「お母さんが死んだら、ぼく一人ぼっちになる」と泣いた夜
八景島からの帰り道、そのまま家に帰るには名残惜しくて、みんなでファミレスに寄った。
曇り空の一日だった。
釣りをして、イルカショーを見て、たくさん歩いた。
息子は、小魚の口から釣り針を外す場面を
「かわいそうで見ていられない」と言っていた。
小さな魚が空中でぱたぱた跳ねるたびに、
「うわぁ……」と顔をしかめて、
半分泣きそうな顔をしていた。
それでも私は、
「命をいただくんだから、自分でちゃんとやってごらん」と言った。
息子は少しためらいながらも、
自分の手で針を外した。
そのあと、レストランで揚げてもらった魚を
「おいしい!」と嬉しそうに頬張っていた。
優しいのか、残酷なのか、
まだ境界線が曖昧なままの子どもだった。
夜のイルカショーも、
最初は「見たくない」と言っていた。
暗い会場が怖かったのか、人混みが嫌だったのか、
それとも別の理由なのか、
結局よくわからなかった。
でも、ショーが始まると、
息子は途中から目を輝かせていた。
水しぶきがライトに照らされるたび、
「すごい……」「綺麗……」と小さな声で呟いていた。
その姿を見ながら、私は少し安心していた。
ちゃんと楽しめている。
今日は、いい一日だった。
そう思っていた。
ファミレスでは、小さいテーブルを三つ繋げて、
七人で並んで座った。
ドリンクバーで取ってきた色とりどりのグラスが、テーブルいっぱいに並んでいた。
海風がまだ髪に残っていて、
肌が少しひんやりしていた。
店内のあたたかい空気に包まれて、
ようやく一日の余韻がほどけていくようだった。
息子は、大好きなアサリのパスタを
フォークにくるくる巻いて、
口いっぱいに頬張っていた。
「おいしい」と言う代わりに、
そのままニコッと笑う。
その顔を見て、私もふっと肩の力が抜けた。
今日一日、よく歩いたし、よく笑った。
このまま、楽しい夕食で終わるはずだった。
でも。
ふと、息子の表情が変わった。
フォークを持つ手が止まり、
視線がテーブルの上をさまよった。
胸の奥がざわっとした。
「どうした?」
そう声をかけた次の瞬間だった。
息子は、泣いた。
いや、泣いたというより、鳴いた。
肩を震わせ、呼吸が追いつかないほどに。
ひゅっ、ひゅっ、と息を吸う音が聞こえた。
お友だちも空気の変化に気づいていた。
「何か変なこと言っちゃったかな」
そう不安そうにこちらを見ていた。
でも、息子はもう言葉が入る状態じゃなかった。
こういう時に、あれこれ聞かれるのは苦しくなる。
だから私は、無理に聞き出そうとはしなかった。
落ち着いたかと思うと、また泣き出す。
それを繰り返していた。
私はただ、背中をゆっくりさすっていた。
周りにどう見られるかより、
私にとって大事なのは息子だった。
今、この子が安心できること。
それだけを考えていた。
しばらくして解散し、帰り道に出た。
息子はまだ少し泣いていた。
駅まで歩く間も、時々呼吸が乱れていた。
夜風が冷たかった。
私は息子の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いた。
二人になってから、
ようやく息子がぽつりと話し始めた。
「将来が不安なんだ」
息子には兄弟がいない。
いとこも、親戚も、ほとんどいない。
「お母さんが死んだら、ぼく一人ぼっちになる」
「大人になるのが怖い」
「自分でご飯、作れるかな」
「ちゃんと生きていけるかな」
そんな言葉が、ぽつりぽつりと出てきた。
十歳が、人生を嘆くみたいに泣いていた。
聞きながら、私はただそこにいた。
きっと、言葉にできないくらいつらかったんだと思う。
どうにかしてあげなきゃ、とか、
励まさなきゃ、とか、
そういう気持ちより先に、ただそう思った。
そして、頭をよぎった。
《この不安は、私のせいじゃないか》
思い出したくない場面が浮かんだ。
幼稚園バスの停留所から家までは数分だった。
それなのに、帰るまでに一時間以上かかっていた時期がある。
呼吸がうまくできなくなって、
途中でしゃがみ込むこともあった。
道端のブロック塀に手をついて、
何度も息を整えようとしていた。
息子は、小さな手で私の服を引っ張りながら、
不安そうに見上げていた。
何も言わなかった。ただ、引っ張り続けていた。
あの頃の私は、生きるだけで精一杯だった。
それでも止まるわけにはいかなかった。
ご飯を作らなきゃいけない。
働かなきゃいけない。
ちゃんと育てなきゃいけない。
「しっかりしなさい」を何度繰り返しただろう。
あの言葉は、息子に向けていたんじゃなかった。
本当は、自分自身に言い聞かせていた。
倒れるな。止まるな。ちゃんとやれ。
そうやって、自分を追い立てていた。
「精一杯だった」も本当。
「息子を苦しめたかもしれない」も、本当。
この二つは、どちらかを消せない。
両方、事実として持っていくしかないんだと思った。
息子が話し終わったあと、私はこう伝えた。
「話してくれてありがとう。その不安、一緒に考えていこう。どうしたらいいか、二人で学んでいこう」
それが、あのときの精一杯だった。
翌朝、息子は「不安だなぁ」と言いながら、
こちらに来た。
両手を広げて、「ままー、抱っこ」と言った。
抱っこは今でも大好きだ。
だから、何歳なのに、とか、
もう大きいのに、とは思わなかった。
ただ、この子が少しでも
安心できたらいいと思った。
抱きしめながら、
全身で包み込むみたいに背中を撫でた。
大丈夫。ここにいるよ。
そんな気持ちを、抱っこで渡したかった。
一週間後、セッションでこの話をした。
「それは、お母さんの影響というより、成長の段階ですね」
そう言われた瞬間、張っていた肩が少し落ちた。
成長していく中で、
次の段階に進むことそのものが、
不安になる時期がある。
「私のせいで何か大きな悪影響を与えてしまったんじゃないか」と思っていたものが、少し違う形に見えた気がした。
胸の奥にあったつかえが、
少しだけほどけていくようだった。
この子の不安は、この子のものだ。そう思えた。
その日、リビングから見える公園の新緑が、
やけに綺麗に見えた。
「そうだ、お弁当を作って、三人でピクニックしよう」
急にそう思った。
冷蔵庫の残り物を詰めて、だし巻き卵を焼いた。
豚丼と、ツナ炒めと、ぶどう。
たくさんの荷物を抱えて、
夫と息子が待つ公園へ向かった。
暑い日だった。
でも、日陰に入ると風が気持ちよかった。
夫と息子は、先にボール遊びをしていた。
息子は汗だくで、「お腹すいた!」と言いながら
ベンチに座った。
夫の隣で、マイクラの話をしながら
夢中でご飯を食べていた。
よく食べた。よく笑った。
なんでもない時間だった。
そして、静かに思った。
この子は、この子の人生を歩いていける。
大丈夫だ。
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息子との平和な日
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