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学生哲学カフェ「onecafe」の「性的同意」回のまとめ


学生哲学カフェ「onecafe」で、「性的同意」をテーマに語ったのでまとめてみました

今年の4月にその存在を知った学生哲学カフェ「onecafe」によく参加させていただいています。毎回硬軟取り揃えた様々なテーマで対話が行われ、しかも色んなタイプの人が参加していることもあって、すっかりハマってしまいました。

私が最初に参加した回のレポートについては別途記事を書いているので、そちらを読んでいただければと思います。

さて、私は普段、対話中にメモを取ったり、あるいは対話が終わった後でその内容をまとめたりすることはありません(初回のみnoteの記事を書きました)。ただ、今回の「性的同意」は、「一般的な関心がかなり高いはず」かつ「他者の意見を聞く機会はほとんどない」というテーマではないかと思います。なので、色んな意味で「これは記録に残しておくべきかもしれない」と思い、初めて最初からちゃんとメモを取りました。というわけで、そのメモを踏まえつつ、今回の議論のまとめを残しておこうと思います。

それで、この記事を書くにあたり、自分なりにルール的なものを定めたので、まずはその話からしておきましょう。

●実際の対話の流れに沿った形ではまとめません。なので、実際には同じ流れの中で言及されなかった話がひとまとまりになっている記述もあります
●この記事に書く内容は、対話の中から私の主観で要点をピックアップし、さらにそれらを私の主観で繋ぎ合わせたものです。なので、対話の文脈を私が勘違いしていた場合、発言者本来の意図通りの記述にはなっていない可能性があります
●「誰の発言なのか」には触れませんし、それどころか、その必要があると判断した場合以外は基本的に「男女どちらの発言なのか」にも言及しません(参加者の比率は、男5人、女4人でした)
●「参加者全員が基本的に『異性愛』を前提とした発言をしていた」という理解で記述します

この辺りのことを踏まえた上で読んでいただければと思います。
(この記事を読んでくれている参加者の方へ。ニュアンスが違ってる箇所があったらごめんなさい)

ちなみに話題によっては、「対話の中では話していない私の意見」も追記するかもしれません。その場合は、「対話中の発言ではない」と分かるように記載するつもりです。

「性的同意」「性的同意書」について

最初に出た話はやはり、「性的同意ってそもそも何なの?」ということでした。例えば、「今日、ウチに来る?」と異性に聞いてOKをもらえば「性行為まで同意している」と受け取る人もいるでしょうし(今回の参加者は基本的に、これを「性的同意」とは認識していなかったはずですが)、あるいは、ネット上にある「性的同意書」の雛形を対話の前に見てきたという参加者もいました。

それで、まず書いておくべきかなと思うのは、「最初の段階では『性的同意を取るべきタイミング・状況』についてのコンセンサスが取れていなかった」という点です。この点で少し、参加者の間で認識に齟齬があった気がします。私は対話の初めの時点では「性行為の前」という認識でいたのですが、後で触れるように「性的同意ってそれだけじゃないよね?」という話になりました。ただ、この記事は私の主観で書いていくので、「スタートの段階では基本的に、『性行為の前の性的同意って何?』みたいな話をしていた」という理解で進めていきます。

ここでの対話では結局、「『”ちゃんと”性的同意を取っている』という時の”ちゃんと”のレベル感」の話になったはずです。「言葉で説明し、言葉で同意をもらっているからOK」なのか。しかしその場合、「性行為をするかどうか」みたいな部分だけの同意になるはずで、本来的には「こういう行為は嫌だ」「これは出来ればしたくない」「子どもが出来た場合にはどうするのか」みたいな部分まで「同意」がなされるべきではないか。じゃあ、そういう項目を色々盛り込んだ「性的同意書」を取り交わせばOKなのか。ただ、今は「性行為の前の性的同意」の話をしていて、となれば「性的同意書」はどちらか(普通は男性)が作成したものが提示されるはずなので、その場合、その中に相手側が重視する項目が含まれていない可能性もあるんじゃないか……。

