「おいしい」と言われるほど、料理が苦しくなった。
料理
そんなことを考えながら、
まな板の上でテキパキと野菜を刻んでいた。
でも、毎日は少しずつ景色を変えていく。
仕事を終える。
スーパーへ寄る。
献立を考える。
材料を買う。
帰って料理を作る。
食べる。
片付ける。
冷蔵庫を開ける。
「あ、明日は何にしよう。」
また考える。
また買う。
また作る。
そんな毎日を繰り返しているうちに、
夕飯は、私が作るものになっていた。
ある夜、
ぐつぐつと煮える鍋を見ながら、
ふと思った。
今日、
私が何を食べたいか、
誰にも聞かれていない。
「おいしい。」
「ごちそうさま。」
その言葉は、ちゃんと嬉しかった。
でも、その一言だけでは、
埋まらないものが少しずつ増えていった。
私が休める時間。
ぼんやりする時間。
何もしなくていい時間。
そんな時間は、気づけばどこにもなかった。
料理が嫌いになったわけじゃない。
ただ、料理を作ることが、
「やりたいこと」から、
「私がやること」へと変わっていった。
その小さな変化が、少しずつ、
台所へ向かう足取りを重くしていった。
📚 次の記事
▶️「お前は、男にごちそうしてもらうのが当たり前だと思ってる。」
外食へ連れて行ってほしかったわけじゃない。
私が本当に伝えたかったことは、最後まで違う意味で受け取られてしまいました。
📚 関連記事
▶️ 仕事か、家庭か、じゃなかった
「仕事」と「家庭」のどちらかを選べなかったのではありません。本当に苦しかった理由を書いています。
いいなと思ったら応援しよう!
記事を読んで応援したいと思っていただけたら、とても励みになります。いただいたチップは執筆活動に大切に使わせていただきます。