アボリジニ物語 パート2(アボリジニ民族:近年~現在)
私は知性でありスピリット:もしあなた方がアボリジニ民族から何かを学びたいと感じるなら、近年白人から多くの迫害を受けた悲惨な民族であるということを学ぶことは必要ではありません。今あなた方は生きるために何が不足していますか。お金ですか、物ですか、心ですか。「彼らの住むオーストラリアの台地には遠い昔、すべてのものがあったのです。全てがあるところに生きていたのです。人と心で会話する幸せがあったのです。皆が助け合いのなかで生きていく喜びがあったのです。それが崩れ始めていったのはいつの時も彼らの中に暴力という行為が生じ始めた時からでした」
1 近年は狩猟対象民族であった。
狩猟対象民族という意味はアボリジニを動物とみなしてゲーム的に撃ち殺した時代があったということです。アボリジニはかつてオーストラリア及びその周辺の島々に住んでいた先住民族です。皮膚の色は黄色人種系、生活はブーメランや毒物を利用した狩猟を行う採取狩猟型で西洋人がオーストラリアを「発見」した段階では、50~100万人が生活していました。言語だけでも250、部族数に至っては700を超えていたとも言われていますがはっきりとはわかっていません。
アボリジニの先祖がいつからオーストラリア大陸に住んでいたかについては、現在の考古学では人類発生以前とも以後とも、また人類的遺伝子検査では北京原人よりはるか昔少なくとも50万年以上前からとも言われております。不思議なことにアボリジニの祖先は「遙か昔に遠い星からやってきた」というような意味の比較的共通した伝えも有しているといわれています。
アボリジニ文化は家族、コミュニティ、土地とのつながりを特徴としています。「土地にいる」という考え方がアボリジニの世界観の中心となっています。彼らは世界で最も古い生活文化を持ち、その独自のアイデンティティと精神は国のいたるところに存在し続けています。
オーストラリア大陸は1788年よりイギリスによる植民地化によって、イギリス人が大量に入植してきました。初期イギリス移民の多くは犯罪者等でしたのでスポーツハンティングとして多くのアボリジニを狩猟の獲物として虐殺していきました。人間でなく動物と同類に見ていたのです。「今日はアボリジニ狩りに行って17匹を殺った」と記された日記がサウスウエールズ州の図書館に実際に残されています。また、狩猟の獲物として、射殺された母親に泣きすがる子供をさらに無慈悲にも至近距離で射殺しています。
オーストラリア政府は1828年に開拓地に入り込むアボリジニをイギリス人兵士に自由に捕獲や殺害する権利を与える法律を施行しました。この法律が施行されたことにより殺害や捕獲が自由に出来るようになり、アボリジニの人口はまたたくまに90%以上減少していきました。タスマニアのアボリジニは女性トルガニニを最後に絶滅してしまいました。一方、不毛な乾燥地域である内陸部のアボリジニは周辺の厳しい自然環境に守られながらどうにか固有文化を維持し続けてきました。
2 アボリジニの絶滅政策と保護政策
オーストラリア政府は徹底的な人種差別政策によりアボリジニへの弾圧政策を続けました。1869年からは様々な州法などによりアボリジニの親権をも否定したのです。そのためアボリジニの子供達は親から強制的に引き離され、泣き叫ぶ子供達であれ容赦せずに数千キロ以上も離れた強制収容所に収容されてしまいました。政府が建設した強制収容所の環境は劣悪で窓には鉄格子があり監獄のような寮で、薄い毛布は夜の寒さを防ぐことができず、食べ物は必要最低限しか与えられなかったといわれています。
これらの政策はアボリジニ民族の保護という名目で進められましたが、本当の狙いはアボリジニの文化を根絶やしにして、アボリジニの存在自体を消滅させ、彼らの住んでいた土地を奪い自由に使うことが目的であったといわれています。しかし、良識あるオーストラリア国民の支援活動などにより1967年になってオーストラ政府はアボリジニの市民権を認め公式に謝罪しましたが、この謝罪に反対する議員や国民も多数くいたことは忘れてはならないことです。
それではアボリジニは非の打ちどころのない民族だったのでしょうか。近年だけを見つめればとても家族愛に満ちていた部族もあれば男性優位の部族もいたのです。特に問題視されたのが部族によっては女性や子供に対する性的虐待や暴力が凄まじかったことや白人により混血の子供がたくさん生まれて社会問題化していったことなどです(国連の先住民問題常設会議から)。
現在は厚い保護政策の基に、アボリジニは西洋から持ち込まれたオーストラリア文化に同化しつつあります。今や若者はスマートフォンを使用するようになり、その結果アボリジニの文化と歴史は急速に失われつつあります。
3 不思議な民族アボリジニ
