[連載小説]ソグディアナ物語 11
前の話は、こちら
第十章
ここまでのあらすじ
ソジュンと留学生・純一は、インディーズバンドを組んだ仲間。
その後ソジュンはデビュー、純一はシルクロード研究を続けていた。
純一、ソジュン、マネージャーのアン・ミンジェの三人はサマルカンドの旅行に行くことに。
ブハラの宿で出会った長老はソグドの末裔だと言い、彼らと同じ古い木簡を持つアンマネージャーもは深い縁があるだろうと言い、
長老は『ソグディアナの古い物語』を語った。
ソジュンが木簡を触ると木簡は熱を持ち始めた。
ソジュンが翌朝目覚めると二人の姿はなく迎えのラクダに乗りシルクロードを旅することに。
パミールの雪山を遊牧民に先導されラクダのキャラバンは雪の降る山道を抜けた。草原を通り抜けた。タクラマカン砂漠では砂嵐に見舞われ、熱中症となり意識を失ったが手当てを受け、なんとか目的地のオアシスに至った。
そこは夢に何度も見た場所だった。
ソジュンは「ここに来たことがある」と確信した。
宿には、純一そっくりの遣唐使として来たという若者「田中臣純麻呂」がいた。
ソジュンは、自分はタイムスリップしたのではないかと思うようになった。
第十一章 亀茲楽の宴
「旭俊様、長旅でお疲れでしょう。宿の方でお休みになってくださいな。チャド、お荷物をお持ちして、ご案内して差し上げて」
「そうですね…ご案内しましょう。こちらでございます」
チャドは川沿いを通って、ソジュンを案内した。
天山の雪解けの水を集め水嵩を増した川は、ゴォーゴォーと音を立てていた。オアシスの緑は眩しく、水車小屋の音がカターンカターンと響く水辺には、杏や季が小さな実をつけ、柘榴の赤い花が咲いていた。
広い庭を囲むように二十棟程の宿が軒を連ね、駱駝小屋の前にはラクダたちが草を食んでいた。交易から帰った隊商は街に入る前、ここで旅の疲れを癒す。
「旦那様は長年、薩保をされていましたから、往時には大勢の商隊が出入りして、唐や敦煌へ往来する商団で賑わっていました。
申し遅れました。私はチャドと申します。旦那様の楽器工房で働く職人でして。先程、お迎えした女性は私の母。父も私も、この近くの旦那様の工房で楽器作りをしてるんです」
チャドは、向き直って挨拶をした。
「こちらのお部屋です。着替えは、これをどうぞ。水を汲んでおきましたので砂漠の砂を落とすのにお使いください。後で蒸し風呂に、ご案内いたしましょう。準備が出来ましたら、また参ります、ごゆっくり」
ソジュンは砂だらけになった衣服を脱いだ。布を湿らして体を拭き、着替えて横になった。
「…旭俊様、旭俊様」と呼ぶ声に、ソジュンは目を覚ました。
「お休みになれましたか。食事の準備が出来ましたので、あちらへどうぞ」
空が茜色に染まる頃、二人は母屋の方へ向かった。
屋敷の前の広場には胡楊の木で組んだ大きな『焚き火』があり、男の背丈より高くまで炎が上がっていた。焚き火を囲むようにテーブルが並べられ、卓上には御馳走や果物が出されていた。
「旭俊様、さあさあ、こちらへどうぞ」
屋敷の主人と息子チャクシダトの近くの席に案内された。側には純一そっくりの遣唐使・純麻呂もいた。
「ようこそいらっしゃいました。うちで作った葡萄酒です」
主のダダンブクは、旭俊のグラスに葡萄酒を注いだ。
「さあ、皆さんもどうぞ!」
主人の乾杯の掛け声で宴は始まった。
「今年の葡萄酒は出来がよろしいですね。父上」
久しぶりに帰った息子の言葉に、ダダンブクは顔をほころばせた。
「美味い!唐で食べたご馳走より、これが食べたかったんですよ!マフシードおばさんの作るメシが一番だ。なつかしいなあ」
「まあ!うれしい!!十年ぶりに帰られるチャクシダト坊ちゃんのため、特別に腕を振るったんですから。そう言って頂けたら作った甲斐がありましたよ」
