「辞めていい」と言ったら、職場に風が入ってきた|インナーストーリーの宝石箱
「理事長」という鎧
真純乃郷(ますみのさと)福祉会は、知的障害のある方の入所施設を中心とした社会福祉法人だ。「真純」には、「真に純粋な、ありのままの姿」という意味が込められている。
その法人のトップに立つ内藤和江さんは、インタビューで、こんなことも話してくれた。
「私は多分、自分のことが一番わからないので、とにかく周りから、自分ってどういう人なんだろうっていうのをもらいたいみたいな。そんなところが、今もあって」
そして、あえてこう切り出した。
「正直に申し上げます。私はずっと、自分自身を否定し続けてきました」
「理事長としてちゃんとしなければ」「こうあらねばならない」——職を預かったからには全うしなければ、という思いで、がむしゃらに走ってきた。助けを求められない。弱音は吐けない。大変そうに見せない。「やって当たり前」「できなかったらダメ」。完璧主義の鎧を、ずっとかぶっていたのだと。
本当はチームで横一線に進みたかった。それなのに、自分だけ突っ走っていた。
自分のできているところを認められないから、職員の「できていないところ」ばかりが目に入る。「あそこができてない」「ここができてない」「なんでこれができないの」——
「もう、渦巻くわけですよ」
内藤さんは笑いながら、そう言った。できるでしょ、と思っていたのは、結局、自分自身のできていることを認めていなかったからだと、今はわかるのだという。
「最悪な管理職だったと思います」
誰かが辞めるたび、辞める本人に、「私のどこが悪かったの」「どうすればよかったの」「こういう結果になって申し訳ない」と謝り続けていた。ここで起きたことは全部自分の責任だと思い込み、本来はその人自身の事情や、その人が「ここにいるべきではない」と思ったことまで、自分のせいにしてしまっていた。
振り返れば、内藤さんは ダムの底に沈んでいた。息ができない。声を出しても届かない。手足も動かせない。水圧で全身が押しつぶされる——
「言葉で言うと、もう自己否定の塊だったんですよ。そこに沈んで、息ができなかった」
行事が止まったとき、そして涙がほどけたとき
転機は、コロナ禍だった。
それまで真純乃郷では、毎年のように大きな行事が続いていた。利用者のみなさん全員での北海道や沖縄への旅行。地域の方を百人招いての運動会。四十キロ歩いて鬼怒川温泉まで行くウォーキング。職員には、相当な負担がかかっていたはずだ。
すべてが止まったとき、内藤さんは初めて気づいた。「めちゃくちゃ大変なことをやっていた」と。同時に、「本当にもう一度やれるのか」「そもそも、必要なのか」という問いが生まれた。そこから、一気に見直しが始まる。
その前から、内藤さん自身にも変化はあった。ここ二、三年。人の話を聞いているのに、なぜか涙が出る。「自分のことじゃないのに」と戸惑いながらも、少しずつ、自分の気持ちとして泣けるようになっていった。
2025年、内藤さんは本当にたくさん泣いたという。
「映画『国宝』を見て、気持ち悪くなりました。感情がみんなリンクしちゃって。頭痛くてどうしようと思って、泣きましたし、具合も悪くなりました」
人前で泣くことには、長いあいだ、抵抗があった。
「人前で泣いちゃいけない、みたいな。おいおい泣くとか、やったことがなかったんですけど、もう今、人前で出てしまう」
本当は、泣きたいときに泣けていなかった何かを、貯めていたのだと、今は思うのだという。
それでも、その涙が、長年ため込んでいたダムに小さな穴を開けてくれた。インタビューでは、こんなやりとりもあった。
「今、ダムの底にいるって言いましたよね。今は、どこにいるんですか」
「今は、泣けば泣いたときには自分がふっと顔を出すので……たぶん溜まってきちゃうんですよ、ちょっとずつ。でも、そんな深い底ではなくて、浅いところで、自分が上がってきてる感じですよね」
水位が下がり、息継ぎができる。そんな一年だった。
「辞めていい」と言った日
コーチからこう言われた。「いらないものを手放してみたら、余白ができて、本当に必要なものが入ってくる」。内藤さんは、恐る恐る試してみた。
職員が「辞めたい」と言ったとき。以前の内藤さんなら、必死で引き止めていた。「一人でも辞めたら回らない」「みんなが困る」。心の中では「やめないで」がダダ漏れだったのかもしれない、と、後から思う。
「怖いけど言ってみたんです。『あなたが決めていいよ。それは私が決めることじゃないから』って」
