廃墟を再生する、人生を再生する:金では買えない、農舎修繕の美意識
■ 暗渠の洗礼:泥との死闘
入居当初、私は無知そのものだった。家の前の道路下に暗渠が潜んでいることも、浄化槽や汚水管がどこに埋まっているのかさえ分からなかった。設備職人の親方が点検に訪れた際、私はその横で目を凝らしていた。便器から外の配管を辿り、台所の庭先を巡って、ようやく浄化槽の在り処を見つけ出す。コンクリートの蓋を開ければ、そこには古風なセメント製の浄化槽が静かに眠っていた。親方は中を覗き込み、破顔した。「水は透き通り、澱みもない。浄化槽は新品同様だ。交換も清掃も不要だよ。おそらく家が建ってすぐ、何らかの事情で空き家になったんだろう。注文した新しい浄化槽はキャンセルしな。一万元の節約だ」
私たちは庭を抜け、道路脇へと出た。側溝は泥や落葉で完全に埋まり、堆積物で道筋すら判別できない。親方は迷うことなく溝へと飛び込むと、シャベルを振るって土を掻き出し、屈み込んで暗闇を覗き込んだ。「やはりな。道路の下に暗渠がある。浄化槽からの配管はここへ繋がり、この暗渠を抜けて外部へ流れていく仕組みだ」
彼は立ち上がり、道路の反対側へと渡ると、地面を一点指し示した。「出口はここだ。重機を入れる時に掘り返して出口を確認しろ。そこから斜面に沿って林まで溝を掘れば、汚水管を林の奥まで逃がせる」
彼は現場を計測し、管の直径と数量を計算した。さらに林の奥へと足を踏み入れ、小枝を土に刺して埋設ルートに目印を刻んでいく。「整地の際にユンボでついでに溝を掘らせな。人力では時間がかかりすぎるし、金も無駄だ。三十分もあれば終わる作業だ。掘り終えたら電話をくれ。職人を連れて一気に仕上げてやる。一、二日あれば完了する。その方が効率もいいし、あんたの財布にも優しいはずだ」
巡り合わせというものだろうか。私は素晴らしい職人たちに出会った。資金のない私の窮状を察し、彼らはまるで自分のことのように知恵を貸してくれた。ユンボの瘋明、設備職人の親方、大工、ペンキ屋の主、そして材木屋や金物屋の面々――皆がこぞって、最小限のコストで最大限の修繕を叶えるための知恵を授けてくれた。さらに得難いことに、彼らはこのよそ者の私を信用し、代金を「ツケ」にすることさえ許してくれた。
休日になると、店主たちはドライブがてらコーヒーを片手に農舎を覗きに来る。泥にまみれ、腰に道具袋をぶら下げてペンキを塗る私の姿を、彼らは黙って見守ってくれていた。いつしか彼らは、催促どころか、材料を買いに行くたびに「ツケておけ、後でまとめて精算すればいい」と笑って受け入れてくれるようになった。原稿料が入るたびに二、三千元ずつ返済し、足掛け二年でようやく完済した。最後の返済を申し出たとき、帳簿を見た店主は「もう貸しはないよ」と笑った。いくら借り、どれだけの時が流れたのか、自分でも忘れてしまうほどだったが、数年経った今もその温もりは胸に刻まれている。農舎で初めて夜を明かしたあの日、私は「天は人の道を閉ざすことはない」と深く悟った。それ以来、困難の中にいる新たな移住者と出会えば、私は迷わず手を差し伸べることにしている。
歳月を経て振り返れば、天涯への放浪は、人生を再生させるための希有な学びの場だった。台北の友人たちは私を笑う。他人の農舎を直すために金を注ぎ込み、二十年も都蘭で漂流した挙句、一文無しの借家住まいとは――と。確かに、もしあの頃、私が豪邸を構える資産家であったなら、土地を買い、別荘を建て、美景や暮らしを誇示するような別の人生を歩んでいただろう。だが、人生の谷底で放浪を選び、因縁に導かれるまま農舎を修繕したからこそ、この予期せぬ驚きに満ちた旅路が開かれたのだ。
あの苦渋に満ちた歳月は、金では買えない美意識を私に与えてくれた。農舎の修繕術という技術以上に、汗を流し、艱難に耐えた日々の修練こそが、この場所への深い情愛を育んでくれたのだ。ボロボロの廃墟を一軒、また一軒と、自らの手で再生させる。それこそが、何ものにも縛られない、自由で意外な生命の旅路なのである。
