見出し画像

短編小説『ランドリーラックを押す男』

 その日も、いつものように弁当を持って出かけた。

 会社に着くと、引継ぎなどの朝礼を終え、いつものワゴン車に乗り込んだ。地域のブロックごとに回るルートが決まっていて、今日は急遽休んでしまった宮田の代わりに、中途採用で五十代の私が、そのルートを担当することになった。

 ナビがあるのでそれほど苦労はしないが、得意先の面々は知らない人ばかりなので、やはり少し緊張する。午前中の集配量を頭の中でざっと計算しながらハンドルを握った。

 最初の目的地に着くと、ちょうどそこのお客がロビーから出てくるところだった。裏の搬入口を探し、ワゴンを停める。サイドブレーキを引いて荷台の扉を開け、空のラックをいくつか引き出した。

「毎度様でーす」
 声をかけながら建物に入ると、ちょうど従業員の女性が居たので説明すると、あっちです、と指差して教えてくれた。
「あ、今日は宮田さんじゃないんですね。いつも頼んでるシャンプーとリンス……また2ケースずつお願いします」
「え? 2ケースですか。わかりました」
私がメモを取っていると、彼女が続けた。

「こないだ注文したばかりなのに……って思ってません? なかなか評判良いんですよ、ウチの自販機」

「自販機……?」
「宮田さんのアイデアなんですけど、ウチはシャンプーとリンスを自販機で売ってて、どっちが出てくるかわからないっていうヘンテコなシステムなんです。面白いですよね」
「へええ、今どきのガチャみたいな感じですか?」
「そうそう!それで意外とみんな買ってくれるんです。ロビーでおじさん同士の交換会とか始まったりして」
「交換会……それは面白そうですね」
 女性従業員と笑って別れると、私はランドリーラックいっぱいの使用済みタオルやシーツ、カバーなどを丁寧に積み、ワゴンの荷台に固定した。

 ホテルなどのシーツやタオル、カバー類等を回収するリネンサプライの集配業務だが、シャンプーとリンスのようなアメニティの取り扱いもある。宮田はそこも上手くやっているようだった。伝票を受付に残し、そのホテルを後にした。
 荷台からほんのり漂う洗剤の残り香と、わずかに混じる汗の匂いが、いつもの仕事の匂いを感じさせた。

 次に立ち寄ったのは、半年前にオープンしたばかりの新しいビジネスホテル。白い外壁がまだ新しく、搬入口も清潔に整えられていて使いやすい。

 だが、駐車場には警察車両が何台も止まっており、入り口や付近には警官の姿があってなんだか物々しい雰囲気だった。
 何か事件でもあったのだろうか?私は搬入口でばったり会ったホテルマンに声をかけた。
「あ、お世話になっております。リネンの回収に来ました」
「ああ、どうぞ。ただ、少し静かにお願いします」
ホテルマンは少し疲れた表情で頷くと小声でそう答えた。

「何かあったんですか?」
 ロビーで話し込む警察官を遠目にホテルマンにそう聞くと、彼は周囲を確認してから、さらに声を落とした。

「実は……チェックアウト済みの客室で女性の遺体が見つかったんです。しかも当ホテルは全館禁煙の部屋なんですけど、その遺体からタバコの臭いがしたらしくて。警察の人も『別の場所で殺された可能性もある』って話してました」

「そうなんですか、なんだか物騒な話ですね……」
「オープンして間もないのにこんな事件、たまったもんじゃないですよ」

 そう愚痴るホテルマンに会釈して慎重にランドリーラックを運びながら、私は仕事を急いだ。回収したラックをワゴンに積み込んだ時、なんだか少し違和感を感じたが、それが何かわからないまま「……まあいいか」と、すぐにそのホテルを後にした。

 次は少し山奥らしい。砂利道を走らせると、いかにもな民宿が見えた。こんな奥にお客なんて来るのか? そう思いつつ建物の裏手に回り、勝手口から声をかけた。

「お世話になっておりますー」

 すると調理場にいた老人が応じた。
「ああ、洗い物の。今日は宮田さんじゃないんだね。そこにあるからお願いします」
「はい、失礼します」
 調理場からは味噌汁と焼き鮭の良い匂いがして、奥の食堂からは賑やかな笑い声が聞こえていた。
 シーツとタオルが数枚、隅の方に小さめの籠にまとめられていた。私はそれをラックに移し替え、荷台に積み込んでると老人が声をかけてくれた。

「宮田さん休みかい?なんだか最近、体調悪そうだったけど」
「そうなんです。え?アイツ、体調悪そうでした?」
「体調悪いというか……なんだか悩み事ありそうな感じだったけど、もしかしてそのストレスなのかなあ」
「悩み事……ですか」
「私もそんなに話す方じゃないけどさ、宮田さん……ワゴン車の中で深刻そうな顔でスマホいじってたから」
「ああ……そうなんですか、なんだかすみません」
「いやいや、別に謝ってもらうようなことでもないからさ、ごめんなさいね変な事言ってしまって。あなたも気にしないでくださいよ」
「はい、いちおう宮田にも言っておきます。では失礼します」
 老人と別れて車を表側に回すと、林のあたりに墓地が見えた。

