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「おいしい」と言われるほど、料理が苦しくなった。

料理
そんなことを考えながら、
まな板の上でテキパキと野菜を刻んでいた。

でも、毎日は少しずつ景色を変えていく。

仕事を終える。
スーパーへ寄る。
献立を考える。
材料を買う。
帰って料理を作る。
食べる。
片付ける。
冷蔵庫を開ける。

「あ、明日は何にしよう。」

また考える。
また買う。
また作る。

そんな毎日を繰り返しているうちに、
夕飯は、私が作るものになっていた。

ある夜、
ぐつぐつと煮える鍋を見ながら、
ふと思った。

今日、
私が何を食べたいか、
誰にも聞かれていない。

「おいしい。」
「ごちそうさま。」

その言葉は、ちゃんと嬉しかった。

でも、その一言だけでは、
埋まらないものが少しずつ増えていった。

私が休める時間。
ぼんやりする時間。
何もしなくていい時間。

そんな時間は、気づけばどこにもなかった。

料理が嫌いになったわけじゃない。

ただ、料理を作ることが、
「やりたいこと」から、
「私がやること」へと変わっていった。

その小さな変化が、少しずつ、
台所へ向かう足取りを重くしていった。

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外食へ連れて行ってほしかったわけじゃない。
私が本当に伝えたかったことは、最後まで違う意味で受け取られてしまいました。

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