待っていたのは、時間だけじゃなかった
帰宅したら、少し話そうと思っていた。
朝から長い一日だった。
行き渋り対応があった。
仕事があった。
ようやく少し神経が戻ってきた頃だった。
それでも、帰ったら話そうと思っていた。
息子はゲームをしていた。
いきなり切らせるのは可哀想だと思った。
だから横に座って、区切りを待った。
「あと少しで区切りだから」
そう言っていた。数分だと思った。
しばらくして、区切りが来た。
息子は言った。
「トイレ行ってくる」
もちろん先に行っていいと思った。
漏らしたら困る。
私はまた待った。
戻ってきた息子は、そのままゲームを始めた。
私は呆然とした。
怒ったというより、悲しかった。
私は、その時間を空けていた。
話をしようと思っていた。
抱っこもしてあげようと思っていた。
ただ待っていたわけではなかった。
でも、それは見えない。
待つ側の時間は、見えにくい。
息子に悪気はなかったと思う。
ただ、待っている人がいることが、
見えていなかっただけだ。
でもそれは、私も同じかもしれない。
普段は子どもを待たせないように気を配る。
でも自分が待っている時間については、
あまり考えてこなかった。
人との約束は、時間だけの話ではない。
「あなたのために空けていた時間」
の話でもある。
だからその日、少し悲しかった。
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行き渋りについて、続きはこちら⏬️
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削がれた母の神経を回復していくお話
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