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インドネシアにおける華人

インドネシアは華人が経済を支配しています。これはインドネシアに限らず、東南アジア全体に言えることです。
華人とは中国からやってきた移民で、華僑とも言いますが、華僑は中国の国籍を残したままビジネスをしている人たち、華人は国籍も変え根付いている人たちと一般的には言われています。今回はこの定義に沿って進めたいと思います。

中国からの移民の歴史は1000年以上前からありますし、移ってきた理由、出身元のエリア、移り住んだ場所も様々、移った後の職業や地位も様々なので、華人とひとまとめにしてしまうと少し雑過ぎます。そこで、今回分類を試みました。

ただし、わたしの整理は中国本土の資料まで網羅できていませんし、華人財閥の出身については諸説あったりしますので、間違いも多いと思います。
その前提で見ていただければと思います。


1.インドネシアの華人の全体観

中国系の移民は何世紀も前からありますので、今この瞬間だけ切り取ると誤解を生じる可能性があります。
簡単に歴史とともに振り返っておきたいと思います。

時代によって出身地の傾向は変わりますが、全体として中国の南部の海に面した省の中国人がインドネシアに渡ってきています。
福建省と広東省です。

明らかに出身の州と県は偏っています。なぜこれらの州の中国人が多かったのかというと、いろいろ事情はあるのですが、基本的には昔から貿易が盛んで海外志向が強いエリアだったのが影響しています。

中国は歴史的に移民政策が振り子のように行ったり来たりしています。
簡単にインドネシアと中国の間の関わりで、歴史を振り返ると、こんな感じになります。

① インドネシアの王国の一部が中国に朝貢していた。シュリーウィジャヤ王国時代。日本では平安時代

② 元寇によりシンガサリ王国が衰え、その後マジャパヒト王国が成立。中国との関係悪化。日本では鎌倉時代

③ 明の時代になり、鄭和が何度も来イ。合わせて中国商人もやってくるようになる。日本では室町時代

④ 倭寇対策で海禁政策を取り、海上貿易が制限されるようになると、沿岸部の商人たちは密貿易を行ったり、海外に拠点を持ったりするようになる。

⑤ 明が清に滅ぼされると、鄭成功が清への抵抗を続け、清は反乱勢力を弱めるため沿岸部住民を内陸に移す遷界令を発動。海上貿易は停滞。
清の政治が安定すると、再び海上貿易と移民は増え始める。

⑥ 清がアヘン戦争で負け、1842年の南京条約を締結すると、海禁政策は無効化され、中国本土の経済は崩壊し、太平天国の乱などの争乱が起きたため、多くの中国人が国外へと渡った。

⑦ 更には、列強各国が植民地経営のため大量の労働力を必要とし、苦力(クーリー)として働き者の中国人労働者が重宝された。

①~⑤までの時期にインドネシアに渡った中国人は、数も少なく混血が進み土着化しています。彼らはプラナカン(Peranakan)と呼ばれます。マレー語でその土地で生まれた子供という意味です。マレー語のAnak=子供に、接頭語のPerと接尾語のAnがくっついた言葉。

現在の華人の主流をなす人々は⑥以降にやってきた人たちです。

2.出身地別の華人の系統

(1)福建省福清系(Fuqing)

福清は「華僑県」として有名で、東南アジア各地に大きなネットワークがあります。

  • Salim Group(インドネシアを代表する財閥)

    • 創業者:Sudono Salim

    • 祖籍:福清

  • Gudang Garam(インドネシアのトップ3のタバコグループ)

    • 創業者:Surya Wonowidjojo

    • 福清系とされる

  • Djarum(インドネシア最大のタバコ財閥、BCAを所有)

    • 創業者:Oei Wie Gwan

    • 福清系として扱われることが多い

福清系の特徴は、海外移住志向が強い、同郷ネットワークが強固、貿易・流通に強い、という特徴で語られることがあります。
インドネシアでは最も成功した華商グループの一つです。

(2)福建省泉州系(Quanzhou)

東南アジア最大の華僑供給地の一つです。

  • Sinar Mas(インドネシアを代表する財閥の一つ)

    • 創業者:Eka Tjipta Widjaja 中国名 黃奕聰

    • 泉州系とされることが多い

  • Astra(通貨危機前に衰え、ジャーディンマセソン商会に買収されているが、サリムと双璧を成すインドネシアを代表する財閥だった。)

    • 創業者:ウィリアム・スリヤジャヤ(William Soeryadjaya)アストラビルのガラス窓に大きく肖像画が描かれている

    • 福建系(泉州周辺ルーツとされる)

