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人事部付 真田雪乃の議事録<1-2 私情を業務に持ち込まない>

前回までのあらすじ 
賃貸仲介管理を主力事業とするシロヤマ・コーポレーションの本社で働く1年目の新卒社員、真田雪乃さなだゆきの。議事録係だった上層部の会議で、社長から突然意見を求められ咄嗟に出た言葉は——「営業所、今年のクリスマスイブ、土曜日ですが…休みにしたらどうでしょうか…?」
予想外の発言に、会議室は静まり返ってしまう…。
前話
話一覧

第一章 ホワイトな本社 ブラックな営業所

第二話  私情を業務に持ち込まない

雪乃にとっては永遠のようだった沈黙は、実のところ、ほんの一瞬だった。
会議室にはすぐに、他の参加者たちの大きな笑い声が広がった。

今度は雪乃の方があっけに取られてしまう。

(これは…いいの…?悪いの…?)

「アハハ、やっぱり若い子っていいわあ、場が和むわね」
「ねー可愛いわねぇ」
夏目エリア長が目の端をぬぐって前田部長と言葉を交わし合っている。あんなに鋭い声で議論していた彼女たちだが、仲が悪いわけではないようだ。

大笑いが落ち着いた後、川端部長の尾を引く笑いが聞こえた。
「真田さん、営業所の彼氏と一緒にクリスマスを過ごしたいんでしょう!」

思いもけかない言葉に、耳たぶが熱くなってしまった。

「違います!そ…そういうわけじゃ!…」と雪乃が言いかけた時、
「ダメですよ、川端部長それ、セクハラです」と前田部長がたしなめた。

その時、ゴホン、と城山社長の咳払いが聞こえた。
「思いつきで言ったにしては…悪くないのではないか」
参加者の目線が城山社長に集まった。

「営業所の社員には当たり前のように土日に出てもらっている。不動産業だしな。でも、だからってクリスマスに家族で過ごせないのは気の毒だろう。考えてもいいのではないだろうか。夏目さんは、どう思う?」
夏目エリア長が髪を耳に掛け直した。
「そこまで問題ないとは思います。年明けこそ繁忙期ですけど、年末は比較的落ち着いてますもんね?川端部長」
「建物トラブルだけ、24時間お客様センターに外注するといいと思う」
ちゃんと仕事の話をしている川端部長が新鮮だ。

城山社長が手を叩いた。
「じゃあ、決まり。本社からのクリスマスプレゼントだな。せっかくだから、真田さんから社内メールで周知してもらおうか。こういうの調整したこと…なければ上杉くんに相談して」
「は…はい!かしこまりました!」
雪乃は小さく俯いて答えた。

そしてこの「決定事項」をキーボードに打ち込んだ。

クリスマス休暇 真田 上杉部長に相談

「ハハハ、任せたぞ。サンタガール」
議事録を書き終えると、城山社長が豪快に笑って雪乃の背中を叩いた。

To 営業所All
CC 城山洋司 夏目郁子 前田敏子 川端康行 上杉新一

営業所の皆様

日頃の業務お疲れ様です。
人事部の真田です。
この度、12月24日(土)を、クリスマス休暇として、全営業所を休業といたします。
どうか皆様ごゆっくりお過ごしください。

※注意点※
・23日の業務終了時に、留守電設定をお願いいたします。
・建物管理部は24時間お客様センターへの転送をお願いいたします。

この件でご不明点、ご意見がありましたら人事部 真田(内線:000-3737)までお問い合わせください。

何卒宜しくお願いいたします。

「聞いた?今年の営業所、クリスマスイブが休みになるんだって!」
「素敵。人事部の真田さんって子が社長に直談判したらしいのよ。」
「やるわねえ…大人しそうに見えて、結構言う子なのね。」
「もしかして、営業所にカレシでもいるんじゃない?」
「ありえる…!」

(聞こえてるって…)

