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考えるな感じろを考える

考えるな感じろ
有名な言葉だ、と思う

感じるとは、どうすれば良いのか

考えてばかりのわたしには
感じる事が難しかった
同じような方がいるかもしれない
いや、きっといるはず
頼む、いてください

よし、書く下準備は完了だ
(この記事は、あくまでわたしが感じた事であり、言葉の本意を書いているわけではありません)

感じるとは、考えない事でもある

目の前に、一つのコップがあるとする
マグカップが良い
が、重たければ別のものでも問題はない

左手で、いつものように持ってみる
よっぽど重いコップでなければ擬音は、ヒョイ
となる
これは重さを知っているからだ
もっというと
重さを知った上で持ち上げたからだ

よし、一度置こう
今度は、このマグカップって
どのくらい重いんだろう
と思って、持ってみる
擬音は、ズシッに変わる

これが、感じている状態

その時
わたしは、マグカップの事を知ろうとしている
どんな色?どんな質感?どんな形?硬そう?
それは
どんな存在なのかを、知ろうとしている、といえる

以前愛についての記事を書いたが
このマグカップに興味がない、という状態は
極端に言えば愛がないともいえるかもしれない
言いかえれば無関心という事だ

心が関わら無い、これは、他人からは見えない

自分からみて、感じようとしているか
感じる状態になっているか、という事でもある
と、わたしは思う

心の状態は、自分でも分かりにくい
そんな時は、体が教えてくれるかもしれない

心と体は密接だ
その時
体では、何が起こっているのだろうか

交感神経と副交感神経が出る話はこちらです


末梢神経には自律神経がある
(自律神経には交感神経と副交感神経がある)
そして
末梢神経にはもう一つ

体性神経というものがある
(体性神経には運動神経と感覚神経がある)

今回はその、体性神経をもとに
簡単に
いや、簡潔に?
書いていく
(わたしはバカなのかもしれない)


状況は、先程と同じ

目の前には、一つのマグカップが置かれている
マグカップを取ろうと腕を伸ばした時は
運動神経が働いている

取ろう取ろう取ろう
マグカップマグカップマグカップ
そう、頭の中はマグカップを取ろう、で
いっぱいだ

英語で言うと、Iから始まる
わたしは、取る、マグカップを、だ

もういちど、マグカップを置いて
今度は
マグカップの事を知ろうと思いながら
手に取る、と

感覚神経が働き
重い、と感じる事が出来る
This mug is heavy
このマグカップは重い、
となるのだ

なぜ英語を挟んだかというと
主語がハッキリと分かるからだ
わたしは日本語をべた褒めするが
英語にも、良い所が沢山ある

相手の事を知ろうとする
その時に、主語が相手になる
しゅ、しゅごい
・・・

自分のお笑いセンスに呆れる
・・・
笑いたければ笑うがいい

笑ってくれてありがとう

ゴホン
ふざけるのは
このくらいにして

わたしは子供の頃、洋画を見ていて
アメリカの人の会話のやり取りや
コミュニケーションに、なんとなく
愛を感じる事が多かった
今になって思うと
主語によって相手主体になれる
そんな言語によるものかもしれない

少し話は変わるが
何かを
感じよう、とする時
主語は自分ではなくなる
わたしは、この感覚が
この瞬間が
がなくなる時間なのではないかと思った

たしかに
主語が相手になっている時
Iわたしは、いない(英語の文面上)
相手の事を感じようとする時
自分の事は考えられない
(無理すると、多分バグって
わたしはマグカップ・・・なんて言い出す)

そして
マグカップの事を感じて
知って
理解すると
一緒ひとつになった気持ちになる
(一つになったなら、わたしはマグカップ・・で
合ってるかもしれない)
バグってるのはわたしの頭の方だろうか
まあいい

物を愛でる
そこには、愛があるのだ

え、重く感じるだけなら
そんな持ち方・・・と思われるかもしれない


しかし、感じようと思って持つと
お前重いなぁ、というネガティブな感情ではなく
フフ、君はズッシリしているな、安定感抜群だ、と
愛のある言葉が出てくる

もっと知っていくと
この重さが君なんだね、と、なり
もっといくと、重さを感じる度に君を感じるよ

大分重ための言葉をマグカップに投げかけることになる(が実際に重いのはマグカップの方だ紛らわしい)

まあいい

というか
もういい

話が逸れてきた…
そろそろ戻そう

考えるな感じろ


考えてばかりの
わたしには
とても難しい言葉だった

澄んだ空気の美味しさ、お風呂のお湯の温かさ
あの頃を思い出す懐かしい匂い、綺麗な星の輝き
好きな曲の音色

色んなものを

感じている時

この世界がキラキラとしているようだ

喜んでくれているように感じる

そして、わたしも、嬉しい

感じる、という事
書いてみて
自分なりに納得できたので
満足である

わたしと同じような、感じる事が難しい方の
何かきっかけになればとても嬉しい
最後まで読んで頂きありがとうございます



画像はみんなのフォトギャラリーから
使わせて頂いております↩

左手でコップを持ってる画像を見て
これだ!と思い使わせて頂きました
chamland様、ありがとうございます



↪あとがき

長いこと
食べて触れて嗅いで見て聞いていただけ、だった
当たり前に生きてる感覚
生きてる実感が湧かなかった

しかし
それらを、感じるようになった時
わたしは生きている
この世界に存在している

感じる事が出来るようになった

それは、わたしにとって
愛を知る事にも繋がることだった

おじさんが述べる愛に
興味が湧くのかは疑問だが
文中にある、以前書いた愛についての記事

こちらです


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