「離れてしまった気持ちは元にもどらない」
嫌いになったわけではない。
大きな喧嘩をしたわけでもない。
ただ、前なら何も考えずに言えた言葉を、今は少し探してしまう。
あんなに仲が良かったのに、と思う。
帰り道にどうでもいい話をして、眠くなるまでやり取りしていた時期があった。
相手の口癖も、疲れると少し機嫌が悪くなるところも知っていた。
今思うと、少し傲慢だった。
知っている、と思っていた。
分かっている、と思っていた。
だから、多少雑にしても大丈夫だと思っていた。
誘われた時に、気分が乗らなくて断った日がある。
その日は本当に疲れていた。
誰とも会いたくなかった。
悪気はなかった。
ただ、こちらが断ったその一回を、相手は相手の場所で受け取っていたのだと思う。
返事が遅れた日。
雑な言い方をした日。
話を聞いたふりで流した日。
「また今度」と言って、その今度をこちらから作らなかった日。
軽い約束は、守ることまでも軽く考えていた。
相手は楽しみにしていたかもしれない。
期待していたのかもしれない。
不思議と、そういうことは身近な人にしてしまう。
相手の気持ちが離れていくのも知らずに。
どれも、その場では壊れるほどのことに見えない。
だから怖い。
壊した感覚がないまま、少しずつ相手の中でこちらの席が狭くなっていく。
久しぶりに連絡を取ると、相手は普通に返してくれる。
冷たくはない。
怒ってもいない。
むしろ、ちゃんとしている。
でも、分かる。
もう、こちらを部屋の奥までは入れていない。
玄関で話してくれている。
感じよく、失礼のない距離で。
それを責めることはできない。
相手には相手の生活がある。
こちらが見ていなかった時間に、新しい人間関係ができ、新しい疲れ方も覚えたのだと思う。
こちらの知らない名前が増え、こちらの知らない休日が増えた。
その全部を、いまさら寂しがるのは勝手だ。
自分だって変わった。
昔みたいに、すぐ出かけられない。
夜中まで話せない。
何でも笑いにできない日が増えた。
変わったのは相手だけじゃない。
私も相手の中で少し遠くなったし、相手も私の中で少し遠くなった。
それでも、ときどき戻したくなる。
前みたいに話せる気がして、勢いで誘いたくなる。
でも、あの頃の二人はもういない。
名前は同じでも、生活が違う。
笑う場所も、疲れ方も、黙る理由も変わっている。
一番仲が良かった時のまま、誰かを待たせておくことはできない。
こちらが勝手に止めていた時間も、相手の中では進んでいる。
だから、久しぶりに会っても懐かしさだけでは戻れない。
思い出は近いのに、今の二人が遠い。
そのズレが、いちばんこたえる。
もっと大切にすればよかったと思う。
相手が声をかけてくれた時に、少し無理してでも会えばよかった。
気分が乗らない日でも、顔だけ出せばよかった。
自分の感情に従うことは簡単だった。
でも人との関係は、時々、自分より相手を優先した方がうまくいく。
そのことを知ったのは、ずいぶん後だった。
あの時なら、まだ間に合ったのかもしれない。
でも、その「あの時」は今になるまで見えない。
過ぎてから急に分かる。
あれが分かれ道だったのか、と。
その時は、ただの平日だったのに。
気持ちが離れてしまったあとで、こちらだけが元に戻そうとしても、相手の中の時間は別のところへ進んでいる。
それは冷たいことではない。
たぶん自然なことだ。
人間の記憶は少し意地が悪い。
大切にできなかったものほど、あとで丁寧に見せてくる。
離れてしまった気持ちは、たぶん元には戻らない。
でも、なかったことにはならない。
確かに近かったこと。
その人にだけ見せていた自分がいたこと。
それは、戻せないから消えるものではない。
ただ、もう同じ形では触れない。
だからせめて、次に誰かがこちらへ近づいてくれた時、雑に扱わないでいたい。
気分が乗らない日でも、全部を断らないでいたい。
言葉が足りなかったと思ったら、遅すぎる前に言いたい。
そんなふうに思うのも、少し自分勝手だ。
失くした関係を使って、次の自分を少しまともにしようとしているのだから。
でも、それくらいは許してほしい。
戻れない関係にも、まだ役目がある。
あの人と前みたいに笑うことは、もうないかもしれない。
それでも、あの時間があったから、私は今、誰かの「今度会おう」を少しだけ大事に聞ける。
戻らないものは、戻らない。
その代わり、こちらの中で遅れて形を変える。
今後も、
人間関係の中でふと立ち止まる空気を、少しずつ書いていこうと思います。
この話が少し気になった方へ
📮もし今の悩みを、 少し昔の相談員が読んだら。
📰今週も、 どうでもいいことを真面目に観察していました。
📖人間関係の小さい温度差を観察する話。
🌙生活の途中で、 少し引っかかった景色や気持ちの話。
・自己紹介
どこかで、自分だけだと思っていた気持ちに出会えるかもしれません。
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