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白銀の騎士(9)第3話 act.2

前回の話

3.緊急事態 act.2

「わたしだ。同盟元首のゴモンだ」
 ゴモン元首は続けて言った。
「君が、"WN(ヴァーン)"のパイロット候補だという、イチビリーノ・ヘタレ中尉だね」
「はい、閣下」
「本当なのかね…? 新国連軍がここに攻めてきたというのは」
 甘い。
 まだ信じられない、といった様子の元首に、ヘタレ中尉は思った。
 確かに、『自由都市』は歴史ある中立都市として名高く、住民のほとんどが一般市民である。
 そんな市街地をいきなり攻撃すれば、世論の猛反発を受けることは必至だ。
 常にイメージ戦略を考えて政治を行ってきたゴモン元首にとって、正気の沙汰とは思えないのだろう。
 しかし、そんな強攻策を取らざるを得ないほど、実は新国連軍側は追い詰められていたのだが、それを予測できた者は、ゴモン軍側では少数であった。
 カムフラージュ戦略―――だったのだろう。
 おそらく、新決戦兵器のロールアウトまで10日から2週間ほど。
 その間だけ敵の目を欺ければよい。ここではすでに兵器の開発は行われていない、と。
 ゴモン元首と軍の最高幹部にすれば苦肉の策だったのだろうが、それにしても甘すぎた。

「時間がありません。すぐにでもコロニーを脱出してください」
「"WN"は…“あれ”だけは、敵に渡すわけにはいかんのだ。君たちの"BN(ベーヌ)"で守ることは…可能かね?」
「残念ながら…コロニー内の戦闘で、勝利は難しいかと」
 現首都のある大要塞ドームならともかく、旧いため比較的小さなドーム内に乱立するビル街。
 ここでは、新国連軍の主要兵器である月面戦車や、小型宇宙艇の方が機動力の点で有利だ。
 しかも、地下には一般市民が避難している。
 市民の命を考慮しながら戦うとすれば、こちらの最大の火器である“グランドビーム”は、まず使えないと思っていい。
 そう説明すると、ゴモン元首はしばらく沈黙した。

 もともとヘタレ中尉は、特にゴモン元首を「尊敬」してはいなかった。
 基本的に個人主義者であり、他人の激しい感情に影響されることを厭わしく感じる性質の男である。
 自らの感情を冷静に保つことで、それを避けるよう常日頃から心がけている。
 「大衆の熱狂」を最も忌み嫌い、それを煽り立てて利用するゴモン元首の政治手法にも嫌悪感を抱いていた。
 個人個人はそれぞれの「理想」を持つかもしれないが、ゴモンが言うような「全人類を導く完璧な理想」など存在しない。彼はそう思っている。
 ヘタレ中尉が軍人としてゴモン元首に忠誠を尽くす理由は、ただひとつ。
 中尉自身の「個人的な」人類社会に対する理想像が、ゴモン元首のそれとよく似ているからに他ならない。
 とにかく、今ゴモン元首に倒れられてはいけない。まだ早すぎる、この国の現状では。
 その思いが、我知らず必死な言葉となって口からこぼれた。
「なんとしても、閣下の身柄だけはお護りします」
「いや、わたしの命などいい、些細なことだ。わたしが倒れても、きっと誰かが理想を引き継いでくれる。わたしはそう信じている」
 ヘタレ中尉は元首の言葉にある種の感動を覚えた。これは元首の本心からの言葉だ。
 楽観的に過ぎる甘い理想家と笑うのはたやすいが、彼は本気で自分の理想を信じ、その力を信じている。
「それよりも、君に頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
「“あれ”を破壊してほしい。敵の手に落ちる前に」
 ならば…最善の戦法は、ただひとつ。
 新国連軍の武力攻撃が開始されれば、我が軍は機密保持を最優先として研究施設を破壊する。
「プロジェクトに関わる技術者の身柄は、いかがいたしましょう」
 ゴモンはしばしの沈黙の後、沈痛な面持ちで答えた。
「…犠牲になってもらうのはやむを得まい」
 つまり、暗に皆殺しにせよ、と言っている。 同じ理想のために、夜を徹して働き続けている同胞の科学技術者たちを。
 もしも新兵器の主要開発者が情報を漏らせば、元も子もないからだ。
 中尉は、とっさに言葉が出なかった。
「…了解、しました」
 重々しくうなずき、元首は言った。
「それでいい。あとは君にすべて任せる」 


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