人事部付 真田雪乃の議事録<1-3 天使の退職代行>
前回までのあらすじ
上層部の会議で、クリスマスイブを営業所の休暇にするよう提案した新卒社員・真田雪乃。突然の発言は社内で話題を呼び、「彼氏と過ごしたい私情だ」と噂されてしまう。必死で否定する雪乃に、上司の上杉部長は「会社のためになる」と背中を押す。しかし本当の理由は、同期の丸田茉莉也に、休みを取ってほしかったからだった。
前話 第一話 話一覧
第一章 ホワイトな本社 ブラックな営業所
第三話 天使の退職代行
シロヤマ同期 グループLINE(13)
「真田さん、社長にクリスマス休みにして!って言ったんだって!」
「えーすごい、やるじゃん!」
「うちの所長が喜んでたよ。今年も子どものサンタできる〜!って。」
「僕は彼女とイルミネーション見に行く!」
「↑絶対混んでるって」
「サンタガールとか呼ばれてるらしいじゃんw」
同期のグループLINEで雪乃のことが話題になったのは初めてかもしれない。しかし、「w」の温度を測りかねてしまい、どのように会話に参加すべきか、迷ってしまう。
雪乃は「そうだよ、営業所の人もゆっくり休んでね」とだけ送って、LINEの画面を閉じた。
来てほしいLINEのメッセージが、来ていないことは分かりきっていた。
同期の中でも雪乃は半透明な存在だった。
その雪乃が、唯一勇気を振り絞った瞬間のことが思い出される。
*
(あの子、自分はちゃんと食べてるのかな…)
それが、雪乃が抱いた茉莉也への第一印象だ。
内定式後から、13人の同期は度々同期会と称して、飲み会やバーベキューをするために集まっていた。大学のサークルの延長のような雰囲気で、皆お酒を飲んではしゃいた。雪乃も決してこの雰囲気が嫌いなわけではないが、目立つことは望まず、いつも端っこの方に隠れていた。
そんな中、茉莉也はとにかく気が利いた。サラダを取り分けて、鍋のあくをとって、絶妙なタイミングでお酒がいるかどうか尋ねた。
バーベキューの時は、何かを運ぶために立ち回る茉莉也ばかりを見かけた。次第に、茉莉也のことが気がかりになってきた。
「あの…あなたはちゃんと食べてる?」
席に何かを運びに来た茉莉也に雪乃がそう声をかけると、彼女は頷いた。
「うん、食べてるよ。ありがとう。私のことは気にしないで」
彼女が口角を上げると、ぺこんとえくぼがへこむ。
そうして、別のテーブルにまた何かを運びに去っていった。
(天使みたいな子だな…。)
実際、茉莉也のことを「丸田さんは、天使だよな」と評する声もあった。
それは、可愛らしい笑顔、その気配り、両方に要因がありそうだった。
茉莉也自身はどうなのだろう、天使であることを望んでいるのだろうか。
そして、同期は彼女を天使にさせたままでいいのだろうか。
もしかして、茉莉也にとって、余計なお世話かもしれない。
周りにとって、鬱陶しいかもしれない。
それでも雪乃は、動かずにはいられなかった。
別のテーブルに向かった茉莉也を追いかけた。
「あのっ!」
そう声を上げると、茉莉也とテーブルに座る男女4人が顔を上げた。
それまで談笑していた4人が、雪乃の呼びかけに怪訝そうな顔をしている。
今しかない。
「じ…自分の分は、自分で持ってこようよ、同期なんだしさ!」
4人が顔を見合わせた。自分のいつもの口調ではないことに恥ずかしくなっていた。先に口を開いたのは女子たちだ。
「確かに、茉莉也ちゃんばっかり持ってきてもらってるもんね。」
「茉莉也ちゃんも食べようよ、ね」
男子も「俺らも取ってこうぜ」と言いながら4人は立ち上がって去って行った。
茉莉也を振り向くと、その丸い目に涙をためていた。途端、雪乃は罪悪感に襲われた。自分は、余計なことをしてしまったのだ。仕事を奪ってしまったのかもしれない。
「ご…ごめん…」と謝ろうとするのを首を振って制された。
「ありがとう…私、こういうのやめたいって、思ってたんだ」
*
「そう、すぐ私…人が集まると天使業を始めちゃうんだよね」
茉莉也が自分で言うので可笑しくなった。
「天使って、褒めてくれると、やめられなくなっちゃうよね」
雪乃の言葉に茉莉也は頷いた。
「それを、雪乃が解放してくれた。天使の退職代行業者になれるよ」
人事周りにいるとどうしても物々しく聞こえてしまう「退職代行」に、「天使」が組み合わされると、こんなに軽やかになるのかと、雪乃は目を丸くした。
「言葉の組み合わせセンスがすごいなあ…」
そう呟くと、茉莉也は得意げに鼻を鳴らした。
「面白ワードを考えると、世界の見え方が変わる。なんでも楽しく乗り切れるんだよ」
案外、彼女はタフなのかもしれないな、と雪乃は思った。
バーベキューの時以来、茉莉也とは同期で一番、よく話すようになった。天使の羽を取った彼女は冗談ばっかり言ってはケラケラ笑っていて、一緒にいて楽しかった。もし、同期として出会わなくても友達になれる自信がある、と、たびたび雪乃は思った。
