「哲学カフェ」はどうかブームにならないでくれ
私は去年「哲学カフェ」の存在を知り、そしてその後、学生がやっている「onecafe」を見つけ参加してみた。想像していた以上に居心地の良い場所で、それから「入り浸っている」と言っていいぐらいには足を運んでいる。43歳にして、こうやってまた新たな「人と関われる場」に出合えるなんて考えていなかったし、本当に僥倖だなと感じるぐらいに素敵な場所を見つけたなとも思う。ホントにラッキーだった。
そして私は同時に、「どうか『哲学カフェ』がブームにならないでほしい」とも感じている。というような話をあれこれ書いてみようと思う。
いきなり別の話をするが、私は今から10年ぐらい前(だと思う。正確には覚えていない)に、SCRAP主催の「リアル脱出ゲーム」にかなりの頻度で参加していた。ざっくり100回ぐらいは参加しているはずだ。メチャクチャ楽しく、それこそ「入り浸っていた」というぐらい足繁く通っていたという感じだ。
しかし、ある時点(これも正確には覚えていないが4~5年前ぐらいかな)からスパッと行かなくなってしまった。そこには明白な理由がある。
私が参加していた頃(特に初期)は、「リアル脱出ゲーム」の知名度は今と比べれば全然低く、世間的にはほぼ知られていなかったと思う(常設の会場も、京都と原宿にしかなかったんじゃないかな)。だから、参加者のほとんどが1人か2人で来ていた。3人以上のグループで来ることは稀で、だからだろう、当時のSCRAPのリアル脱出ゲームでは「複数人で来た場合、テーブルを分けることがあります」みたいな注意書きがあったぐらいだ(確か、「知らない人同士の交流を楽しみましょうね」という意図だったと思う)。当時は、「マイナーなエンタメにこっそり来ている」みたいなアングラ感があって(私は原宿の常設会場によく行っていたのだが、そこは地下の薄暗い空間で、それもまたアングラ感を増大させていたなと思う)、そういう雰囲気も凄く好きだったのである。
ただ、「リアル脱出ゲーム」の知名度が上がるに連れて雰囲気は大きく変わっていった。先に書いておくが、それはSCRAPにとっては凄く良いことだし、エンタメが成長していくというのはそういうことだとも思っているので、全体としては悪い風には捉えていない。ただ、個人的には「行きにくくなったな」という印象が強まった。新宿に「東京ミステリーサークル」という「ビル全体がリアル脱出ゲームの常設会場」みたいな場所が出来たりして、「メチャクチャメジャーなエンタメになったな」と感じたし、以前のようなアングラ感は無くなってしまったのだ。
まあ正直、それだけなら「時々参加しよう」と思えたかもしれない。ただ、私が「リアル脱出ゲームに行くのを止めよう」と決めたのにはある決定的な出来事があった。私はやはりずっと1人で参加していたのだが、ある回で、6人の定員に対して、「5人グループに部外者が私1人」という状況になってしまったのだ。マジでこの時は、申し訳なさがとても強かった。私が参加しなければ、彼らは仲間同士で楽しめたはずだからだ。以前は1人か2人での参加がメインだったリアル脱出ゲームは、エンタメとしてメチャクチャブームになったお陰で5~6人のグループで参加する人が増え、だから先述したような「私が部外者として混じる」みたいな状況も生まれやすくなってしまったのである(複数人のグループが多くなったことで、「複数人で来たらグループを分けます」みたいなシステムも無くなっていったのだろう)。
「別にそんなこと気にせず参加すればいい」という意見は当然あると思うが、私はこの時に「リアル脱出ゲームに参加するのは止めよう」とはっきり感じたし、実際にそれ以降は一度も足を運んでいないと思う。ブームになったことで、結果として「私にとって参加しにくい場」になってしまったというわけだ。
で、私はとにかく、同じことが「哲学カフェ」に対しても起こらないことを今強く願っているのである。
私はほぼ「onecafe」にしか参加したことがないので、他の哲学カフェがどんな雰囲気なのかは知らない。で、ここからは「onecafe」をベースにあれこれ書くので、その主張は「哲学カフェ」全体に対して当てはめていいものにはならないかもしれないが、私の本質的な主張は「onecafeがブームにならないことを願っている」なわけで、その点は問題にならないだろう。また、「onecafe」は10年以上活動を続けている「哲学カフェ」の古参団体であり、だから「哲学カフェ」がブームになれば必然的に「onecafe」もブームになる可能性が高まると言えるはずだ。そういう観点からも私は「『哲学カフェ』がブームにならないことを望んでいる」のである。