マフシードは、客の方を向いて、「さあ、純麻呂様、旭俊様も遠慮なさらないで、どうぞ召し上がってくださいね。どんどん、運んでまいりますからね!」
彼女は皿に料理を取り分けた。
「まずはこちらを召し上がって。砂漠の旅で疲れた体にはこれがいいんですよ」と彼女は言って、胡麻味の胡瓜の和え物を彼に勧めた。
「このスープもどうぞ」とスープを目の前に置き、串焼き肉や蒸し餃子と次々と料理を運んできた。
ソジュンには見慣れぬ珍しい献立もあったが、サッパリとした酢の風味やニンニクやネギの効いた味付けは彼にも馴染みのあるものであった。
主人のダダンブクは、純麻呂に尋ねた。
「ところで、倭国はどの辺りにあるのですか?私も商いで、あちこち旅していますが倭国には、まだ行ったことがないもので」
「ダダンブク様は鶏林は、ご存じでしょうか?」
「ええ、楽器のお届けで鶏林には行ったことがございます」
「倭国は、鶏林の前に広がる海を渡った所にある国なんです」
「ほう…!」
「生まれたのは母の故郷の『筑紫』にございます。天気の良い日に島を巡れば、対岸に伽耶国を望めます。幼い頃は、海辺にある母方の祖父母の家によく行ったものです」
遣唐使として既に七年。彼は懐かしい故郷を思い浮かべて語った。
「母方の祖父の家は、代々、貝の交易をしておりました。南海の多禰の島々で採れた夜光貝を加工し、大和の朝廷はもちろん、昔は伽耶や新羅、百済へも交易しておりました」
「ほう!!純麻呂様のおじいさまは、交易を?!しかも海路とは驚きました。今度、詳しくお聴きしたいですな……
ところで、そちらのお客様、旭俊様は確か……」
今度はソジュンの方に笑顔を向けて語りかけた。
「先程、旭俊様は新羅から来られたと申されましたね」
「え、ええ・・・」
ソジュンは、一瞬、言葉に詰まってしまった。ちょうどその時、楽団が楽器を持って現れた。
「旭俊様、申し訳ない。お話の途中ですが……そろそろ、宴の準備ができたようじゃ。お客様に亀茲楽をお聴かせいたしましょうか」
日が傾きかける頃、その演奏は始まった。
弦楽のゆったりとした演奏に、打楽器の音が加わりスピードを上げていった。撥弦楽器を掻き鳴らし、陽気な歌も加わった。聴衆も一体となって手を叩き、足で拍子をとりだした。
すでに日が暮れたオアシス。鮮やかな連珠柄の赤い絨毯の上の舞台は、赤々と上がる炎で昼のように明るい。
そこにエメラルドグリーンの光沢ある絹の衣装に身を包んだ娘が舞いながら登場した。
「あっ……」
ソジュンは、一瞬、息をのんだ。
「この音楽、この場面……それは、夢に何回も出てきた異国の宴だ!そして、あの娘は・・・」
チャクシダトの妹のロクサナは、ブハラで会った宿の娘と瓜二つ…
彼女を見た時、彼は鼓動を抑えることが出来なくなってしまった。
何度もみた夢のあのシーン。顔が見える前に目が覚めて思い出せなかった『夢の中の娘』が、今、彼の目の前にいる。
ロクサナは片方の手を高く掲げ、もう一方の手で柔らかく円を描くように舞った。ロクサナが手に持つ透けるように薄いエメラルドの絹のリボンは、彼女が舞うたびにフワリと空を舞った。それは、まるで天女の羽衣。ゆっくりと優雅に始まった踊りは、速度を上げ素早く回旋する。左右の手に持った絹のリボンで円を描きながら旋回のスピードを上げていった。
この踊りこそ、唐代の「胡旋舞」そのもの……
ロクサナは舞いながら位置を変え、ソジュンの席のすぐそばで踊り出した。頬が紅潮し微笑みながら舞う、ロクサナの澄んだ瞳に見つめられた時、ソジュンは身体中が熱くなるのを覚えた。
第十二章に続く
第十二章
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