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フリータイム

ご自由にお書きください…か
よし!書こう!

わたしはお喋りだ

自由に喋らせると
23時間、じゃない
2、3時間は喋れる
23時間は倒れる

特に目的地も決めずにフリータイムで
わたしはどこに向かうのか

散歩のようなものだ

わたしは散歩がすくだ
訛りじゃない、打ち間違いだ
自由なのでそのまま放置する

ふっ、と路地に入る

ああ、こんな道があったんだ


この家は、もう誰も住んでいないのか
住んでいた頃の映像が浮かんでくるようだ

長らく何も掛かっていない物干し竿
葉先が枯れた庭の雑草
横になった植木鉢

窓の向こうに見えるカーテンも
長らく開けられてはいないだろう

まだ、家が息づいていたあの頃の
楽しい時間が視えてくるようだ

ここに在った家族と
ずっと一緒に生きてきたんだもんな
ずっと

ずっと



西日が照らし出した木の影が
庭先に映る

家も嬉しそうに
ここに在った楽しい時間と共に
うたた寝しているみたいだ


ハッ!
どうやら自由時間をもらうと
ノスタルジーな世界に辿り着くみたいだ


せっかく勢いをつけてスタートしたのだ
これでは終幕してしまう

今度は川べりでも歩こう

水鳥は

かわいい

プカプカ浮かんでいるからか

両手で掬い上げたい

グァっグァっという鳴き声も
なぜか濁点をかわいいに昇華させている

川は

流れているだけで
エネルギーなのだ

わたしはエネルギーの場にいる

水に手をつければ

エネルギーを感じる

わたしも何を言ってるか分かっていない

今わたしが触れた水は
数時間前に山の中を流れていたのだろう
そう思うと感慨深い

触るのが少し早くても
また、少し遅くても
今この瞬間触った水には
関わる事が出来ない

それは、noteでも一緒で

人生の中でも一緒だ
と思う

なんだかやっぱり
ノスタルジックに引っ張られる

わたしはそれが好きなんだろう


と、まあ
今度は自分語りの世界に入ってしまった
まあいい

フリータイムだ

じゃんじゃんいけ


川べりのベンチに座る

わたしが見たいもの
近頃、その事を考える時間が長い気がする
もちろん1つだけではなくて
沢山あるのだが

今回みたいに
書いてみて、これもそうなのかも
と思う事もある

生き物が嬉しそうだと
見てるだけで、良い時間が訪れる

犬が散歩に出てて嬉しそう
猫が撫でてほしくて近寄ってくる
花は見てほしくて綺麗に咲くし
水は綺麗になろうと流れている
もはや、生き物ではないが
まあいい

ゆったりした日常の景色

そんなゆったりした時間は
あっという間に過ぎるのかもしれないけど
やっぱり、好きなんだなぁって思う


最後まで読んで頂きありがとうございます



画像はみんなのフォトギャラリーから
使わせて頂いております↩

西日が感じさせてくれる情景が
とてもわたしの好みです

Shinyaさんの部屋様、ありがとうございます


↪あとがき

フリータイムは
ほどよく力が抜けて
まるで自習時間中の落書きのように
もう少し書いていたい
そう思えた
今度は、違うテイストで書いてみたい



以前書いたノスタルジー記事
去年も書いていたから驚きだ
ほのぼのタイムが続きます

こちらです


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