給湯室がまた盛り上がっていることに、雪乃はため息をついた。

女性たちの噂話は、川端部長ならたしなめられる「セクハラ」をいとも簡単に乗り越えていく。それが「陰口」ではあっても、「悪口」とは認識してなかった彼女らは、雪乃の姿を見かけると、「真田さん…ちょっと、こっちこっち!」と手招きをした。

「あ、はい…何かありましたか?」

雪乃は自席で事務処理をしていたところだった。備品不足の場合もあるしな…と、メモを持参して給湯室に入ると、事務部の女性が3人、にこやかな圧で雪乃を引き入れた。

「どうされました…?何か足りないものでも…」
あくまでも備品不足の体で尋ねる。

「違う違う、あなた…どの営業所なの?」
「えっ?」
「だぁかぁら!カレシよ!カレシ!いるんでしょ!クリスマス!」
一応、業務中だという意識はあるのだろう、「カレシ」と言う時、女性の一人は声を一段低くした。

彼女たちの、最初から分かっているという口ぶりに雪乃は苛立ち、つい声を被せてしまった。
「違います!そもそもいないですし、いたとしても…私情を業務に持ち込むなんてこと、しないですから!」

背を向けた雪乃に、一瞬怯んだ女性が言葉を投げかけた。
「そんなカリカリしないの!カレシがいるなら応援したいと思ったのよ!ま、うちのダンナじゃなければね」
他の二人が、キャハハ、それはないわ、と笑う。

雪乃は席に戻り、また大きくため息をついた。
怒りよりも、やるせない気持ちが勝ってしまう。彼氏の存在どうこうよりも、あんなに必死に絞り出したことを、利己的な提案だと思われるなんて…無力感を覚えた。

中断される前の業務に戻ろうとしても、頭にこびりつく先ほどの声が離れない。

こういう時は…糖分に頼るしかない。

雪乃は鞄からチロルチョコを一つ取り出し、包みを開けて口に放り込んだ。抹茶の微かな苦味とチョコレートの甘さが口の中に広がった。

「おぅお疲れ!サンタガール!」
席を外していた上杉部長が手を上げて戻ってきた。「サンタガール」という呼びかけに、先ほどの給湯室の件を思い出し、抹茶の苦味が増した。

「部長…あの…私情を業務に持ち込んでないです!」
「え…?あ、ああ…そのことか」
上杉部長は一瞬戸惑った様子だったが、すぐに察した。

「噂なんて気にするな。堂々としなさい。僕はそうじゃないこと、分かってるんだから」
何か口に出そうとすると涙ぐんでしまいそうで、雪乃は黙った。

「…会社のために、すごくいい提案だったと思うよ。」
「会社のために…ですか?」

「そう。営業所は土日が商戦期でね、閉めるわけにはいかない。有給も事情がない限り取りにくいものだ。そんな中、クリスマスを休みにすることは、社員のことを考えてる会社だと対外アピールできる材料の一つだ。小さいことではあるが、よく気づいてくれた。本当にありがとう」

やっぱり、上杉部長の下で働いていてよかった。
そう思うのは、何回目だろう。

「人事部付」の配属を言い渡された時、雪乃は戸惑った。

雪乃の同期、つまり今年の新入社員は雪乃自身を除くと12人だ。1ヶ月の研修を終えるまでは全員が「人事部付」となり、その後、各部署に配属が決定する。全国の営業所や本社の建物管理部、システム部に次々と同期が配属されていく中、ただ一人、雪乃だけが変わらず「人事部付」となっていた。

「人事部…じゃなくて、人事部付…ですか?」
「そうだ。まあ同じようなものだと思ってくれていい」
上杉部長の返答は珍しく曖昧で、雪乃は同期から取り残されたような不安を覚えた。

雪乃は、就活に全く向いていなかった。自己PRが苦手な雪乃は、面接でうまく話せたことがなかった。何十社の企業に落ちるたびに自己肯定感が削られていく。終わりの見えない就活に焦り、業種も業態も選んでいる場合ではなかった。

しかし、シロヤマ・コーポレーションの面接は今までと全く異なっていた。最初から一対一の面接だった。用意してきた志望動機や学生時代に力を入れてきたこと、通称「ガクチカ」については全く聞かれなかった。