などなど、「”ちゃんと”って、どこまでやったら”ちゃんと”なんだろう?」という話になりました。さらに、「そもそも性的同意書には法的な効力は無さそう」という話も出ます。「性的同意書」には「断ることも出来る」みたいな文言を入れるのが通例らしいですが、その「断る」というのは、例えば「性行為の3日後」とかでも成立する(この場合は「断る」というよりは「あの時は嫌だった」と表明するということになるのでしょうが)みたいな発言がありました。つまり、「性的同意書を取り交わす目的」が「法的責任を回避するため」だった場合、結局その目的は達成されないということになるみたいです。

それで、ここからは私の感想ですが、私は実際に「性的同意書」の雛形も見たことがないし、「性行為の3日後に断っても成立する」みたいな話も知らなかったので、この辺りの議論を聞きながら「”ちゃんと”性的同意を取るのって無理じゃない?」と感じていました。「性行為の前に性的同意書にサインしてもらうのってムズくない?」みたいな実際的な問題ももちろんあるわけですが、それ以前に、「理想的な状況を想定しても、それは”ちゃんと”とは言えなさそうだ」みたいに考えていたというわけです。

「同意を取る」ではなく「不同意を示せる」方が重要

この「”ちゃんと”問題」に対して、今回の対話の中で個人的に最も納得がいき、概ね現実的なラインだろうと感じたのが「不同意を示す」という話でした。「性的同意」というとどうしても「あらかじめ同意を取る」みたいな話になりますが、そうではなく「『NO』『嫌だ』という状況で不同意を示せることの方が大事」という意見です。この点に関しては、「(3日後など)後から不同意を示す人のことは置いといて」という発言があり、つまり「その時に不同意を示す」という点が強調されていました。この話はもしかしたら、「性的同意」というテーマに対する解決策としては若干ズレるかもしれません(「同意じゃないじゃん」みたいな反論は容易に出来るので)。ただ、「現実ラインとしてこれが一番可能性が高いよな」と個人的には感じたし、対話中にもそのような賛同の意を示しました。

もちろん、問題がないわけではありません。「『不同意を示す』前の時点で『不快な行為』が起こってしまっているわけで、結局は『不快な行為』に晒されることを回避できない」という意見が出ました。まあ、それはその通りですよね。ただ、これは対話中には言いませんでしたが、「性的同意を取ることの難しさ」を考えると、一足飛びにそこを目指すより、「現状より少しマシ」みたいなラインを目標にする方が現実的かなとも思います。

さて、この点に関しては、「不同意を示せる方がいい」と発言した人が「不同意を示せるだけの余白があると良い」とも言っていました。この「余白」というのは要するに、「Noと言いやすい雰囲気」ぐらいに捉えておけばいいでしょう。この発言者はさらに「お互いが努力してそうあるべき」みたいなことも言っていたので、全体としては「男女が協力して『Noと言いやすい雰囲気』を作った上で性行為をしましょう」みたいな捉え方でいいと思います。もちろん、「その『余白』はどうしたら作れるのか?」みたいな問題もあるわけですが、方向性としては私も賛成です。

ただこの点に関しては、「『余白』っていうのがちょっとよく分からない」というような発言がありました。この発言に関しては性別に言及しておく必要があると思うので「女性の発言」だと書いておきましょう。彼女は「別に嫌だと思ったら『嫌だ』と言えばいいし、言うべき」だと主張していました。「嫌だと感じる相手と長く一緒にいるなんて不快だし、それなら早く意思を示して関係を終わりにした方が幸せじゃない?」という感覚がベースにあるみたいです。私はここで、自分がこれまで知り合ってきた女性の話を踏まえつつ、「『No』と言うのがしんどいと感じる人もいる」みたいなことを言ってみました。

確かに「No」と言えるなら当然それが一番良いわけですが、「それが出来ないから『性的同意』みたいな話が出てきたりもするんだよなぁ」と思ったりもします(この話に関連して、「性差による権力勾配を是正した方がいい」みたいな意見も出たはずです)。そしてこの「Noと言えるかどうか」の話は、別の話からも展開されていました。

