白銀の騎士(11)第4話 act.1
前回の話
4.白亜の殿堂 act.1
コウは、あの夜、研究施設に銃口を向けた『黒騎士』の姿を忘れることができない。
避難訓練は何度か経験していたが、本物の避難命令は初めてだった。
隣に住む幼馴染みの少女、フィー・メイルの一家と最寄りのシェルターに避難する途中、コウはずっと感じていた違和感と胸騒ぎにとうとう我慢できなくなった。
「どこ行くの、コウ!?」
「父さんと母さんを迎えに行ってくる。会えたらすぐ戻るから」
「もう避難してるんじゃない? だって研究所付近のシェルターは使用禁止って…」
「だから気になるんだよ!」
コロニー内にはすでに新国連軍の兵士が続々と入ってきている。
もしうかうかと民間人が出歩いているのを見つかれば、詰問されて足止めを食らうだろう。
コウは自転車を飛ばし、市街の中央地区付近で乗り捨てると、中央特別研究棟へ出る地下道のうち、なるべく近道で目立ちにくい通路を選んでひた走った。
外の気配を窺って兵士がいないのを確かめると、研究棟裏口のすぐ脇にある出口から地上に出る。
コウの住むマンションが中央研究施設街の近所にあったのも幸運だった。
まだ、あたりに新国連軍の戦車や宇宙艇は見当たらない。
代わりに、武装した都市防衛軍の歩兵が2人裏口を警備していた。正面口にはもっと大勢いるだろう。
どうしたものか思案しかけた時、緊急拡声器の音声があたりに響き渡った。
『ゴモン軍兵士に告ぐ。ただちに武器を捨てて投降せよ。投降すれば命の安全は保証する。
我々は民間人には手を出さないと約束するが、武器を持つ者は兵士とみなして射殺する。
繰り返す。ゴモン軍兵士に告ぐ…』
兵士たちは激しく動揺したようだった。
「ど、どうしよう、俺…」
「馬鹿、勝手に持ち場を離れてみろ。味方に殺されるぞ」
「すぐそこに抜け道があるの知ってんだよ、俺。
ここなら他の奴にバレねえしよ。な、逃げようぜ」
「だから、逃げないとは言ってないだろ。まだ早いって言ってんだよ。
敵兵はまだここには来てないし、逃げる途中で味方に撃たれるかも知れないんだぞ」
「敵兵が来た時じゃ遅えだろ。持ち場を守ってたら殺されるに決まってんじゃんよぉ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「こっちが聞きてえよ!」
少し遠くの市街あたりで戦車の砲声が激しくなりだした。
もうコロニー内で戦闘が始まったのかも知れない。
コウは腹を決めると、思い切って兵士たちに声をかけた。
「兵隊さん! 助けてください!」
「だ、誰だ。み、民間人か。なんで民間人がここにいるんだ。出てこい」
焦りまくった味方軍兵士に撃たれてはたまらない。コウは両手を挙げてゆっくり歩み出た。
相手が完全に民間人の少年だと判ると、兵士たちは少しほっとしたようだった。
「なんだ、どうしたんだ?」
「研究所に入れて下さい。まだ中に両親がいるかもしれないんです」
コウが正直に言うと、兵士たちは複雑な表情で顔を見合わせた。
「…そいつは…気の毒だったな…」
馬鹿、おまえ、ともう1人の兵士が小声でたしなめたが、コウは聞き逃さなかった。
「気の毒って何です? まさか…」
開け放した裏口から中が見えるが、人の気配はない。特におかしな様子も窺えなかった。
「いや、民間人であろうと、誰も中に入れるなと命令されてるんだよ。坊ちゃんはもう、おとなしく避難した方がいいな」
「まだ、中に人が残ってるんじゃないんですか?」
「…いや、もうほとんど避難したはずだ」
「『ほとんど』って!」
「いや、だから…ほら、俺たちみたいな警備兵だよ、残ってんのは。あの砲音が聞こえるだろ? ドームが破れた時に地上にいたら死ぬぞ」
「俺らももうじき逃げるから、坊ちゃんも避難してくれよ、な?」
兵士たちが穏やかに避難を勧めるたび、コウの胸には押さえきれない不安が広がっていく。
彼らは「優しい」部類の、たぶん兵に向いていないタイプの兵士だ。だからこそ。
「そういうわけには」行かないんです、と叫ぼうとした瞬間、視界が真っ白になった。
それから数秒間、コウの記憶は途切れている。
キーンという耳鳴りが退いていくにつれて、周りの音が遠くの方で聞こえはじめた。
「…が来たぞ!」
「よし、これで待避できる…」
「…小隊長、任務完了です。…はい、了解。おい、やったぞ!」
「どうした? 小隊長は何て?」
「解散だってよ! これで生き残れるかも知れねえ!」
まだ耳鳴りの残る中、兵士達の駆ける足音が遠ざかってゆく。
起き上がったコウは、自分が研究棟の裏口前の、道路の真ん中で倒れていたことを初めて知った。
なんで3m近くも離れた場所にいるんだ? べたつく髪をかき分けて手を見ると、血がついている。
傷は…大したことない。かすり傷程度だろう。
身体の節々もかなり痛んだが、多少なりとも武術の心得があったことが幸いした。
吹き飛ばされた時とっさに受け身をとったらしく、普通に動くのには何の支障もなさそうだ。
見上げると、空が赤かった。火事…いや、戦闘? その両方かもしれない。
いちばん明るい辺りに、黒い大きな鎧騎士の姿が2つ、ゆらゆらと照らし出されていた。
「『黒…騎士…!』」
間違いない。
ネット画像でしか見たことはないが、あれはゴモン都市連盟軍の誇る人型戦闘機だ。
点灯するスコープアイ。近い方の『黒騎士』と目が合った、ような気がした。
味方…助けに来てくれたのか…?
いや違う。
こちらに向いた銃口が赤く焼け、熱気に揺らいでいる。
撃ったんだ、あいつが。研究施設を。
「なんで…? どうしてなんだよ!」
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