相手は、焦ったという。でも、辞めていく後ろ姿を見て、内藤さんははっきり見えた。
辞めるって決まった途端、その人の仕事が、百二十パーセントくらいの勢いで、わっと片付いていったとき。「本当は、この人、辞めたかったんだ」。本人は、自分でも気づいていなかったのかもしれない。無理やり引き止めていた自分も、相手も、そりゃ苦しいよね、と。
「お互い楽になったね、って思って」
空いた余白に、新しい風が入ってきた。人間関係で一度辞めた職員に、電話で声をかけてみた。「今どうしてる」「もしその気持ちがあったら、帰ってこない?」——
「本当は辞めたくなかった。戻ります」
病気で療養していた方からも、「また働けますか」と連絡があった。内情を知っている人たちが、即戦力として戻ってきてくれている。
内藤さんは、こうも言った。
「結局私の本音だったんですよね。いらない人はいらない、と言っちゃいけないんじゃないか、と思ってた。でも『この人はいらない』って言ったときに、いらないでいいんだよ、と自分に許可を出せたというところもある」
責任はそれぞれに負う。人の責任を、自分が背負う必要はない——境界線を引けた、という。
「できないこと」から「得意なこと」へ
支援の現場でも、大きな転換があった。
以前は「苦手でも頑張るのが偉い」という考えで動いていた。畑作業が嫌いな方も、全員で畑へ。結局その方は何もせず、職員だけが草刈り——そんな状態だった。でも、違う。そう気づいたのだと、内藤さんは言う。
ずっと口にしていたのは「利用者さんを幸せにするには」だった。本来なら、利用者さんに波及する職員さんをもっと見ていかないといけないのに、その順番を飛び越えていた。だから職員が拗ねていたのだ、と、今は考えている。
ストレングスファインダーで「着想」が上位だとわかり、「規律性」は最下位。毎日きちっと同じことを続けるのは本当に苦手だという。そんな自分が職員に「きちんとやれ」と言っても、無理な話だった。苦手を棚に上げて、人にだけ求めていたのだと。
今は、一人ひとりの「得意なこと」「好きなこと」に目を向けている。
暴力を振るってしまう利用者の方がいらしたとき。「嫌だ」と言葉で伝えられないから、体で表現するしかなかった。その方の好きなこと、集中できることを探してあげたら、ピタリと暴力がなくなった。
運動会も変わった。玉入れや徒競走だけではなく、今は「その人が日頃やっている活動」を競技にしている。おしぼりたたみが得意な方にはおしぼりたたみ競争。パズルが好きな方にはパズル競争。「唯一無二のあなたが主人公になる」を、形にしている。
シャンパンタワーと、いいこと共有
職員が幸せでなければ、利用者に幸せは届けられない。シャンパンタワーと同じで、いちばん上のグラスから満たされて、ようやく下に注がれていく。
だから今は、職員が本音を言える環境づくりに力を入れている。
つい最近始めたのが、朝礼と夕礼での「いいこと共有」だ。「最近あった嬉しいこと、楽しいこと」を、一人一言。ティラノサウルスレースで完走したこと。推しのライブが当たったこと。パチンコで勝ったこと。何でもいい。
初日、内藤さんが「ティラノサウルスレースで完走しました」と言ったら、場はシーンとしていたという。でも他の職員が話したときに、「おめでとう!」「よかったね!」と内藤さんが率先して反応するうちに、少しずつ温かくなってきた。嫌なことは忘れないけれど、いいことは忘れがち。だから、いいことを意識的に味わう時間がほしかったのだと、内藤さんは笑う。

毎日がジェットコースター
率直に言う。この仕事は簡単ではない。
言葉でのコミュニケーションが難しい方がほとんど。「嫌だ」と伝えられないから、叩かれることもある。トイレでは予想外のことが起きる。旅行先では、エレベーターに利用者の方だけが乗ってドアが閉まり、階段を駆け上がったこともあった。
ある職員は言った。「毎日がジェットコースターみたいです」と。
壁にいきなり絵を描き始める方がいて、普通なら「なんで壁に!」となるところを、職員が「上手に描けたね」と受け止める——そんなことが、日常に起きる。
それでも、ジェットコースターを乗りこなせるようになったとき、この仕事の醍醐味が見えてくる。暴力を振るっていた方が、その人に合った活動を見つけて落ち着いた。ムスッとしていた女の子が、ピンクレディーの「UFO」を踊る主人公になって、キラキラした。