「性的同意」を取るべきシチュエーションは「性行為の前」だけではない

ある参加者がそれまでの議論を踏まえた上で、「性行為の前に『性的同意』を取らないことなんてある?」と発言します。さて冒頭で書いた通り、「”ちゃんと”性的同意を取る」のはたぶん無理なので、この主張に対してはまず「どの程度のレベル感なのか?」という確認が入りました。その返答を具体的に書くことはしませんが、私はそれを聞いて「自分は今までそこまでのやり取りをしたことはないな」と感じたので、私との比較で言うなら「”ちゃんと”性的同意を取っているな」という印象です。

そしてこの発言をきっかけに、「性的同意って、性行為の前だけに必要なものじゃないよね?」という話になります。そのためここではまず、女性陣に「性行為以外で『Noと言えない』みたいに感じる場面ってある?」と質問する流れになり、「飲み会でいつの間にか隣にいるな」「お尻当たってるよな」みたいな状況が例として挙げられました。そして「そういう時にはやはりNoとは言いにくい」という感じになるのだそうです(当然でしょう)。

というわけで、ここでようやく「性行為の前以外にも性的同意を取るべき状況はある」と認識が統一されたと思います(あくまでも私の主観では)。例えば、「男が恋愛関係にはない女性の手に触る」みたいな状況だとどうでしょうか。あるいは、それが「髪」や「肩」だったら? このやり取りでは、「エロがってなければ大丈夫」という、本対話中最もインパクトのあるパワーワードが出ました。

さらにここから、ある状況に関して「Noと言いたかったのか? あるいは、Noと言うべきだと感じていたのか?」みたいな話になります(具体性を排して書いているのでよく分からないでしょうが)。そしてこれに対して、「相手の行為自体に不快感は無かったし、その人との関係性にもヒビを入れたくなかったけど、でもNoと言うべきだったと思う」という話になりました。具体的な話に触れないとこれ以上書けることはないのですが、「『Noと言えるかどうか』だけではない葛藤が絡む状況もある」というわけで難しいなと思います。ただやはり、「Noと言われないからYes」という判断は危ういと理解しておくべきでしょう。

そして、先程の「エロがってなければ大丈夫」についてですが、もちろんこれは「主観」であり、そして「主観と主観がすれ違うからこそ問題が起こる」わけで、「だから全然『大丈夫』じゃないよね」みたいな話も出ました。「主観と主観のすれ違い」というのは「性的同意」に関する問題の本質だなと思うし、そしてだからこそ一筋縄ではいかないとも感じます。

「性的同意を取るべきか否か」という問いに、私が出した「アセクシャル」「クワロマンティック」の話

ある参加者から「『性的同意を取るべき』みたいな風潮になっているのがちょっとよく分からない」みたいな話が出ました。これには少し説明が必要でしょう。

その人は、「ちゃんと親密な関係になれているのであれば、そもそも『性的同意』なんて要らないのでは?」という考えを持っているようです。「ちゃんと親密な関係」をちゃんとは定義できないのでイメージを伝えるのが難しいですが、少なくとも「恋愛関係にあるから」「夫婦だから」というだけの理由で「ちゃんと親密な関係」という判断にはならないと言っていました。要するに、「お互いにきちんとコミュニケーションが取れていて、信頼し合えている」みたいなイメージでいいと思います。

そしてだからこそその人は、「『責任感のない人』がいるから『性的同意』が問題になっている」という風に理解しているのだそうです。また別の人も、「『好き勝手やってる人』(要するに『誰とでも性行為をしようとしている人』)にとっての問題ではないか」みたいなことを言っていました。

そんなわけで、このような話を踏まえつつ、対話の中盤ぐらいで改めて「性的同意を取るべきだと思うか?」みたいな問いかけが出てきます。今回の参加者の基本スタンスは「取れるなら取る方がベター」みたいな感じだと私は認識していましたが、そのことを前提に多様な意見が出たなという感じです。「性的同意は取った方がいいと思ってるけど、でも不自然なことだとも思う」という人もいれば、「性的同意を取ることで、『実はこういう行為に快楽を感じるんだ』みたいな癖に気付けなくなるのではないか」なんて意見も出ました。

