泥のなかの水葩#2第二章:薄黄(うすき)の男 ――遅すぎた赤い車

脇目も振らず、誘惑にも怯まず、
一心不乱に内外の美しさを磨き、
がむしゃらに真っ直ぐ歩んで大人になった私は、
誰もが羨む美貌を放つようになっていた。
スーツに身を包み、
大きな瞳は真っ直ぐ見つめる
姿勢を正してハイヒールでモデルのように歩けば、
オフィス街の誰もが振り返る。
私は世界に入る上場一流企業のOLになっていた。
研修で身につけた完璧な行儀作法、
艶やかな肌にあどけなく潤んだ瞳、
そしてスタイルの良さを際立たせるヒール。
生まれながらの長いまつ毛と優しげな微笑み。
かつての貧乏や虐待の影など、
私のどこを探しても見つからない。
社内での男女上司後輩からの人気はもちろん、
取引先の富裕層の奥様から「ぜひ息子の嫁に」と熱望されるほど、
私はあの頃の「お嬢様」以上の価値を持つ美しい女へと、完璧に化けてみせたのだ。
そんな私の前に、ついに念願の彼が現れた。
小学五年生の初恋。
そして中学の卒業式に、
あの白いマフラーを突き返した、
ガラス細工の少年。
もしかして、
彼もずっと私の事を心の片隅にあったのか?
それとも、ふと思い出したのだろうか…
彼は鮮やかな赤い車に乗って現れた。
大人になった彼はさらに格好良く、
相変わらず眩しいほどの輝きを放っていた。
私の会社の前で待ち伏せし「付き合ってほしい」
かつての私の気持ちを知っていながら、
自信満々で彼はそう言った。
ドライブデートをした後、
離れたくない二人は行き場を探し、
彼は私をホテルへと誘った。
もちろん、私にとっては初めての場所だった。
彼の誘いに、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
あの恐ろしい父親は、ちょうど数日前
「なぁ、ちょっと留守するから手紙を書いてくれ。
手紙をくれたら少しでも早く帰れるから」と
言い残して消えていた。
(無免許で捕まり、罰金も払えず留置所から刑務所へ入ることになったのだと知ったのは、半年も後のことだ)。
父の留守は好都合。
もう1人前の社会人になって自分の稼ぎもある。
大人になった私は伸び伸びと暮らしている
その間の出来事だった。
──父親のいない間に、
私は悪いことをしている。
もし知られたら折檻どころではない、
半殺しに合うかもしれない。
万が一見つかったらりしたら監禁され、
毎日毎日、奴隷のように支配され、辱めと悦楽の罰を受けることになるのではないか。
背徳感が恐怖となって脳裏をよぎる。
だけど、言わなければ今は留守なのだから
バレるはずがない。
好奇心と恐怖の狭間で部屋に入り、
ベッドの中に潜り込んだ私たちは、
長年の初恋が実る最高の夜に感動し
──そして一晩中、ただ手を繋いでいた。
キスも、それ以上の大人の行為も何もしない。
冷たい世界で凍えそうだった子供の頃の私たちに戻ったかのように、ただ静かに、プラトニックな純粋さだけを強く抱きしめ合っていた。
純情な彼は、服の上から私の胸に顔を埋めてずっと私を抱きしめていた。
この温もりだけで、
昔の傷が癒えていくような錯覚さえ覚えた。
けれど、夜が明ける。
私は、彼の心を完全に掴んだ。
彼はやっと私のものになったのだ。
それも向こうから恋焦がれて会いに来た
胸の中は達成感と高揚感に包まれ
十分に満足した私は、
彼を焦らし、
期待に胸を膨らませたその目をまっすぐに見つめて、見事に言い放った。
「あのね……私ね、すでに付き合っている好きな人がいるの。あなたが迎えに来てくれる、ほんの少し前に知り合った人なんだけど……
遅かったわね」
彼は目に見えて動揺し、
縋るような声で私に尋ねた。
「その男のほうが、僕よりも好きなのか?」
「ごめんね……先に付き合ってしまって、その人のことが好きになってしまったの」
私は悲しげな表情でやや優しく微笑みながら、
しかし冷酷に彼を振り切った。
背を向けて、
振り返ることもなく歩き出す私の心は、
かつてないほどの歪んだ万能感と
快感で満ち満ちていた。
(あなたが遅いのよ。昔、私の良さを見抜けなかったあなたが悪いのよ!)
私の初恋は、これで本当の意味で終わった。
彼を深く傷つけ、絶望の淵に叩き落とすことで、私はかつて公園のベンチで味わったあの惨めさを、思い出し倍以上にして彼に突き返したのだ。
どう?
美しくなって世界の上場一流企業に勤めて
魅力的に成長して肌も髪も艶々になってる私は
あの頃あなたが好きだったお嬢様より
何倍も輝いているでしょう?
私が欲しいのね?
もう、遅いのよ!残念ね。
今のあなたでは私には不釣り合いなのよ。
そう自分で自分を認めた瞬間、
あんなに長い間焦がれていた男が、
酷く惨めにさえ思えた。
しかし、私が口にした「ほんの少し前に知り合った男」という嘘の存在……。
それは、私をさらなる安寧へと導き、
爛れた私の内に眠る業を決定的に目覚めさせることになる【第三章:深青(しんせい)の男】との新たなる破滅への幕開けだったのだ。
LèRêがこの感情文学物語に息を吹き込むピアノとギターの繊細な響きが、物語の輪郭を浮き彫りにしていきます。
どうぞ🎧聴きながら藍沢澪を感じてみてください
#忘れられない恋物語 #創作物語
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