遣唐使物語第1話:白村江の火と天智天皇の決断

プロローグはこちらから

白村江の戦いは終わった。強大な軍事力、技術、物量を誇る空前の大帝国、唐と新羅の連合軍の前に、倭国軍は大敗。

その圧倒的な力を前に都は震え上がっていた。 
怯える民、混乱する朝廷。天智天皇は、急ぎ超大国唐との国交回復、及び唐の先進的な文化、技術を取り入れた早急な律令国家の育成を図るため、有能な人材の唐への派遣を決断。

この命がけの使節の中に一人の無名の若者の名があった。

船穂広麻呂、十八歳。

都の片隅にいる、下級官吏の身分で、平凡で世間知らずな若者だったが、唐の言葉、書物の知識の才能が買われ遣唐使の一人に加わった。

出発の朝。長屋の庭先には、彼を見送ろうと両親と幼い妹が集まっていた。

「お前があの恐ろしい唐へ行くなんて…」と涙ぐむ母の手を握り返し、広麻呂は快活に笑い飛ばした。

「泣かないでください! 唐の大都会・長安で一旗揚げて、錦を飾って帰ってきます!」

真新しい麻の旅装束に身を包み、広麻呂は誇らしげに胸を張った。

こうして倭国の命運を背負った若者たちが唐へと旅立ったのであった。

「私は、唐の都へ行ったら、いつか科挙に挑戦したい」船の道中、広麻呂は漠然と思い描いていた夢を語った。しかしその言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲から容赦のない嘲笑が浴びせられる。

「ははは!科挙だと?お前は正気か?」

「あんなものは、唐の門閥貴族の御曹司たちが、裏で推薦を回し合って合格を決める形骸化した試験だよ」

「そもそも、異人が受けられるわけがないし、万が一受けられたとしても、通るわけがない。大人しく長安の賑やかしとして、頭を下げて帰る算段でもしていろ」

仲間たちの冷たい笑い声が、波風に消えていく。
次の話


いいなと思ったら応援しよう!