そしてその流れの中で私が出したのが「アセクシャル」や「クワロマンティック」についての話です。「アセクシャル」は「他者に対して性的欲求を抱かないこと」、「クワロマンティック」は「恋愛感情と友情が区別出来ないこと」を指します。まだまだ「誰もが知る概念」とは言えないかもしれません。

それで、私はこれまでに数人の女性から「アセクシャル」だと打ち明けられたことがあります(一応書いておきますが、彼女たちは友人で、恋愛関係にあった人ではありません)。また、世の中には「アセクシャルだと気づいていない人」や「気づいていても他者には言わない人」もいるはずなので、私の周りにももっといてもおかしくないでしょう。そしてそのような印象は、少し前に観た『われわれなりのロマンティック』(いいへんじ)という演劇からも感じられたなと思います(観劇レポートは以下のリンクから)。「アセクシャル」や「クワロマンティック」などを扱った内容で、連日満員となるような話題作でした。そして、そのような演劇に対する関心の高さからも、「こういう人は結構いるんだろうな」と感じたのです。

「アセクシャル」や「クワロマンティック」であっても、「他者と親密な関係になりたい」と思っているし、実際に親密な関係になることもあるでしょう。しかし、「アセクシャル」は当然として、「クワロマンティック」の場合も「性行為」には積極的にはなれないことが多くなるはずです。そんなわけで私は、「世の中にそういう人がそれなりの数いるのであれば、やっぱり『性的同意』に関するやり取りはしておいた方がいいよね」という話をしました。こういうタイプの人は、多様性が強調される現代においてもまだまだ可視化されにくい存在なので、「自分の周りにもそういう人は絶対にいる」という前提で行動を決めた方が安全ではないかと思っています。

「性的同意」に関してはどうしても「男のリスク回避」の文脈で語られがちですが、今回の対話では「相手が嫌がることはしたくないよね」というシンプルな捉え方も出ました。ホント、その通りだと思います。なので「性行為への拒絶度は相当に個人差がある」という理解もとても重要になるんじゃないかと考えているというわけです。

最後に

そんなわけで、冒頭で書いた通り、あくまでも私の主観で「性的同意」をテーマにした対話をまとめてみました。実際にはもっと色んな話が出たし、参加者からすれば「あの話は取り上げないの?」みたいな話題もあるかもしれません。ただ、個人的にはここに挙げたような話が気になったし、一般的にもある程度共有する価値がある内容じゃないかなと思っています。いずれにせよ、こういう一般的には「センシティブ」とされているだろうテーマについて、色んな価値観を持つ年齢幅の大きな男女で対話が出来るのは良いことだよなと改めて感じました。

「性的同意」って結局のところ「個人の話」で(社会構造など様々な要因が絡むことは理解しています)、「お互いがOKならOK」みたいな話ではあるでしょう。今回の対話でも何度か「コミュニケーション不全」の話が出ましたが、結局は「コミュニケーションの問題」だとも言えると思います。

ただ、確かに「個人の話」ではあるのですが、「ある程度の共通理解がないとコミュニケーションも取れない」というのが実際のところでしょう。対話の中で、「今ここで話しているようなことは『性教育的な知識』を持ってることが前提」みたいな意見が出ましたが、確かに、一般的な性教育の知識がない人に「性的同意」の話をしても上手く通じないように思います。同じように、「ある程度の前提」が多少なりとも共有されていないと「性的同意」の議論も進展しないだろうなと感じました。

だから、まずは「こういう話をコソコソしなくてもいいような雰囲気」が醸成された方がいい気がするし、そしてそれは「不同意を示しやすい余白」の話に繋がるようにも思います。なのでなかなか難しいでしょうが、皆さんも周りの人と(あるいは哲学カフェなどで)「性的同意」について話し合ってみてはいかがでしょうか?

というわけで、今回もとても有意義な対話でした。「onecafe」の運営の皆さん、いつもありがとうございます!

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