それで、「onecafe」については、ある回に参加した女子大生(学生が運営していることもあり、参加者にも学生が多い)が「ここは酸素が濃い」と言っていたのが印象的で、そしてこの言葉が「onecafe」の今の雰囲気をよく表しているなとも思う。これは要するに、「私は普段、周りの人と全然話が合わないけど、ここでなら皆が何を話しているか理解できるし、私の話も受け入れてもらえる」みたいな主張である。そして私の感触でも、まさに彼女のように「酸素が濃い」と感じている人がやってくる(というか、継続して参加したり運営になったりする)場だなと感じるのだ。
彼女と話している時に、「朝井リョウの『正欲』がメチャクチャ良かった」という話が出てきて、私も小説こそ未読だが映画は観ていたのでメチャクチャ共感させられた。そして私の印象では、onecafeには「『正欲』に共感できる人」が多い気がしている。『正欲』がどんな作品なのかは以下の記事を読んでほしいが、ざっくり説明すれば「どうしても社会に馴染めない人の様々な葛藤を抉る物語」であり、私も全編に渡って「分かるー」と思わされた作品だ。
onecafeに来る人はもちろん「対話」を求めているわけだが、継続して参加したり運営になったりする人はさらに、「今まで誰にも通じなかった話が当たり前のように出来る」みたいな部分により強く惹かれている気がする。先の女子大生のように、「日常生活の場はとにかく酸素が薄い」と感じている人たちが、ある種の「安全な逃げ場」としてonecafeを選択しているように私には思えているのだ。実際、自分のことを「社会不適合者」と表現する参加者も結構いて、「『ここが自分の居場所だ』と感じられる場が少ない」という認識の人が多いんじゃないかなと思う。
だからこそ私は、「『哲学カフェってのが今流行ってるらしいよ~』みたいなノリの人が来るような場にならないといいな」と願っているのである。
誤解されたくないので書いておくが、決して「『初めての人』は来るな」なんて主張をしているわけではない。そうじゃなくて、「『流行ってるみたいだから行ってみようよ~』みたいなテンションの人は来ないでほしいな」ということだ。ホント、「哲学カフェ」がそういう場所にならないでほしい。他にもいくらだって居場所を見つけられる人は、「ここを含め少ししか居場所だと感じられない」みたいに思っている人の空間には入り込んでこないでほしいなと思う。
ただ難しいのは、「本当の社会不適合者が馴染める場所とは言えないかもしれない」ということだ。私がonecafeで観察している限りは、「社会不適合者かもしれないがコミュ力はそれなりにある」みたいな人が多い気がしている。別に哲学カフェでは「喋らなくてもいい」とされているはずだが(少なくともonecafeはそうだと思う)、それでも、やっぱり多少なりともやり取りをしないと、本人的に「また次も参加しよう」みたいな気分になりにくいんじゃないかと思う。実際私も、「学生時代だったら哲学カフェの空間にはなかなか馴染めなかったかもな」と感じるぐらいだ(私は、学生時代とは別人と言っていいぐらい、大人になってからコミュ力が激変したタイプである)。
さらに言えば、「ある程度ブームにならないと、『本当に哲学カフェを必要としている人』にもなかなか情報が届かない」みたいな問題もあるかもしれないなぁ、とも思う。どの程度の「認知度」が最適なのかはなんとも難しいが、私が去年初めて「哲学カフェ」の存在を知ったことを踏まえると(哲学カフェ自体は、コロナ禍以前から割と定着していたはず)、もう少し認知度が高くてもいいのかもなぁ、と考えたりもする。
そんなわけで、私は別にonecafeの運営でも何でもないのだが、「良い感じの知名度で、本当に必要だと思う人が来られる場だったらいいな」と思うし、そしてそのために、とにかく「『哲学カフェ』がブームにならないこと」を切に願っている。とはいえ、前述した通りonecafe以外の哲学カフェの雰囲気を私は知らないし、一般的な哲学カフェが「大人のサードプレイス」として機能しているのであれば、それはそれで広まったらいいだろうな、とも思う。いやでもホント、リア充にはもっと楽しい場所がたくさんあると思うから、「哲学カフェ」には来なくてホント大丈夫だと言いたい。うん、言いたい。