アボリジニは文字文化を持たなかった事から、白人のオーストラリア移住が盛んになるにつれて痕跡も残さず消滅した部族も多くありました。なぜ文字を持たなかったか。現在私たちの社会では急速にコンピューターが組み込まれたスマートフォンなどが使われていますがこれが発展すれば将来、文字を紙に書くことは無くなるだろうと言われています。過去に彼等が高度に発達した文化形態を維持していたなら突然の大規模災害が発生した場合、紙に文字を書く行為が出来なかったのかもしれません。或いは別の理由があったのかもしれません。
現在、彼等の言語や文化の系統を調査する試みはほとんど進んでいません。音声的に完全に失われた言語も多いのです。また、アボリジニの先祖がオーストラリア大陸に上陸した時期は現在残る記録では正確にはわかっていません。最近の遺伝子の研究ではホモサピエンス発生以前の50万前には存在していたともいわれており不可解な民族として世界に知られています。これが正しいとすれば、教科書で教えられている人類発生の根拠は全く意味をなさなくなります。
それでは彼らは一体どこから来たのでしょうか。事実、地球の3次元世界に彼らほど大勢が同時に移住して来たのは他にありませんでした。他の惑星から流刑のために置き去りにされた人々や宇宙船の故障により故郷への帰還をあきらめ、搭乗していた男女が子孫を増やしていった民族や中・小規模移住は沢山あるのですが。
かつて、アボリジニの祖先はこの広大な宇宙空間を光の速度を超えて飛行出来る宇宙船を持ち、高い科学力と文化を持っています。しかし、どうしてその科学力も文化も失ってしまったのでしょうか。彼らは地球に移住後、人類の進化や生物環境にどのような影響を及ぼしていったのでしょうか。
正しい地球の歴史を知ること。それは「私たちが生きる目的について考え、行動し、どのように生きていくのか、どのように愛を育くんでいくのか、そしてこの地球という場所をどのように大切に守っていったらいいのか」を考えるときに大いに役立つはずです。また、彼らの生きた記録から私たちが教訓として学ぶことも多いと思います。
地球の歴史においては、光という軽い素材で構成されたライトボデイの生命体はアボリジニよりはるか以前からいろいろの時代に応じて介在し、レムリア文明からアトランティス文明それに続くエジプトやシュメール文明の発祥や現在の私たち人類の進化にも大きく係わってきました。遙か昔「エデンの園で誕生したアダムとイブ」は架空の物語なのでしょうか。そうではありません。これも人類誕生の真実のひとこまです。当時「ルル」と言われていたというがその正確なことについては伝わっていませんが(アヌンナキの人類創造「ルル・アメル計画https://note.com/lucky_noto321/n/nf4abaf8f8645」等)これらは現在少しずつ明らかにされつつあります。人々の信じる心の度合いに応じて。
次回はパート3 アボリジニの故郷バカラティーニ星についてお話します。
・アボリジニ物語 パート1(序章、スピリットからの語り掛け)
https://note.com/lucky_noto321/n/necb6228d66a8
・アボリジニ物語 パート2(アボリジニ民族:近年~現在)
https://note.com/lucky_noto321/n/ne715006cdfdd
・アボリジニ物語 パート3(アボリジニの故郷バカラティーニ星)
https://note.com/lucky_noto321/n/n0bcf6a765d78
・アボリジニ物語 パート4(全てが消滅危機の大規模核戦争)
https://note.com/lucky_noto321/n/n6d331d4c6aa1
・アボリジニ物語 パート5(壊滅的な核戦争からの復活)
https://note.com/lucky_noto321/n/naf90101b923b
・アボリジニ物語 パート6(移住出来る星を求めて~地球へ~)
https://note.com/lucky_noto321/n/n256afbea9211
・アボリジニ物語 パート7(生きるための食料の確保)
https://note.com/lucky_noto321/n/n240decb4af2f
・アボリジニ物語 パート8(とても単純だったが素晴らしい政治形態)
https://note.com/lucky_noto321/n/n44708843c2af
・アボリジニ物語 パート9(邪悪な宗教の発生・排除と異種族間の結婚)
https://note.com/lucky_noto321/n/n037901434b36
・アボリジニ物語 パート10(小惑星の衝突とアボリジニ文明の崩壊)
https://note.com/lucky_noto321/n/n6b1392450432
・アボリジニ物語 パート11(大災害後、生き残りをかけて)
https://note.com/lucky_noto321/n/n3637ba483fcf
