其ノ四「会わなくなった人を、たまに思い出してしまいます」他四通
皆様、御機嫌如何です。
「時代違いの相談室」では、
少し昔の相談員に、
今の悩みを読んでもらっています。
時代が違えば、
言葉の重さも、
不安の置き方も、
少し変わるようです。
本日は、
「会わなくなった人を、たまに思い出してしまいます」
他四通にお答へ致します。
それでは、開室いたします。
一通目
「会わなくなった人を、たまに思い出してしまいます」
(ペンネーム)駅前の待ち合わせ 20代 男性 公務員
相談
昔はよく会っていた人がいます。
喧嘩をしたわけでも、嫌いになったわけでもありません。
生活が変わって、いつの間にか会わなくなりました。
何年も経っているのに、街で似た人を見たり、昔行った場所を通ったりすると、ふと思い出します。
もう関係のない人なのに、なぜ残っているのでしょうか。
回答
関係がなくなったからといって、その人まで心の中から退去する訳ではありますまい。
人の縁には、別れの言葉もなく終はるものがあります。
昨日まで会ってゐた者が、仕事を変へ、住む場所を変へ、いつしか遠くなる。
それも人生の別れ方の一つです。
思ひ出すから未練がある、と簡単に決める必要はありません。
人は、自分の過ぎた時間を、ときどき誰かの顔を借りて思ひ出すのでせう。
昔の友を思ひ出す時、実はその隣にゐた昔の自分まで、少し戻って来ることがある。
会はぬ人を一人くらゐ心に残したままでも、人生はちゃんと先へ進みます。
(作家・文士)
やわらか返信室より
昔よく待ち合わせた場所を通って、相手の名前より先に、その頃着ていた服を思い出すことがあります。
もう会わない人なのに、その人がいた頃の自分は案外よく覚えています。
二通目
「返信を催促されると、余計に返したくなくなります」
(ペンネーム)あと五分だけ 20代 女性
専門学生
相談
LINEの返事が遅れている時に、「見た?」や「返事まだ?」と送られてくると、余計に返したくなくなります。
返していない自分が悪いのは分かっています。
それなのに催促されると、急に面倒になってしまいます。
これは私が子どもなのでしょうか。
回答
返事を怠ってゐるところへ催促され、腹が立つ。
聊か身勝手な話ではあります。
相手が急かしたことと、あなたが返事をしてゐなかったことは、別々に考へなければなりません。
催促の仕方が気に入らぬからといって、自分の遅れまで帳消しにはならない。
然し、人は命じられた途端、それまで自分からしようと思ってゐたことまで嫌になることがあります。
そこは人間の妙なところですな。
大切なのは、その小さな反発に用件まで任せぬことです。
返すべき返事なら返す。
催促の仕方に困ってゐるなら、それは別に伝へる。
機嫌と責任を一緒にしてはなりません。
(本欄記者)
やわらか返信室より
「今返そうと思ってたのに」と言いたくなる瞬間があります。
たぶん本当に今だったかどうかは、自分でも少し怪しい。
催促された途端、それまでの数時間を棚に上げたくなることがあります。
三通目
「昔の失敗を、急に思い出して苦しくなります」
(ペンネーム)去年の消しゴム 60代 男性 嘱託勤務
相談
昔の失敗を突然思い出すことがあります。
もう何十年も前のことなのに、その時に言ったことや、失敗した場面までよく覚えています。
相手は忘れていると思います。
それでも思い出すたびに恥ずかしくなります。
年を取れば、こういうことは気にならなくなると思っていました。
回答
年を重ねれば、何もかも忘れて平然としてゐられると思ったなら、それは少し見込み違ひであります。
人は老いても、昔の不出来を思ひ出します。
然し、失敗した時のあなたと、今それを見てゐるあなたは、もう同じ人ではない。
恥づかしいと思へるのは、当時には見えなかったものが、今は見えるからでもありませう。
過去は消えません。
されど、消えぬものを毎度裁き直す必要もありません。
昔の自分まで立派に作り替へようとするのは、これも一つの執着です。
思ひ出したなら、
「あの頃は、さうであった」
と置いておきなさい。
人は過去を失くして生きるのではなく、過去を連れて少しずつ遠くへ行くのであります。
