私は、サンドバッグには戻らない
もう、その声を聞き続けるのが限界だった。
私は玄関を開けて、 夜の外へ出た。
マンションの廊下は静かだった。
さっきまで、
頭の中を埋め尽くしていたキーキーした泣き声が、
急に遠くなる。
息がうまく吸えなかった。
胸がザワザワして、 喉の奥が詰まる。
私はそのまま、 近くの公園まで歩いた。
夜の公園には、 誰もいなかった。
桜の木に手を当てる。
木の皮の生の感触が、
少しだけ私の呼吸を戻してくれる。
なんだか、 涙が出てきた。
私は、
ただ「息子に怒っている」わけじゃなかった。
もっと古い、 もっと深い疲れが、
実は、
あの時間の中で一気に浮き上がってきていた。
困った時だけ、 こちらを呼ぶ。
でも、 こちらの疲弊には気づかない。
相手が不安でいっぱいになると、
こちらの都合や体力は、
簡単に後回しにされる。
そんな感覚。
私はずっと、 “処理する側”だった。
問題が起きた時、 冷静に考える。
どうしたら解決できるか考える。
整理する。
支える。
回す。
でも、 こちらが限界でも、
それは「後でいいこと」になっていく。
それが積み重なっていくと、
人はだんだん、
自分の痛みに鈍くなっていく。
私は公園の桜の木の下から、
自分のマンションの窓を見上げた。
リビングの灯りがついている。
時々、 息子の泣き声みたいなものが、
小さく聞こえてきた。
まだ泣いているのかな、と思った。
でも、もう、
あの声を聞き続けることができなかった。
聞いていたら、
自分の方が壊れてしまいそうだった。
私は、
「家族なんだから支えきゃ」
という感覚で、
ずっと生きてきた気がする。
相手が苦しい時は、 こちらが飲み込む。
こちらが苦しくても、 まず相手を優先する。
でも、 その繰り返しの中で、
自分の神経が削れていく感覚を、
私は何度も味わってきた。
そして気づいた。
私のこの息苦しさは
単なる親子喧嘩のものではなかった。
十数年、 理不尽さの中で、
自分の気持ちを後回しにして生きてきた。
ようやく少しずつ、
「自分を守っていい」 と
思えるようになり始めていた。
私は、 もう戻りたくないんだ、と。
自分の気持ちを押し殺して、
誰かの不安や怒りを、
一方的に受け止め続ける場所へ。
それが、 たとえ「母親」という立場でも。
それが、 たとえ大切な息子でも。
私は、 私を粗末に扱う人間の、
サンドバッグには、もう、二度と、戻りたくない。
そう思いながら、
夜風の中で、 ゆっくり息を吐いた。
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このお話は
「親子でも対等ていたかった。」シリーズです。
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