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第6編|説明責任が、次の一歩を奪う瞬間――新規事業の不確実性に耐えられない組織



1.成長の「蓋然性」が求められる

新規事業が、最初から分かりやすい成長ストーリーを実現することはありません。
どんな顧客に刺さるのか、どこまで伸びるのか、いつ黒字化するのか。
それらは、やってみなければ分からないことの方が多いです。

それでも組織は、ある段階からこう問いかけます。

「いつ、月商1億円にまで成長するのか」
「このままで年間売上高30億円を目指すことはできるのか」
「それを、誰にでも分かる形で説明できるか」

問われているのは未来ですが、一方で、現場が必死に積み上げているのは、現在です。

どんな仮説が外れたのか。
なぜ売れなかったのか。
逆に、なぜ少数でも買ってくれた人がいたのか。
次に試すとしたら、何を変えるべきなのか。

新規事業の初期に蓄積される価値の多くは、
まだ数値にも、ストーリーにもなっていない断片的な学びです。


2.「分かりやすい未来」を求める脳の性質

この構造は、個人の姿勢の問題ではありません。
人間の認知そのものが、そうできているのです。

ダニエル・カーネマンは、『ファスト&スロー あなたの意思はどう決まるのか』の中で、

人の思考を、
直感的で速く、分かりやすい「速い思考」と、
注意深く遅く、探索的な「遅い思考」
に分けています。

そして、不確実性が高い状況に置かれると、人は本能的に「速い思考」を求める、と言われます。

つまり、

  • 今はまだ分からない

  • 試しながら見つけている最中

という状態に、強い不安を感じるのが人間の本能なのです。

その不安を解消するために、
「もっともらしい成長ストーリー」
「誰にでも説明できる未来像」
を、早く欲しくなる。

これは、管理職や経営層が悪いわけではなく、
人間として、ごく自然な反応です。

問題は、この認知の性質が、
新規事業の初期フェーズと、致命的に相性が悪いことです。


3.未来を説明しようとするほど、現在が語れなくなる

説明責任そのものが悪いわけではありません。
経営や管理の立場からすれば、
「見通しを示してほしい」という問いは極めて妥当です。

ただし、その問いが早すぎると、別の作用が生まれます。

現場は、
「まだ分からないこと」を言いづらくなります。
「仮説段階の話」を出しづらくなります。
そして次第に、
「今わかっていること」よりも
「それっぽく説明できる未来」を整えることに時間を使い始めます。

結果として、
学習は進んでいるのに、それが言葉にならなくなります。
説明できない学びは、評価されない学びになります。


4.説明責任が強まると、学習は静かに消えていく

新規事業の現場では、
「まだ答えが出ない問い」に向き合う時間が最も重要です。

しかし説明責任が前面に出ると、
その問いに向き合うこと自体がリスクになります。

「その仮説は、どれくらい確からしいのか」
「その延長で、どこまで成長するのか」
「結局、事業として成立するのか」

これらの問いに、現時点で明確な答えを出すことはできません。
それでも答えを求められ続けると、
現場は次の行動よりも、防御を選ぶようになります。

説明できないことは、語られなくなる。
語られないことは、なかったことになる。

こうして、失敗から得られた学びや、
小さな前進の兆しは、組織の中から静かに消えていきます。


5.問題は「厳しさ」ではなく「時間軸のずれ」

ここで起きている問題は、
管理が厳しすぎることでも、
現場の努力が足りないことでもありません。

問題は、
求められている説明の時間軸と、
実際の学習の時間軸がずれていること
です。

不確実性の高いフェーズでは、
未来の説明よりも、
「何が分かったか」「何が分からなかったか」
を共有できる設計の方が重要です。

それにもかかわらず、
未来を説明できるかどうかだけが評価軸になると、
現場は学習をやめ、沈黙を選びます。

説明責任は、本来、次の一歩を支えるためのものです。
しかしそれが、どのタイミングで・何を・誰に説明するのかという設計を欠いたまま強くなると、次の一歩を奪う力にもなります。


6.説明責任が学習を奪うときに起こるもう一つの現象

説明責任が学習を奪うとき、
現場ではもう一つの現象が起き始めます。

それは、「正しいことを言う人」だけが発言できるようになることです。

次の章では、
なぜ論破や正論が、
挑戦しようとする人を黙らせてしまうのかを考えていきます。


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