生まれてから今まで、どのように自分で選んで行動をし、なぜその選択に至ったかを細部にわたって尋ねられた。雪乃は、ジャッジをされない心地よさを感じ、聞かれたこと全てに答えた。面接どころか人生において、こんなに自分のことを話したのは初めてだった。

この面接以降、自分のことを素直に話せるようになった雪乃は、シロヤマ・コーポレーションの他、大企業も含め何社もの内定を得ることになる。

それでも、雪乃はシロヤマ・コーポレーションへの入社を決めた。
面接であんなに自分のことを聞いてくれたのは、この会社だけだった。

その時の面接官だった上杉部長が、後に雪乃の直属の上司になったこと。
入社の時は思いもしなかったことだ。

「人事部付」の決定に二つの感情を覚えた。
上杉部長の下で働ける嬉しさ。
そして、同期から取り残された、不安。

しかしその不安は、すぐに忙しさに取って代わられた。

人事部ではなく人事部付、の雪乃はいわば事務における「なんでも屋さん」になった。人事部長や他の部署の上層部を通じ、あらゆる業務依頼を受けた。上層部の会議の議事録も、業務の一つだ。

上杉部長は穏やかだが、決して甘いわけではない。
特に、議事録は何度もやり直しになった。

「この議事録を見て、誰がどう動けばいいのか、言える?」
「エリア長の発言の要約、これじゃないと思うなあ…もう一回録音聞いて、書き直して。」
「この書き方だと誤解を招いてしまうから…ごめん、2回目だけど、もう一回書き直し。」

ごめん、と言われると逆に自分の至らなさが申し訳なくなってくる。
こんなに書き直しをしていると、参加者に送るのも遅くなってしまうだろう。上杉部長が正解を知っていそうな口ぶりなので、ふと湧いた疑問を口にした。

「私が書き直す意味…あるんでしょうか…?」
すると、上杉部長はハハ、と笑った。
「何を言ってるんだ。真田さんがやるから意味があるんだろう?それに、議事録を取る能力は今後どこに行っても役立つから、書けるようになっておくといいよ…あとね、議事録が上手くなるコツがある」
「コツ、ですか?」
雪乃は身を乗り出した。
「普段、たとえばこうやって話してる時のメモも、議事録のように要点をまとめて、ノートに書いておくといい。文房具屋で一番気に入ったノートを買っておきなさい。そのノートはきっと、自分を助けてくれるはずだ」

その日の退勤後、雪乃は最寄りの文房具店に立ち寄り、ノートのコーナーを眺めた。大きさも、質感、色、模様も様々な中、あるノートが目に留まった。

重厚感のあるハードカバー、手に持つと表紙の質感が指に馴染む。ノートにしては値が張っていたが、もう社会人だし、と言い聞かせて購入した。

こうして、白い表紙のモレスキンのノートは、雪乃の日々の「議事録」になったのだった。主に上杉部長から聞いたことや、日々の気づき、業務のメモなどを全てこのモレスキンのノートに書き記した。その場で書けない場合も、休憩時間や帰宅後に思い出しながら書くのが雪乃の習慣になった。

「上杉部長 クリスマス休暇:対外的アピールの可能性、会社のために◎」

昼休憩中、雪乃は「議事録」にこう書き記した。

(部長…ごめんなさい)

「対外的アピール」の部分を見ながら、思う。

(そんな、立派な考えで…提案したわけじゃないんです…)

「私情」をあんなに否定していたことが、今になって恥ずかしくなるくらい、雪乃の気持ちは「私情」寄りだった。

クリスマス休暇の提案、その思いは、ある一人に向けられていた。
雪乃の同期、丸田茉莉也。

彼女に、ゆっくり休んで欲しかったのだ。

第三話に続く)

#創作大賞2025 #お仕事小説部門


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亜麻布みゆ📕言の葉みゆフィーユ チップのご検討、ありがとうございます。 3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。 いただいたチップは、家事の時短や創作時間の確保に使わせていただき、より楽しい文章をお届けする力に変えていきます。応援が本当に励みになります。