都蘭山居の夜明け:暗闇に溶け込み、古の律動を刻む
二〇〇〇年一月十五日。三トン半のトラックを借り、山積みの書物や冷蔵庫、寝具、食器を荷台へ詰め込んだ。土虱が駆けつけてくれたのは幸運だった。力仕事の勘所を心得ている彼と共に、マットレスや重い家具を二人掛かりで引き、押し、持ち上げてはトラックへと積み込んでいく。
引越しの一週間前には、友人の手を借りて書物の紐がけや箱詰めを済ませておいたおかげで、この大移動をなんとか遂行できた。一人で抱え込んでいれば、間違いなく途中で倒れていただろう。
二、三時間を要する道のりを二日間で七往復。ついにこの引越しは完了した。二年半を過ごした場所を名残惜しそうに巡り、静かに門を閉めて別れを告げた。
最後に荷台に上げたのは、一年前、獣医に託されたダルメシアンだ。車を極端に嫌う彼は、乗せようとしては飛び降り、を繰り返した。結局、宥めながら最後は縛り付けて載せるしかなかった。新居に到着し、解き放たれた途端、彼は庭と樹林の間を歓喜の声を上げて駆け回った。静まり返っていた農舎に、ようやく生命の音が響き始める。
到着してからは、あらかじめ練っていた配置図に従い動いた。冷蔵庫やベッドといった大物は迷わず定位置へ。居間や廊下は、未開封の書物の山で埋め尽くされた。屋外に置く荷物は木板で床上げし、夜露を防ぐためにビニールシートで厳重に包む。整理は、日常を取り戻しながら時間をかけて行えばいい。
十六日の夜。人生で初めて、山の上で独り夜を迎えた。頼りは傍らに寄り添う愛犬だけだ。昼間の碧い海と緑の林が闇に溶け込み、世界が収束していく。忙しない搬入が終わり、ふと顔を上げれば、そこには深い暗夜が広がっていた。農舎のわずかな明かりが庭を照らし出す中、私は厨房で湯を沸かし、コーヒーを一杯淹れた。椅子を一脚、廊下へ持ち出して腰を下ろす。
脳裏は白紙のように凪いでいる。湧き上がる感情すらない。全身の筋力を床へと預け、ただそこに存在することだけを受け入れる。山居の夜は深く、私はただ、夜の静寂の中に溶けていた。
庭はがらんとして、葉を落とした小木が数本、寂しげに突っ立っている。道路の下の森は真っ黒に塗りつぶされ、視界を塞いでいた。車の往来はとっくに途絶え、近所の農家も深い眠りについている。山林にぽつんと佇む農舎の灯りも、この黒々とした森の闇に包まれ、飲み込まれていった。見知らぬ暗い森の中で暮らす、人生で初めての深い孤独だった。
時折、森からフクロウの「ギャッ、グゥー……ギャッ、グゥー……」という叫び声が響き、草むらからは「チチッ……チチッ……」と虫たちの鳴き声が漏れる。遠くからは都蘭湾の波濤が押し寄せ、強烈な東北の季節風が林の中を唸りを上げて駆け抜けていく。
夜が深まるほどに、冷え冷えとした湿り気を帯びた静寂が身の回りを包み込んでゆく。足元では愛犬のダルメシアンが、いびきをかいて深い眠りに就いていた。庭に出て満天の星を見上げると、果てしない宇宙が空に停滞し、時間さえもが擱座したかのように感じられた。空っぽで、しんとした意識が闇の中を漂う。
「自分は今、ここにいる。なぜだ? 何のために? 俺は誰なのだ」
脳裏を巡る自問は、夜空の宇宙のように星の光が点々と瞬き、未来の方向のようでもあり、同時にどこへ向かうべきか分からない茫然とした思いでもあった。やがて抗いがたい眠気が静かに心を満たしていき、私は家の中へと戻り、ベッドに倒れ込むようにして深い眠りに落ちた。
これほど熟睡したのはいつぶりだろう。夢さえもあの暗い森の中に置き忘れてきたかのような、深い休息だった。翌朝五時過ぎ、窓から射した晨曦が私の顔を照らす。知らず知らずのうちに深く息を吸い、大きく背伸びをしていた。清涼な山林の空気が肺を満たした瞬間、沈殿していた意識がパッと清らかに覚醒する。――まるで、千年の眠りを経て、世紀末の荒原から目覚めたかのようだった。その日を境に、私の体内の時計は、太陽とともに目覚めるという太古の律動を刻み始めたのである。
