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【連載小説】ダッチン! ~日本の寄付を文化に変える男~ ≪7≫


7 足立絵里の談

雅樹ですか。 え? ウサギも?
はい、ウサギのことは憶えています。

でも、まずは雅樹のことから話しますね。
私にとっても、良い機会なので。

雅樹が小さかった頃から思い出してみて、その思い出すままにお話ししてみます。

1番古い記憶は、私が4歳か5歳ですね。

今思えば、私は、赤ちゃん返りをしていたのかもしれません。
母からは、「お姉ちゃんなんだからガマンしなさい」って、事あるごとに言われて、ぜんぜん納得できなくって、悔しい想いをこじらせていました。

母は、私のことは嫌いで、雅樹が好きなんだと、そうとしか思えなかったのです。

小さな雅樹は、しょっちゅう母に抱っこされていて、私は羨ましく眺めていました。
雅樹を抱っこする母は、幸せいっぱいといった感じに微笑むのです。その笑顔が、美人の母を、より美しくするのです。

1番古い記憶の私は、まだまだ幼いのに、「抱っこして」とは言い出せませんでした。赤ちゃんがいるからです。
弟の雅樹はカワイイけど、でも羨ましいし、切なくて悲しくて、この苦しさは、どう考えても雅樹が原因なのです。

だから私は、ときどき、雅樹に優しくできなかったりして、それを後になって自己嫌悪しました。幼い私が、私自身を責めるのです。
私はお姉ちゃんなのに、弟にイジワルしちゃったと、ひとりの時コッソリ、自分を責めました。

すると、自己嫌悪して辛いことも、それも、だんだんと雅樹のせいに思えてきて……。
私は、ぜんぜん良いお姉ちゃんじゃなかった。

このことは、母にも言えませんでした。誰にも言ったことが無かったので、告白の機会をいただけて、ありがたいと思っています。

あの頃のことを、いつか雅樹に、ちゃんと謝りたいって思っていましたから……。


私が小学生になって、雅樹が幼稚園へ通うくらいになると、おそらく、私の赤ちゃん返りも、もう終わっていたはずです。

かといって、いきなり、優しいお姉ちゃんに急変はできませんでしたけど、でも、泣き虫で天然の雅樹を、私は「可愛いなぁ」って思うように変わっていました。

ええ。雅樹は、泣き虫でしたよ。

ある晩、雅樹が布団の中に潜っていて、声をかけたら、「お姉ちゃん、お母さんも、いつか死んじゃうんだよ」って泣いていたんです。
純粋だなぁ、って思いました。

この時は、雅樹は、……小学生になっていましたね。

同じ頃キッチンで、むせて苦しそうにしていたことがあったのです。私が近づくと、ほぼ空のグラスを指差して、「ジュースじゃなかった……」って、泣き出しました。
グラスを嗅いでみると、お酒の匂いがしました。雅樹は、ジュースと決めつけて、きっと、一気飲みしたんですね。

可愛くて、可愛くて……。

今思えば、私は、抱きしめて慰めてあげれば良かったのですが、そんな行動を思いつきませんでした。
もし思いついたとしても、照れくさくて、きっと出来なかったと思います。

あとぉ~、その頃の雅樹は、クツに砂が入るのが大嫌いで、「お姉ちゃん、なんで砂ってあるの」と、何度も質問されました。
私は、うまく答えられず、でも「分からない」とは言いたくないのです。

私は子供の頃から、負けず嫌いでしたから……。だから、何か適当なことを言って誤魔化したはずです。

数日後、雅樹は、サンタさんへのリクエストに、

「せかいから すなを なくしてください」

って書いたのです。天然でしょ?

これには、父も母も大笑いしました。ふふふ。
雅樹は、これ以上ないほど、本当に純粋だったのです。
このとき私は、雅樹のことを愛おしく感じました。

雅樹のユニークな発想が、おもしろくて、可愛くて、そして、私には無い感性だなって、そんなことも思いました。

雅樹は、小学生の高学年になると、天然さがスケールアップして、自転車で側溝に落ちて、大怪我をしたのです。

母が「どうして落ちたの」と聞くと、雅樹は「目をつむっていたから」と答えました。

当然、母は重ねて、「どうして、目をつむったの?」と質問します。
すると雅樹は、「自転車に乗りながら眠れたら、最強だから」と真顔で答えたのです。
最強とは、おそらく、効率が凄く良い、という意味だと思います。

