。
 あれこれ悩んだり想像したりしながら、コンビニの袋から昼ごはんを取り出す。今日の昼ごはんは、コンビニで買った鶏むね肉のサラダとツナマヨおにぎり。そういえば、この袋も有料なんだよなぁ……と思いつつ、エコバッグを買う気になれない。いつだったか悠也も同じことを言っていたから、まだ買わなくていいか。あまり味がしないサラダとマヨネーズ多めのツナマヨおにぎりを食べ終えて立ち上がろうとした時、休憩室と隣接しているオフィスの方から楽しげな話し声が響いてきた。どうやらオフィスの中に残っている誰かが雑談をしているらしい。
 噂話をうっかり聞いてしまっては面倒なので、歯磨きをしに行こうと立ち上がった。しかし、一際通る声が自然と耳に入ってしまった。

「……そうでしょ? 下手に注意してパワハラとか言われちゃうのも困るし。ほんと嫌な世の中よね」

 それは、間違いなく加納さんの声だった。私の頭の中で溜め息とエンターキー音が勝手にリピートされる。不満そうに愚痴を漏らす加納さんの声がオフィスから響いて、このまま立ち聞きしていたらまずい事態になる予感はあったけれど、つい話の内容が気になってしまい、その場を立ち去れない。加納さんの気怠そうな声は愚痴を吐き続ける。

「あの子にも悪気は無いんだろうし、多分、気付いてないだけだと思う。だからこそ難しいっていうか」

「だよねぇ。でも、そんなにひどいなら、他の人も迷惑してるんじゃないの?」

「うーん……。わからない。隣の席だから気になるのかもね」

 相槌を打っている相手が誰なのかまではわからない。けれど、最悪の展開だ。加納さんの隣の席は私しかいない。つまり、これは私に対する悪口。確定している。
 驚きと怒りで感情がぐちゃぐちゃになった。加納さんの溜め息とエンターキー強打に悩まされているのは私の方なのに。私は毎日毎日、加納さんに対して寛容な心で接しているつもりだ。それなのに、加納さんは私に何かしら不満を抱いているらしい。私は加納さんに迷惑をかけないように細心の注意を払って過ごしているのに。無神経な溜め息と大雑把なエンターキー強打を連発しているのは加納さんの方じゃないか。私がどれだけ我慢しているかも知らないで、まだ何かを注意するつもりなの?
 一刻も早く加納さんの声が届かない場所に行きたくて、小走りで休憩室を出てトイレに駆け込む。肝心の歯磨きセットをロッカーの中に忘れてきてしまったけれど取りに戻るのは嫌だ。というか、午後の仕事にも戻りたくない。加納さんの顔を見たくない。
 トイレの洗面台の前でぼーっと立ち尽くす。鏡の中の私もぼーっとしていて情けない表情。中途半端に伸びてきている前髪が邪魔で掻き上げると、手首につけている香水がふわりと香って柑橘系の香りが私の身体を包んだ。その途端、私の脳裏に浮かんだのは、緩やかな笑みを描く悠也の薄い唇。柔らかそうな黒い髪。ビールジョッキの取っ手を掴む骨ばった指。唇についた塩を舐め取る赤い舌先。それらを鮮明に思い浮かべると、自然と気分が落ち着いた。「そんなこと気にするなよ」って、悠也なら微笑みながら言ってくれるだろう。……大丈夫。私は今日も頑張れる。

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