(僧侶・宗教家)
やわらか返信室より
何十年も忘れていたのに、何の関係もない瞬間に昔の失敗が戻ってくることがあります。
記憶は、こちらが呼んだ時より、呼んでいない時の方が勝手にやって来ます。
四通目
「仲良くなった理由より、離れた理由を覚えています」
(ペンネーム)午後四時の買い物袋 40代
女性 主婦
相談
昔仲が良かった人のことを思い出すと、仲良くなった頃より、関係が離れていった時のことをよく覚えています。
最後に言われたことや、少し気まずかった場面ばかり浮かびます。
楽しかった時期も長かったはずなのに、それが薄くなっている気がして残念です。
回答
人は、始まりより終はりをよく覚えてゐることがあります。
毎週楽しく会ってゐた頃には、わざわざ一日一日を記憶に留めようとはしなかったのでせう。
ところが離れ際には、
「あの時から変はった」
「最後はあの言葉だった」
と印を付ける。
それで別れの方ばかり目立つのです。
然し、最後の一頁が寂しかったからといって、それまでの頁まで書き換へる必要はありません。
御一緒に笑った日があったなら、それも本当。
離れた理由があったなら、それも本当です。
人付き合ひは、どちらか一方だけを残さなくても宜しいのです。
(婦人記者)
やわらか返信室より
昔の写真を見て、「この頃はまだ仲が良かったな」と後から境目を作ることがあります。
写真の中の人たちは、そんな先のことまで知らずに普通に笑っています。
五通目
「誘われないことが続くと、少し意地になります」
(ペンネーム)繊細ゴリラ 30代 男性
飲食店勤務
相談
友人同士の集まりに誘われないことが何度か続きました。
毎回参加したかったわけではありません。
でも、声もかからないと気になります。
最近は意地になって、こちらからも連絡しないようにしています。
本当は少し寂しいのですが、自分から連絡すると負けたような気がします。
回答
負けるとは、一体誰に負けるのでありますか。
友人との付き合ひに勝敗を持ち込み、相手が連絡しなければ自分もしない。
それでは友情ではなく、我慢比べであります。
「別に誘はれなくてもよい」と申す一方で、誘はれなければ腹が立つ。
ならば先づ、その矛盾を認めなさい。
あなたは誘はれたかったのでせう。
寂しかったのでせう。
そこを認める代りに「意地」と名を付けてゐるだけです。
相手が誘はなかった事情は、まだ分かりません。
然し、自分から連絡しないことは、あなた自身が選んでゐる事実です。
関係を続けたいなら、自分から連絡する。
続けたくないなら、しない。
相手に先に動かせるためだけの沈黙は、大人の分別とは申せません。
人との縁まで面子の道具にするものではありません。
(法律家)
やわらか返信室より
「こっちからは連絡しない」と決めたあとほど、相手から何か来ていないか気になることがあります。
意地を張っている本人が、いちばん相手を気にしている。
人間関係には、そういう少し格好の悪い時間もあります。
個人的に思うこと
昔の連絡先を整理していると、もう何年も話していない人の名前で指が止まることがあります。
連絡する予定はない。
消さなければ困るわけでもない。
結局そのまま残して、次の名前へ進む。
人との関係には、続いているとも終わったとも言い切れない場所が、案外たくさんあるのかもしれません。
別の相談も届いております。
📖人付き合いの中で、少し気になった言葉の話
📰やわらか返信室が見つけた、小さな人間観察の記録
🌙暮らしの途中で、ふと立ち止まった日の話
📮昔の相談員が、現代の悩みに答える話
・筆者紹介
宜しければ、そちらもお読みください。
思い当たることが、一つくらいあるやもしれません。
閉室前にひとこと
昔と今では、
言葉の形も、
人との距離も、
随分変わったようです。
それでも、
返事を待つ時間の長さだけは、
あまり変わっていないのかもしれません。
それでは、本日はこの辺で。
また次回、開室いたします。
皆様、御機嫌よう。
では失禮致します。
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