当時は笑えませんでしたが、後になってジワジワと笑いが込み上げてきて、このことで思い出し笑いを、何度もしました。

あと、こんなこともありました。

深夜、テレビの砂嵐を間近で観ていて、何してるの?って聞いたら、「メガネがカッコイイから、目が悪くなりたい」って言ったんです。

こんなふうに雅樹には、天然エピソードがたくさんあります。

中1までは少し引っ込み思案で、どちらかと言えば大人しい雅樹でしたが、中2に上がると、徐々に荒れ始めたのです。
お酒やタバコを覚えて、不良のマネをするようになりました。

母は、何度も学校に呼ばれました。

なのに、のんきにギターを弾いたりして、雅樹は、カッコつけてばかりでした。私は、「母を泣かせる男がカッコイイわけないじゃない」「ダサイよ」と言い続けましたけど、馬の耳に念仏でしたねぇ~。

ええとぉ~、私が高校2年生に、雅樹が中学3年生になった頃が、1番荒れていた時期でした。

そして、「雅樹は私が叱る」と、ひとり秘かに決断したのです。

父が怒ったなら、とんでもないことになりかねません。
母は泣いてばかりで、雅樹を叱りません。
仮に母が叱っても、効果は無かったと思います。
末っ子の広之は、雅樹のことを注意なんてできないし、そもそも広之は雅樹が大好きでした。

私が注意するしかない。
他に選択肢がありませんでした。

私が叱っても、効果が無いことは分かっていました。
幼い頃とは違って、もう私は、体力的に雅樹に勝てっこありません。

根負けを狙う作戦でした。
何度でも注意をする。何度でも諭す。何度でも、何度でも。

雅樹に「うるせえなぁ~。わかったよ」って、根負けさせる。これしか方法は浮かびませんでした。

ただこれが、小言を言い続けるだけなのですけど、……それでも怖かったです。
雅樹がキレて、私は殴られてしまうかも、という怖れが常にありました。
実際に怖い目に遭ったという意味ではなく、実際にはそんなことは無かったのですが、……でも、妄想が浮かんでしまうんですよねぇ~。

舌打ちされたり、睨まれたりすると、心臓がキュッと縮みましたし。

あとになって考えて思ったのですが、雅樹の不良化の理由の1つは、ファッションだったと思います。
思春期のイケてる男子は、みんなチョット悪ぶっている時代てしたから。

2つ目は、一般的な反抗期です。
大人に逆らいたくなるお年頃、ということです。

3つ目は、父からの逃避です。
これは、雅樹は否定すると思います。
深層心理のことですから、雅樹には、自覚すら無いでしょう。

私、長嶋一茂さんって、凄いって思うんですね。
父親に、あそこまで偉大な結果を出されたなら、同じジャンルに挑むなんて、普通は有り得ないですよ。

比べられるに、決まってますから。

雅樹は父を怖れ、そして、尊敬もしていました。
でも、考え方が違うところに気づいて、それが反発のトリガーだったかも……。

でも、反発より、逃避が大きかったと、私は思っています。

おそらくは、父の力を一切借りず、父とは違う分野で、なんなら父が認めない分野で、そこで、父以上の結果を出す。

そういう野望を抱いていたと思います。

ちなみに、父に、面と向かって逆らわなかったのも、相反する2つの理由があったと、私は考えています。

1つは単純に、父が怖い。
もう1つは、父に殴られたなら、父を殴り返してしまうかもしれない。
カッとなり、親に手をあげてしまうかもしれない。
きっと、そんな自分が怖かったのだと思います。

とにかく、中3の雅樹は、荒れに荒れて大変でした。

大学生になると、ラップだかヒップホップだかにまって、でも、家族への迷惑は減りました。
原因は単純で、雅樹は家に、まったく帰ってきませんでしたから。

詳しいことは分からないのですが、雅樹は父と、ぶつかったのでしょう。
そして、おそらくは「出ていけ」とか、「ああ、出で行くわ」とか、そんな売り言葉に買い言葉が行なわれて、実行されたのだと思います。