内藤さんは言う。それは鉱物を掘り当てる感覚に似ている、と。「ここかな、ここかな」と探って、原石を見つけて、磨いて、光らせる。「よっしゃ!」という達成感。ここでしか味わえない体験だ、と。
ティラノサウルスで訓示する理事長
内藤さん自身も、変わろうとしている。
2025年4月の訓示では、ティラノサウルスの着ぐるみを着て登壇した。「ありのままでいいんだよ」というメッセージを、言葉だけでなく姿で示したかったのだと。職員からは「園長に怒られますよ」と言われ、夫は「ふーん」と一言。それでも、これでいいと思えたという。
グループ法人の施設長である夫は、以前、鳥人間コンテストに四回も出場した。利用者の方も保護者も職員も、夜行バスで滋賀まで応援に行った。「全員で大きい夢を持って、何か一つできることをしたい」——そんな想いが、真純乃郷の根っこにある。
忘れ物をしたら「忘れちゃった」と言う。できないことは「できない」と認める。以前の内藤さんなら見せなかった姿を、今は見せるようにしている。すると職員から「そんなふうに見えなかった」「ちゃんとしないとダメですよ」と言われることもある。それでいいのだと、内藤さんは言う。自分が完璧じゃないことを見せることで、みんなにも「完璧じゃなくていいんだ」と思ってほしい、と。
ストレングスラボでストレングスファインダーを深く学び、コーチングプラットフォームで認定コーチの資格を取り、親業訓練の一般講座も修了した。学んだことはすぐ現場で試す。うまくいくこともあれば、いかないこともある。「今日の目標を言う」は定着しなかった。でも「いいこと共有」には手応えがある。あの手この手で試して、良かったものを残す——その繰り返しだという。
道半ばの招待状
この仕事は、究極の対人支援だと、内藤さんは言う。
利用者と向き合うことは、自分自身と向き合うことでもある。利用者の方は鏡のようで、私たちの姿を映してくれる。できていないところ、認められていないところを、見せてくれる。時に辛い。
でも、その先には大きな幸せがある。自分を許せたら、相手も許せる。自分を認められたら、相手も認められる。
「ここまで来れて、でもそれが全部必要だったんだな、とは思います。全部、必要だったこと。それがあったから、今、この法人をどう回していこうかと、ちゃんと考えられるようになった」
内藤さんはまだ道半ばだと言う。でも、確実に前に進んでいる。
真純乃郷は、「真に純粋な、ありのままの姿」を大切にする場所だ。利用者も、職員も、理事長も——みんながありのままでいい。得意なことを活かし、苦手なことは助け合い、一人ひとりが主人公になれる。
そんな場所を、一緒につくっていきませんか。
あなたの「真純」を、ここで見つけてください——。
インタビューの最後に、内藤さんはそう語ってくれた。
対話を終えて/ゆきこより
✦ 内省メモ——内藤さんへ
「ダムの底」という言葉を、内藤さんは静かに、でもはっきりと口にしました。聞いていて、胸のあたりがキュッとなりました。責任感が強い人ほど、自分を後回しにして、抱えすぎてしまう。内藤さんの言葉は、そんな人たちの横にそっと座ってくれるような温度感でした。
印象的だったのは、「やめないで」がダダ漏れだったかもしれない、と笑いながら仰ったところです。本音は、言葉にしなくても伝わる。だからこそ、「辞めていい」がお互いを楽にしたのだと思いました。
境界線を引く——。簡単な言葉だけど、やったことのない人にとっては、怖い実験です。あなたは、それを現場で試し続けている!
ティラノサウルスの着ぐるみで訓示する理事長。真面目さと、奇想天外さが両方ある。だから現場の話が笑いと共に伝わってくる。あなたが「ありのまま」を体現する覚悟ができているからこそ、職員の方々の本音も、少しずつ形を持ち始めるのだろうと思いました。
問いを二つ、置いておきます。
いま、あなたの「ダム」に、小さな穴を開けてくれているものは何ですか。
「余白」ができたとき、そこに入ってきてほしい風は、どんな風ですか。
内藤さんのストーリーを聞かせてくださって、ありがとうございました。真純乃郷の物語が、これからも職員の方・利用者の方と一緒に、前に進んでいきますように。
※掲載は関係者の許諾を得ています。
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あらがき ゆきこ|インナーストーリーを探り当て、魅力を「手の内」に
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