[連載小説]ソグディアナ物語⑩
前回の話は、こちら
ここまでのあらすじ
ソジュンと留学生・純一は、インディーズバンドを組んだ仲間。
その後ソジュンはデビュー、純一はシルクロード研究を続けていた。
純一、ソジュン、マネージャーのアン・ミンジェの三人はサマルカンドの旅行に行くことに。
ブハラの宿での宴の後、アン・ミンジェは家に伝わる古い木簡を長老に見せると、長老はソグドの末裔だと言い、『ソグディアナの古い物語』を語りだした。
ソジュンが木簡を触ると木簡は熱を持ち始めた。
ソジュンが翌朝目覚めると二人の姿はなく迎えのラクダに乗り旅に出ることになった。
パミールの雪山をチュルクの若者に先導されラクダのキャラバンは雪の降る山道を抜けた。草原で楽しいひとときを過ごした後、タクラマカン砂漠では砂嵐に見舞われた。砂漠の暑さにソジュンは、とうとう熱中症で意識を失ったが手当てを受け目的地のオアシスに至った。
そこは彼が夢に何度も見た場所。
ソジュンは「ここに来たことがある」と確信した。
第十章 亀茲で友と邂逅?
屋敷の入り口には、歓迎の「焚き火」がたかれていた。隊商の者たちは、次々と火を飛び越え、煙を浴びて体に燻した。
「旭俊様も、火を飛び越え煙を浴びてくださいませ。交易から帰って来た者を疫病の邪気から守る風習でございます」
彼の言葉に我に帰ったソジュンは、その言葉に従い、火を飛び越え煙を浴びた。
そこに松明を掲げた若者が現れた。
「若旦那様おかえりなさいませ!御無事で安堵致しました。お客様、長旅お疲れ様でございます。お疲れになられましたでしょう。母が案内しますので、あちらへどうぞ」そう言って、にこやかに出迎えたのは、職人風の若者だった。
「チャドフシャフ(Čad-xšaf )か、久しぶりだな!何年ぶりかな。チャドがまだ十五になる前だった…背もグンと伸びて頼もしい若者になった。
お父上のパールヴァン(Pāruwān)おじさんや工房の皆も息災であったか?」
「ええ、若旦那様。両親も、楽器工房の皆も元気にしております。私は、荷下ろしのお手伝いを致しましょう。母がすぐに参ります。向こうに、お茶の用意もしております」
店の者たちは、ラクダの背に載せた大量の錦の荷下ろしをしていた。
「見事なザンダニジ錦でございますね、若旦那様!」
ザニダニジは、ブハラ近郊のザンダネ村で作られるソグド錦。ザンダニジ錦には、連珠模様の中央に鳥が向かい合った西域特有の図柄が描かれていた。
一行の到着より先に届いていたプルワーンツ(手紙)の内容と積荷の札の内容を照らし合わせ、一つ一つ丁寧に確認していた。
「ただいま帰りました。父上」
「おお帰って来たか、チャクシダト(Čaxšidāt)!無事で何よりだ。長旅で疲れただろう。まずは茶を飲みなさい。お客様にも、こちらで休んで頂きなさい」
葡萄棚の方へ案内されたソジュンは、チャクシダトの父親が「ブハラの長老」にそっくりで驚いた。
茶を運んできた女性は、嬉しそうに、「お帰りなさいませ!チャクシダト坊ちゃん。まあ立派になられて…嬉しゅうございます。まずは喉を潤してください」と、皆に茶を注いだ。
「お久しぶりです、マフシード(Mahšid )おばさん。バザールで買った土産の果物です。ハルブザール(xarbuzar甘瓜)が並んでいたので思わず買ってしまいました」
チャクシダトは、バザールで買い求めた果物の入った麻袋を彼女に手渡した。
「もうハルブザールが?今年は初めて、いただきますよ!大好物なんです。熟れた甘い匂い…食べ頃ですね。皆様の分、さっそく切って参りますね」と言って受け取り、切り分けて出てきた。
「甘瓜」はラグビーボールのような形をしていて外の黒い縞模様はスイカのようにも見える。中を割るとオレンジ色の果肉は熟し、甘い香りが辺りに広がった。
「さあ、旭俊様もどうぞ。疲れが吹き飛びますから」と、その瓜を勧めた。
「うわー、美味しいですね!」
ソジュンは思わず叫んだ。
「お気に召して頂けて良かった。
わしは主の亀茲の商人ダダンブク(Datang-buk)じゃ。宿で旅の疲れを癒して寛いでくだされ。
ところで…チャクシダト、お越しになった客人はどちらからのお方かな?」
「これは失念してました。こちらは鶏林からいらした金旭俊様でございます。新羅の王族のお方で、学問の研鑽で唐や天竺のナーランダーの学舎へ行かれた帰りに西域を通られたので、康国・安国をご案内して参りました。旭俊様は胡楽を学ばれているとのことでしたので亀茲にお連れしたのです」
いくつもの驚きが、ソジュンを襲った。
「え?!王族?!…何の話?鶏林から来たって言ったか?」
天竺はインド。康国とは今のサマルカンド。安国はブハラのことだ。
(鶏林って、三国時代の新羅の都だろ?)
ソジュンは、心に思った。
「そして、そちらは?」と、チャクシダトが聞いた。
「この方か…こちらは倭国から来られた田中臣純麻呂様じゃよ。唐に留学生で来られ、敦煌で研鑽しておられた。わしが楽器を敦煌に届けに行った時に知り合ってな。『胡楽に興味をお持ちなら亀茲楽を観ていかれては』と、お連れしてきたんじゃよ」
(え?まさか!)
倭国から来たという若者は『純一』と髪型が違うだけで、激似だった。
「初めてお目にかかります。倭国から参りました、田中臣純麻呂にございます。あなたも胡楽にご興味がおありとは。遠い、この地でお会いいたしましたのも何かのご縁でしょうな。よろしくお願い申し上げます」と『純麻呂』は真顔で言った。
「初めてかよ!ふざけてるだろ?純一」ソジュンは、心の中でツッコミを入れたかったが、そんなシーンでは無さそうだ。
(まさか、これはオレの過去の記憶?純一もあの宿の人たち、アンマネージャーみんなが亀茲で昔、会った人たちだったってことなのか?!)
ソジュンには、まだ理解できなかった。
「初めまして金旭俊と申します。よろしくお願い申し上げます。(ソ・・・)
ケ、ケイリンから参りました」
彼は「ソウルから」と言いかけ、
(鶏林からと紹介されたわけだから、ここは合わすのが無難だ)
と考えて、ケイリンと言い換えた。
(そう言えば『鶏林』と言えば、僕のじいちゃん、ばあちゃんは慶州の出身だ・・・『鶏林』って慶州の昔の名前だろ?鶏林はともかく、アイツは『スミマロ』って?マジ、純一に激似なんだけど)
ソジュンは困惑しながらも、今は、この状況を受け入れるほかないと思った。
「鶏林ですか?それは遥々、遠い亀茲にまで、お越しくださいましたな」と、ダダンブクの言葉を聞いたソジュンは思い出していた。
(しかもキジと言えば、ブハラの長老が『昔話で言っていた亀茲国』なのか?)
時空を超えて、記憶の奥底に迷い込んだ気分だとソジュンは感じていた。
「いつも『夢』に見ていた、遠い昔のどこかに来ちまったってわけ?…
これって、まさか、タイムスリップしちゃったの?!」
第十一章に続く
第十一章
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