半分、勘当みたいな感じです、きっと。

広之が言うには、雅樹は音楽で、プロを目指していたみたいですね。
そんな頃です。私が、ウサギを見たのは。

私、初産を控えていて、実家に帰ったのです。
里帰り出産です。

そしたら、ウサギが居ました。小さくて可愛かったですよぉ~。
広之が、一生懸命、世話していました。

雅樹がウサギを取りに来たとき、久しぶりに雅樹と会いました。
目にはクマがあって、肌がカサカサでした。生活も食事も、まともではなかったのでしょう。

そんなボロボロの雅樹に、「おめでとう」って言われて、私は泣いちゃったんです。雅樹は、嬉し涙と思ったはずです。でも、本当は違います。

雅樹が、不憫で……。

ボロボロなのに、実家に一泊さえできない。
私も、泊まっていきなさい、って言えない。

私は泣きながら、「ありがとう」って返しました。
可哀想に、とは言えませんから……。


ウサギには、……とくに、私は係わりませんでした。
自分と赤ちゃんのことで精一杯だったので。

あ、でも、私が広之に「ヒロは優しいね」って言ったんです。
ウサギの世話を押し付けられて、なのに文句も言わず、かいがいしく世話をしていましたから。

その時、「マサキも優しいぞ」って聞こえて……。
私は、てっきり広之が言ったと思ったのですが、後になって、アレ?って思って。

広之は、「マサキ」って呼んだことが無いんです。
「マサニイ」です。ごくたまに「兄貴」です。

ウサギって、インコみたいに喋ります?
……喋りませんよね。
あれは、勘違いだったのかなぁ~。

とにかく、そんな雅樹が、今は三代目社長です。
ビックリですよね。

家を出て、意地を張り続けて結局はニッチモサッチモ行かなくなって、ボロボロになって戻って来て……。
私はあえて、そのニッチモサッチモについては聞きませんでした。
両親、もしくは父だけが、詳しい事情を聞いたと思います。

戻ってきた時、正直私は、雅樹には期待できませんでした。
父の会社で働くなんて、すぐに、何かしらにガマンができなくなり、きっと辞めてしまうだろうと考えていました。

逆に、会社で派手な親子ゲンカするのではないかと、そっちの心配をしていたくらいです。

でも、会社の職人さんや父から話を聞くと、雅樹は、もの凄く頑張ったみたいです。男子三日会わざれば刮目して見よって、ホントなんですね。

ステキな女性と結婚して、きっと、あの奥さんあっての変化なのかな。
ホント、雅樹は、180度変わりましたから。

熟考して決断するとか、父に一度も逆らわなかったとか、他者ひとの2倍も3倍も努力したとか、そんな行動は、私の知っている雅樹の行動ではありません。真逆です。

だって、自転車で走りながら目を閉じるタイプですよ。
熟考の、真逆男子ですから。ふふふ、ホント真逆です。

雅樹の変化は、母以上に、父が喜んでいると思いますね。父は、私が高校生の時に「絵里が男だったら」と、こぼしたことがあって……。
その時の父は、とても寂しそうでした。

雅樹が、28歳かな?
雅樹が頭を下げて実家に戻ったときも、父はドエライ剣幕で怒ったと母から聞きましたが、私には、父が内心喜んでいて、でも、怒らないと示しがつかないから、仕方なく怒っていて……。

なんか、その表情までが目に浮かびます。見てないんですけどね。

雅樹が家に戻ってからのことは、私より、母に聞いた方が良いと思います。
あ、その予定なんですね。
母は、私以上にオシャベリですから、覚悟してくださいねぇ~。

こちらこそ、ありがとうございました。
昔話をして、なんか、とてもスッキリしました。



8 に続く



PS.

この記事は、小説です。
連載します。週1の投稿を目標とします。
でも、ときどき隔週になるかもしれません。ご容赦くださいませ。

おそらく、21話前後となります。

1話から読みたい方はコチラからどうぞ ↓


雅樹さん ⇓ が主人公の物語です。

雅樹さんに、Zoomインタビューを行ないました。
それを元に書いています。

あと、
雅樹さんのnote記事も参考にしました。
雅樹さんのkindle本も参考にしました。

ゆえに、雅樹さんのことはほぼ実話です。

それ以外の登場人物についての描写は、
インタビュー、note記事、kindle本、などの実話を元にして
僕が創作したものです。フィクションです。

登場人物には、一部、架空の人物もいます。


物語の案内役である小野寺未唯みいは、
ミイコさん ⇓ がモデルです。

モデルと言っても、描写は僕の創作です。


『かつおクラブ』
はコチラです。


『宇宙兄弟』寄贈プロジェクト
はコチラです。


このように、noteにはリンクも貼ります
リンクを省き、文章だけにして、TALES(テイルズ)にも投稿します

テイルズはこちらです。

拡散大歓迎です。
よろしくお願いします。




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