私は料理が嫌いだったんじゃない。
「うちの娘たちはね、三人もいるのに、誰も料理をしない。」
母は、何度かそんなことを言っていた。
「普通の家なら、お母さんが仕事から帰ってきたら、夕飯くらい作って待っててくれるのに。」
子どもの頃、その言葉を何度か聞いた。
でも、不思議だった。
私は料理を作ってと言われた記憶が、
ほとんどない。
台所には、いつも母がいた。
夕方になると母が手際よく料理を作り始める。
「作ろうか?」
そんな言葉を口にする空気ではなかった。
餃子を包む。
コロッケに衣をつける。
えびフライを並べる。
じゃがいもを潰す。
「ほら、こっち来て!やるよ!」と呼ばれて、
一緒に取り組んだ。
だから、作り方は自然と覚えていた。
でも、最初から最後まで、
自分一人で料理を作ることはなかった。
自分で台所に立つという発想が、なかったのだ。
それは料理そのものより、
その後の空気が怖かったからだ。
姉が作った料理を、
母は本人の前では「おいしい」と言う。
でも、あとで小さく、
「あんまり、ねぇ。」
そんな言葉が聞こえてくる。
外で食べた料理にも、
「あれはちょっとね。」
そんなふうに感想を口にすることもあった。
子どもの私は、それを黙って聞いていた。
もし私が作ったら。
あとで何を言われるんだろう。
そんな気持ちだけが残った。
片付けも同じだった。
私はきれいにしたつもりでも、
「ここが残ってる。」
「ここも。」
細かく指摘される。
母に悪気はなかったのだと思う。
でも私は、台所へ行くたびに、気を遣っていた。
それに、
「台所を貸すと散らかるから。」
そんな言葉を聞いたこともある。
子どもの私は、多分、無意識に萎縮していた。
だから、自分から台所へ立とうとは思わなかった。
やってみようという気持ちが、
育たなかっただけだった。
だから母が、
「娘たちは誰も料理をしない。」
と嘆くたび、
私は「ああ、またか」という気持ちになった。
頼まれたこともない。
自由に使えたこともない。
それでも、
料理をしないことだけは責められる。
私はずっと、
料理が嫌いなんだと思っていた。
でも、本当に足りなかったのは、
料理の才能でも、
やる気でもなかった。
安心して台所に立てる場所。
その場所を、
私はまだ知らなかった。
数年後。
初めて自由に使える台所を手に入れた私は、
仕事帰りの夜七時から、
ロールキャベツを作るようになる。
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学校で覚えてきたキャベツのサラダを、息子が作ってくれた日。
子どもの頃に私が持てなかった「自由に料理をしていい」という時間を、息子には渡したいと思っています。
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安心できる場所があるだけで、人は少しずつ自分らしくなっていく。
そんな「居場所」の力を書いたエッセイです。
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