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親子じゃなく、“管理者と被管理者”みたいになる時がある

私は管理したいわけじゃない。
でも気づくと、
“管理する人”みたいになっている時がある。

宿題。
デジタルデバイス。
寝る時間。

「やった?」
「そろそろじゃない?」
「時間、大丈夫?」

そんな声かけを、毎日繰り返している。

もちろん、
全部を放っておいていいとも思っていない。
だから声をかける。

でも、何度も促しているうちに、
だんだん空気がおかしくなっていく。

特にしんどいのが、
本人に頼まれている時だ。

「一緒に勉強見て」

そう言われたから、
私は時間を空けて待っている。
でも、なかなか始まらない。

声をかける。
すると、
「めんどくさい」
が返ってくる。

後回しにされ続けて、
だんだん私もイライラしてくる。

そして、つい言ってしまう。

「やりたくないなら、やらなくていい」
「私は、あなたに頼まれたから言ってるだけ」
「協力してほしいなら、それにふさわしい態度を取って」

そこまで言うと、
息子はしぶしぶ始める。
でも、その時の私はもう、
母親というより、
管理者みたいだなと思う。

本当は、
勉強を見てあげたいだけだった。
一緒にやろう、
という時間のはずだった。

でも気づくと、
進捗確認をして、
時間を見て、
促して、
空気を悪くしないよう気を張っている。
そんな時間になっている。

逆に、
悪態をつかれず、
スムーズに進む日は平和だ。

ただそれだけで、
ちゃんと親子でいられる。

だから私は、
“管理”が嫌なんじゃなくて、
管理を始めた瞬間に、
親子の空気が変わってしまう感じが、
苦しいんだと思う。


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このお話は
ゲームが悪いんじゃない。シリーズです。
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