 墓地の近くの民宿だなんて、泊まりたくないなあ……。バックミラーでチラ見しながら、そこを後にした。

 宮田は何を悩んでいたんだろうか? アイツも自分からそんなに話す方じゃなかったから私にはわからないが、人には何かしら悩みはあるものだ。それを誰かに話すことで気が軽くなるっていうこともある。

……今度会ったら宮田にちらりと聞いてみようかなあ。

 荷台に積んだリネンが、走行の振動でかすかに音を立てている。

 昼に道の駅の駐車場で弁当を広げて休憩をしていると、白髪交じりのタクシーの運転手に話しかけられた。
 なんでも、サラリーマン風の男性の幽霊を乗せたと興奮気味に話していた。いやいや、令和に幽霊だなんて……嘘か本当かわからないが、話のネタにはなった。帰ったら会社のみんなに話してみよう。
 さらに聞くと、毎年この時期に同じような体験談がタクシー業界で出回るらしい。この地区特有の都市伝説なのかもしれない。

 昼休憩を終えて次に向かったのは古びた旅館だった。
 チェックイン前の時間なので駐車場には車はなく、そのまま裏手に回ると搬入口で受付を済ませ、奥のランドリーラックの部屋へ向かった。

 少し蒸し暑い部屋にはランドリーラックが三つもあった。なるほど、ここは少し量が多いんだな……とラックを押していると、タバコ臭がした。

 今どきめずらしく喫煙部屋もあるのか、ここはそういうお客が多いのかもしれない。——と、そこへ従業員の女性が通りがかり、会釈した。私がシーツの臭いを気にしているのを見かけたのか、彼女が口を開いた。
「今どき喫煙部屋なんて珍しいですよね。だいぶリノベーションして減りましたけど」
「リノベーションしたんですか?」
「ええ、少し前に。そうそう聞いてくださいよ。そこの施工業者がヘマやらかして、なんでか押入れだけやるのを忘れてたらしくて」

「……え?押入れだけ?」
「そうなんですよ。いちおう禁煙部屋にはなったんですけど、その押入れを開けたらやっぱりタバコの臭いがするんです。だから貼り紙でもしておこうかと思ってるんですけど、あからさまに『タバコ臭がしますので』って書くのも、禁煙部屋として提供してる以上、どうかなあと思ってて……」

「ははあ、それは難儀ですね」
「まあ、副流煙とかいろいろありますからね」
「じゃあシンプルに『何も入ってません。開けないでください』って書くのはどうですか?」
「ああ、それも良いかもですね。ありがとうございます」
「いえいえ。ではお疲れ様です」
「はーい、お疲れ様ですー」

 私はランドリーラックからシーツやタオル、カバー類を次々とワゴンに積み込んだ。三つ分のラックを空にするのは少し時間がかかったが、慣れた手つきで荷台に固定する。
 さすがにタバコの臭いがわずかに荷台に移った気がしたが、まあ仕事のうちだ。エンジンをかけ、次のホテルを目指した。

 車に乗り込んで運転していてふと、さっきの言葉がよぎった。

「タバコ臭……あれ?」

 そういえば新しいビジネスホテルのランドリーラックを積み込んだ時、違和感を覚えたことを思い出す。

あれは、わずかにタバコ臭がしたからだった。というのも、あそこは全館禁煙のホテルじゃなかっただろうか?

 なのに、タバコ臭ということは……

 私はワゴン車を道端に停めると積み込んだ洗濯物を確認した。午前中に積み込んだから奥の方……汗だくで漁っていると、シーツの中から一枚だけ別の業者のものが出てきた。そしてそのシーツから、タバコ臭と赤い口紅の跡も確認できた。

「これだ……」

 時間はまだある。私はUターンをして車を回し、あのビジネスホテルを目指した。


——後にわかったことだが、あの女性の遺体は、今日休んでいた宮田の不倫相手だった。

 宮田は相手を自分の手で殺し、遺体をシーツにくるんでランドリーラックに乗せ、リネン回収業者であることをいいことに、あの新しいビジネスホテルの、チェックアウト済みの客室に運び込んで放置したのだ。あたかもそこで亡くなったように見せかけるために。

 くるんでいたシーツにタバコの匂いが残っていたのも、別の場所から運ばれてきた証拠となったうえ、彼の髪の毛も検出されたのが決定的だった。

 宮田の悩みとはそういう事だったのか。

 私が少しでも聞いていれば、何かが変わったのだろうか? それは誰にもわからないことだが、悩みがあったことを知ってしまった以上、私にも少し後悔が残った。

 そして、普段使っているランドリーラックがそんな事に使われるだなんて……私は複雑な思いで、今日も宮田の代わりにあのルートを周っている。



【関連作品】


この記事が参加している募集