息子が笑っていた夜、私は家を出たくなった。
その日、私は息子の友達と、その弟を家に招いた。三人はゲームをしながら、何度も笑っていた。
私は病院へ行く予定があったので、
そのあと息子をママ友にお願いした。
帰ってきた息子は、映画の話をして、
ガストの話をして、また映画の話をした。
「今日は楽しかった。」
そう書いてあるみたいな顔だった。
学校で苦しい時間が続いてきたからこそ、
あんなふうに笑う顔を見られただけで、
胸の奥がほどけた。
母親として、
あの笑顔を見られただけで十分だった。
なのに、その夜だった。
私は、家を出たくなった。
一人で暮らしたい。
そう思った。
息子が嫌になったわけじゃない。
一人になりたいほど、息子に疲れたわけでもない。
ただ、もう
何も考えなくていい部屋に行きたかった。
誰にも話しかけられない夜がほしかった。
「ママ。」
その一言に
返事をしなくてもいい時間がほしかった。
ご飯を考えなくていい。
洗濯をしなくていい。
明日の学校を心配しなくていい。
そんな時間が、少しだけほしかった。
きっと、世の中には同じことを
思ったことがある親がいる。
でも、口には出せない。
「家を出たい。」
そう言った瞬間に、
「子どもを愛していない母親」
になってしまう気がするから。
だからこそ苦しい。
その笑顔を見られたことが、本当に嬉しかった。
それでも私は、家を出たいと思うほど疲れていた。
そのどちらも、本当だった。
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