【創作】おもいで堂 #1

ここは不思議な本屋さん。今日はめずらしいお客さんが来たようです。


ガラガラガラッ!
「おや、こっちからのお客さんは珍しいね。いらっしゃい。」

普段ほとんど開くことがない扉を開けたのは、小さな少年でした。

「あの…ぼく、気づいたらこのとびらの前にいたんだけど…」

不安げな少年は、ここが現実ではないことを悟りながらも、ゆらゆらと揺れる椅子に座っている着物を着た男の人に問いかけました。

「ここは おもいで堂。死んだ人の思い出がたくさん置かれている本屋さんだよ。ちなみに私がこのお店の店主だよ。」

ニコッと笑いながら答えた店主は立ち上がり、少年に歩み寄って行きました。店主の足元には、大きな鈴を首につけた黒猫もいます。

「死んだ人?…ぼく、死んじゃったの?」

死んだ人 という言葉が怖かったのか、少年の顔はさらに不安に包まれました。

「ははっ そんなに怖がらなくて大丈夫。君は死んでないよ。そうだね…きっと眠ってしまったんじゃないかな。」

その様子を見た店主は、安心させようと笑顔で少年の頭を撫でました。そして店主のあとをついてきた黒猫も、大丈夫と言わんばかりに ニャーと鳴き、少年の足元にすり寄って行きました。

「そうなんだ…よかった」

足元にきた黒猫を優しく撫でる少年は、少し落ち着いたようでした。その様子を見守り、微笑んだ店主は、店をぐるりと見渡しながらこう続けました。


「ここに来る人は、ほとんどが死んでしまった人なんだ。だけど、たまに君みたいに眠っている間にたどり着いてしまう人もいるんだよ。」

少年は店主の目線を追ってあたりを見渡すと、壁一面に広がった本棚が目に飛び込んできました。絵本のように大きな本や、辞典のように分厚い本、手のひらぐらいの小さな本など、現実の本屋さんと変わらない光景でした。

「しかし、本当に珍しい。どうして君はここにたどり着いてしまったんだろうか?なにかよほど強い想いがあるのかな?それとも…」

ブツブツと独り言のように話す店主を見て、少年は小さな声で話し始めました。

「あのね、ぼく、ママとパパと、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでるんだけど、この前おばあちゃんが病気で死んじゃったんだ。」

ポツポツと話し始めた少年の声に、店主は静かに耳をかたむけました。

「おばあちゃんがいなくなってから、おじいちゃんの元気がないんだ。ママとパパも心配してて…ぼく、どうしたらいいんだろう」

下を向き、今にも消えてしまいそうな声で話す少年に、店主はこう投げかけました。

「そうだったのか…ちなみに君のおばあちゃんの名前はなんていうのかな?」

えっ と驚きながら店主の顔を見た少年は、おばあちゃんの名前を伝えました。それを聞いた店主は、この本屋さんの中で一番大きいであろう本が置いてある机の方へスタスタと歩き、その大きな本をパラパラとめくりはじめました。

あるページでピタッとめくっていた指を止め、小さな声で「あった」と呟きました。それから店主は、お店の壁一面にある本棚の中から一冊の本を取り出し、少年に見せました。

「これ、君のおばあちゃんの本だよ。ほらここに名前が書いてあるでしょ?」

店主が指さした表紙を見ると、たしかに少年のおばあちゃんの名前が書かれているのでした。

「ほんとだ!おばあちゃんの名前だ!すごい!これ、おばあちゃんが作ったの?」

驚きと興奮が隠せない少年は、目をキラキラさせて店主の方を見ました。

「ふふっ そうだよ。君のおばあちゃんが毎日ここに来て、私にいろんな話をしてくれたからね。私が一冊の本にしたんだよ。読んでみる?」

店主から渡された本を手にした少年は、うん!と大きく頷きました。そして近くにあった椅子に座り、渡された本をパラパラとめくり始めました。

おじいちゃんと初めて出会ったときのこと、おじいちゃんと喧嘩したときのこと、少年が生まれてきたときのこと、家族みんなで旅行したときのこと…たくさんの思い出がその本には綴られていました。

少し鼻を赤くし、目をうるませながら読み進めていった少年は、ついに最後のページにたどり着きました。するとそこには、おばあちゃんの字で書かれたメッセージがありました。

「ねぇねぇ見て!ここ、おじいちゃんへ って書いてある!」

おばあちゃんの字が懐かしく思い嬉しくなった少年は、店主のもとへ駆け寄り、そのページを見せました。

「ああ、そういえば最後のページに何かこっそり書いてたね。私も何を書いたのかは知らなかったけど、おじいさん宛のメッセージだったのか。」

笑顔で答えた店主に、少年もなんだか嬉しくなりました。そして少年は、あることを思いつきました。

「ねぇねぇ、この本、おじいちゃんも読んだらうれしくなって元気になるかな?持って帰れたらいいんだけど…」

少年の予想外の言葉に店主は目を丸くし、驚きました。

「いやいや、この本は持っては行けないよ。持ち出せるのは、死んだ人だけ。君のように生きた人が本を持ち出してしまったら、この本は消えてなくなってしまう。」

そう告げられた少年の表情からは笑顔が消え、赤くした鼻がさらに赤くなりました。今にも泣き出しそうなその表情を見た店主は、困惑しながら言いました。

「君みたいにここにたどり着くことができたら、読むことはできるけど…」

「じゃあ、ぼくがおじいちゃんを連れてくる!」

少年は目に涙をうかべながら、力強く言いました。その力強さに一瞬驚いた店主でしたが、驚いたのも束の間、今度は少年の目をまっすぐと見つめて言いました。

「でも、どうやっておじいさんを連れてくるんだ?こうして君がここに辿り着いたのも、奇跡なんだよ。」

少年を突き放すかのような言い方をした店主でしたが、次の瞬間、ニヤッと笑いながら少年に言いました。

「でも、可能性がないわけじゃない。現に君がここに来たんだからね。何か方法があるかもしれない…そうだな…一緒の布団で寝るとか、おばあさんの思い出話をたくさんするとか。もし君とおじいさんが一緒にここに来てくれたら、私としてはすっごく面白いんだけど。」

陽気に話す店主の言葉を聞いた少年は、目からこぼれそうな涙をぬぐい、おばあちゃんの本を店主に差し出しました。

「わかった!ぼくがぜったいにおじいちゃんを連れて来る!それまでこの本はおにいさんがあずかっててね!」

そう告げると少年は、入ってきた扉の方へ駆けていき、勢いよく扉を開けました。

「ぜったいに連れて来るからねー!」

店主に向かって言い放ち、少年は扉を閉め出ていきました。

「ふぅ、騒がしいお客さんだったね。」

やれやれと言いながら自分の椅子に座り、ゆらゆらと揺れながら差し出された本を見ました。

「けれど本当に連れて来られたら面白い。お前はあの子がおじいさんを連れて来ると思うかい?」

座ると同時に飛び乗ってきた黒猫に話しかけると、黒猫はニャンと嬉しそうに鳴きました。

「ふふっ、お前はあの子のことが気に入ったみたいだね。まぁ、気長に待つとしようか。」

少年が出ていった扉を見つめながら、店主は言いました。







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