茉莉也の配属は、南花営業所の営業事務だった。東京近郊の特急や快速が乗り入れる交通の要所で、かつ住宅街でもあるこのエリアは、単身からファミリーまで様々な形態の管理物件を担当しており、それゆえ首都圏で一番多忙な営業所だと言われていた。
営業所の営業事務は、管理物件への入居申し込み受付から契約書作成まで、そして部屋の退去書類の作成をする…と、研修で聞いていたものだった。実際にどんな処理をするのか、どれくらい大変なのかは雪乃にはわからない。
(でも、彼女はそつなくこなすんだろうな…)
どんな時でも、あんなに気を回して、立ち回れる茉莉也だから、きっと仕事もできるのだろう。だから一番多忙な営業所に配属されたのだろう。
配属されてからも、雪乃は茉莉也と時々会って近況を話した。お互いに比較的忙しくない平日の夜、雪乃が定時に上がって南花営業所付近に向かった。
しかし、その頻度はだんだんと減っていた。最初の頃は時間を合わせて1ヶ月に一回は会っていたのに、1ヶ月半、2ヶ月…と日が空いていく。お互い配属先に馴染み始めたので仕方がないと思いつつ、一抹の寂しさがあった。
3ヶ月前、「今度また会おうよ!」というLINEが、既読になったまま返ってきていなかった。
ある時、業務で南花営業所に電話をかけることになった。少し緊張して内線を押すと、2コール鳴った後、電話がつながった。
「南花営業所の丸田です。」
言われなくても、声だけでわかる。茉莉也だった。つい、気持ちがはやり、あえてかしこまってしまう。
「お疲れ様です、人事部真田です。所長…いらっしゃいますか?」
すると「あ、はーい、代わりますねー」と、すぐに保留音に切り替わった。
保留音の音楽が流れる間、ずん、とした気持ちが雪乃を襲った。
一体、彼女に何を期待してたのだろう。
「あ、お疲れー」と声を崩すこと?
そうでなくても、少しでも声のトーンが変わること?
わかってる、というような少しの沈黙?
きっと、嫌われているわけではない。
彼女は…プロフェッショナルなのだ、と言い聞かせた。
きっとまた、天使のように営業所内で忙しく立ち回っているのだろう。自分だけ仕事を抱え込み過ぎてないだろうか、人の分までやってしまっていないだろうか…面白ワードで乗り切れているだろうか。
もし、ものすごく忙しいとしても、クリスマスぐらいは休んでほしい。
クリスマスツリーを見た時に思ったのは、そのようなことだった。
*
12月25日。
南花駅の改札前で雪乃は茉莉也を待っていた。
昨夜、つまりクリスマスイブに茉莉也からLINEが来た時は雪乃は心底驚いた。
茉莉也「ごめん!!!やっと、連絡できるようになった!明日、会える?デートとか入ってた?」
明日?雪乃は少し訝しげに思った。クリスマス休暇は今日のはずだ。
雪乃「会える!デートの予定はない(笑)」
こんな会話を交わして、あれほど寂しかったのが嘘のように、あっさりと会えることになった。南花駅の大通りから一本入った路地にある、小さな和カフェ「leaf&Green」を予約した。
「久しぶり!」という声とともに、改札から抜けた茉莉也が現れる。
ネイビーのショートコートから、白いニットワンピースのスカートが覗いている。3ヶ月ぶりに会う彼女は、以前より少し垢抜けて大人びたような気がした。
南花駅を出ると、年末の冷たい風がカラッと吹いた。どこまでも澄んだ冬空。いよいよ、社会人1年目の年も終わりだ。
「leaf&Green」に向かう途中、隣で歩いている茉莉也がセミロングの髪を後ろになびかせながら雪乃の方を向いて、えくぼをへこませた。
「この前、電話くれて嬉しかったよ」
「え…」
所長に用があった時のことだと、思い出した。わかりやすいリアクションがなくても、ちゃんと認識してくれていたんだと、胸がいっぱいになった。
「ごめんね。ずっと連絡してなくて…」
全力で首を横に振った。今日会えるのであれば、全ては問題ないのである。
「leaf&Green」と刻印されたガラス戸を開けると、左手には小上がりの畳席、右手には木製のテーブル席が並んでいた。老夫婦や若いカップル、一人で読書する女性が静かに座っている。雪乃たちはテーブル席に向かい合わせで座る。無垢材のテーブルから、削りたての新しい木がほんのりと香った。和紙でできた表紙のメニュー表には、淡い緑の押し花があしらわれている。雪乃は迷わず抹茶ティラミス、茉莉也は少し迷ってから苺のタルトを指さした。
注文を終えたあと、雪乃は一番気になっていたことを口にした。
「休み…昨日じゃなくて、今日なの?」
茉莉也は、グラスの中の冷水を静かに揺らしていたが、やがて目を上げて雪乃を見た。
「そのことを、今日は話したかったんだ」
「そうなの…?」
「私、昨日。休めなかった…いや…休まなかったんだ」
「休日出勤、してたってこと…?そんなに、忙しいの?」
戸惑う雪乃を見て、茉莉也は静かに頷いた。
「うん、でも…もう大丈夫。昨日、あったこと…話してもいい?」
(第四話に続く)
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