泉州系の特徴

泉州は中世から海上交易で有名で、貿易、海運、製造業との結びつきが強い傾向があります。

(3)莆田系(Putian)

人口規模の割に華僑が非常に多い地域です。

  • Lippo Group(インドネシアを代表する財閥)

    • 創業者:Mochtar Riady 莆田系として知られる

    • 莆田系の特徴は、金融、不動産、医療、サービス業への進出が多いことで知られているらしいです。完全にLippoのイメージに引っ張られている感じもしないでもありません。

(4)潮州系(Teochew)

広東省東部の潮州、汕頭周辺の出身です。
タイは潮州系が中心になっているのですが、インドネシアはそこまで強いわけではありません。

  • Mulia Group(インドネシアの新興財閥)

    • 創業者:エカ・チャンドラネガラ(Eka Tjandranegara / 曾国奎)

メダンを含む北スマトラの商人層には潮州系が比較的多いと言われています。

特徴は、インドネシアというより東南アジア全体では、商業、金融、卸売に強いことで有名です。

(5)客家系(Hakka)

別の記事にまとめていますので、そちらを参照ください。

  • Wings Group(インドネシアの消費財系トップ)

    • 創業者:エディー・カチュアリ(Eddy Katuari)

    • 客家系と言われる。グリコ、カルビー、ライオンなど日系とのJVを多く組む。

  • Barito Pacific Group(インドネシアの化学系財閥)

    • 創業者:プラジョゴ・パンゲストゥ(Prajogo Pangestu、中国名 彭雲鵬)

    • 西カリマンタンの広州系客家。木材から始まり、インドネシア最大の化学メーカーチャンドラアスリなどを傘下に持つ

3.インドネシア各都市の華人分布

都市ごとに出身地がばらけています。

(1)客家系が多い都市

西カリマンタン州(シンカワン、ポンティアナック)
人口の半分近くが華人で、かつ客家と言われています。金鉱山開発の公司が複数作られました。
バンカ・ブリトゥン州(パンカルピナン)
錫鉱山開発に従事した大量の客家出身者が集まった歴史を反映しています。

(2)交易都市としての歴史により華人が多い都市

インドネシア全体で、中国系の住民比率は3%程度と言われています。平均よりも多くの中国系住民がいる都市をご紹介します。
華人は商売に従事しますから、交易の中心となる港湾都市の華人比率が多くなりやすいです。

北スマトラ州(メダン)
人口の2割を中国系住民が占めると言われる。また福建省出身(泉州)が圧倒的多数を占めると言われています。
メダンの華人は結束の強さでも知られ、他の地域の華人に比べると言語や文化を比較的保っています。

東ジャワ州(スラバヤ)
人口の7%を中国系住民が占めると言われる。メダンに比べると、出身地域は入り混じっています。戦前まではジャカルタより大きく、インドネシア最大の都市で経済の中心だったことも影響していると思います。

中部ジャワ州(スマラン)
人口の5%程度を中国系住民が占めると言われますが、ジャワ化が進んでいる地域です。数世代にわたりジャワとの混血が進みプラナカン化している率が高いため、比率が低く出がちです。ジャワ北岸の交易都市は、スマランに限らず福建省出身が多いと言われています。

ジャカルタ
人口の2割程度を中国系住民が占めると言われています。経済の中心のため集まってきているという側面と、昔から多い側面があります。
また、スマランと同じく、数世代にわたりブタウィ人としての現地化が進み、プラナカンになっている率も高いです。出身は福建が多数、潮州、広東、客家も混じる状態です。

南スラウェシ州(マカッサル)
華人の占める割合は2%という説から10%という説まで幅広いです。出身地別でいうと、福建省が大多数、広東が混じる状態です。

他の大きな都市では、バンドンやパダンなどありますが、華人の比率は平均程度か平均以下という状態です。

4.まとめ

インドネシアの巨大財閥の中核は圧倒的に福建省出身者で占められている。

これは、他の東南アジアの国々とは異なります。

  • タイ → 潮州系が圧倒的

  • マレーシア → 福建・広東・客家が分散。KLは広東が多数派

  • シンガポール → 福建+潮州が双璧

フォーブスのインドネシア長者番付トップ10のルーツを参考までに付け加えます。華人系か、その場合どこにルーツがあるかを加えたものです。
トップ10のうち実に8つが華人系です。

https://www.forbes.com/lists/indonesia-billionaires/

以上となります。

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