ボルドーにおけるカベルネ・ソーヴィニヨンvsメルローは「キャッシュフロー」の問題である。知らんけど。
ポリンキー ポリンキー 三角形の秘密はね 教えてあげないよ チャン
「両雄並び立つ」と称されるポテトチップス界のカルビーと湖池屋。
ところがイメージしていたのとは裏腹に、その実態はカルビーが約70%、湖池屋が約20%という、3倍以上の圧倒的なシェアの開きが存在します。
さてボルドー・ワインと聞いて、皆さんはどんな姿を想像するでしょうか?
多くのワイン愛好家が思い浮かべるのは、メドック格付けシャトーに見られる、あの厳格で気品あふれる「カベルネ・ソーヴィニヨン」主体の姿かもしれません。
しかし、実際のデータに目を向けると、そこには私たちが抱くイメージとは大きく異なる「ボルドーの実像」が見えてきます。

ボルドーにおける主要2品種、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロの比率から、この地の美学を紐解いてみましょう。
1. 栽培面積の圧倒的な格差:66% vs 22.5%
ボルドー地方全体のブドウ栽培面積は約10万8,000ヘクタール(2023年時点)。その約89%を赤ワイン用ブドウが占めていますが、品種別の比率を見ると驚くべき差があります。
メルロー(Merlot):約6万6,000ha(赤ワイン用の約66%)
└琵琶湖とほぼ同じ面積

カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon):約2万3,000ha(赤ワイン用の約22.5%)
└なんと、大阪市とほぼ同じ

実は栽培面積においてメルローはカベルネの約3倍もの広さを誇っています。「左岸の王者はカベルネだが、面積の覇者はメルローである」といえるでしょう。

2. 「液体」になると差はさらに広がる
興味深いのは、この差が「液体の量(ワインの生産量)」になるとさらに拡大するという点です。 栽培面積では3倍ですが、実際に瓶詰めされる液体の量では、メルロの比率は70%以上に達していると推測されます。
なぜ、面積以上に「ワインとしての液体総量」の差が広がるのでしょうか?
理由は、植物としての「収量(イールド)」の違いにあります。
果実の歩留まり: メルロは粒が大きく皮が薄いため、同じ1kgのブドウから搾れるジュースの量(歩留まり)がカベルネより多いのです。
多産な性質: メルローはもともと収量が多く、安定して多くの実をつけます。一方のカベルネは収量が控えめで、特に高級シャトーでは凝縮感を出すために厳しく収量制限を行います。
土壌の恩恵: メルロー主体の右岸は保水性の高い粘土質が多く、果実がふっくらと実り、結果として液体の量が増える傾向にあります。
3. なぜメルローが選ばれるのか
右岸(メルロー主体)の栽培環境
メルローが主役の右岸(サン・テミリオンやポムロール周辺)は、左岸に比べて保水性の高い粘土質土壌が多く、ブドウの木が水分を十分に吸収できるため、果実がふっくらと実り、結果として液体の量が増えます。
何故に左岸と右岸において、大きく土壌の差が表れるのか。
これは双方における距離の認識の違いにあります。
例を挙げると、メドック ポイヤック村の「シャトー・ラトゥール」と右岸ポムロールにおける「シャトー・ペトリュス」
両シャトーを地図上でレイヤーを掛けると、実にJR京都駅からJR芦屋駅までにほぼ等しくなります。
「そら、違って当然やろ」
と気づく方も多いのではないでしょうか。
4. ボルドー・ワインの「実像」
私たちが「ボルドーワイン」と聞いて思い浮かべるのは、カベルネ・ソーヴィニヨン主体の格付けシャトー(ラトゥールやマルゴーなど)かもしれませんが、実際に市場に流れている液体の圧倒的多数は、
「メルロー主体の、柔らかくて親しみやすいワイン」
なのです。
双方のぶどうにおける、必然的かつ合理的な経済的戦略
かつてはカベルネの比率がもっと高かった時代もありました。しかし、現代のボルドーがこれほどまでにメルローに傾倒したのは、極めて合理的な理由があります。
メルローは 早く熟し、量も取れ、若いうちから美味しく飲める。
いわゆるキャッシュフローが早いぶどうなのです。
一方のカベルネ・ソーヴィニヨンは晩熟でリスクがあり、量は少なく、熟成に時間がかかる。
経済的な投資が不可欠な上、どうしても回収までの忍耐を必要とします。
メルローの優位性
リスクヘッジ: 晩熟なカベルネは秋の雨で全滅するリスクがありますが、早熟なメルローは「保険」として農家を支えます。
市場のニーズ: 若いうちから柔らかく、飲みやすいスタイルが世界的に求められました。
キャッシュフロー: 早く熟し、量も取れ、すぐ売れるメルローは、ビジネスの柱として最適だったのです。
4.キャッシュフローのエンジン、メルロー
1. 人的資源の最適化(ヒューマンリソース・マネジメント)
ボルドーのように広大な面積(石垣島1個分以上の規模)を管理する場合、収穫時期の分散は経営上の至上命題です。
労働力の平準化: メルローはカベルネ・ソーヴィニヨンよりも通常1〜2週間早く熟します。
「二段構え」の収穫: メルローを先に収穫し、その後にカベルネを収穫することで、同じ収穫チームを使い回すことができます。
もし全てが同じ時期に熟すと、2倍の作業員と機材が必要になり、固定費が跳ね上がります。
2. 気候災害へのリスクヘッジ(アセット・プロテクション)
農業ビジネスにおいて「収穫できないこと」が最大の損失です。
秋の長雨・遅霜の回避: ボルドーの秋は天候が不安定です。メルローは早熟であるため、10月の長雨や腐敗のリスクにさらされる前に「利益を確定(収穫)」させることができます。
分散投資: 性質の違う品種を植えることで、特定の気象条件で全滅するリスクを抑える「ポートフォリオ」戦略として機能しています。
3. 回転率の向上(キャッシュフロー・マネジメント)
ワインは在庫期間が長いほど、保管コストと金利負担が経営を圧迫します。
「早飲み」ニーズへの対応: カベルネ主体のワインはタンニンが強く、飲み頃まで10年以上の熟成を要することも珍しくありません。対してメルローは若いうちから角が取れ、すぐに市場に出せます。
資金の早期回収: 現代の消費者は「買ってすぐ開けたい」傾向にあります。メルロー主体のワインは、リリース直後から美味しく飲めるため、在庫の回転が速まり、投資した資本を早期に現金化(キャッシュフローに変換)できます。
早期のキャッシュフローを入手するための手段で、最も有名なものはボジョレー・ヌーヴォーでしょう。
ボルドーにおけるセカンドワイン、サードワインもまたこれにあたります。
4. マーケット適合性(プロダクト・マーケット・フィット)
消費者の嗜好の変化も、メルローの経済的価値を高めています。
「甘みと果実味」というトレンド: 現代の消費者は、厳格な酸や渋みよりも、ふくよかな果実味と柔らかな口当たり、飲みごたえのあるボリューム感を好みます。
高単価での販売: メルローが生み出す「リッチで親しみやすい味わい」は、ワイン初心者から愛好家まで幅広く受け入れられるため、高価格帯でも安定した需要が見込めます。
<参考>
まとめ:経営者視点としてのメルロの評価
メルロは、醸造家にとっては「扱いやすい素材」ですが、経営者にとっては「リスクを抑え、人件費を効率化し、現金を早く回収してくれる優良資産」といえるのです。
しかし、このバランスもまた「進化」の局面を迎えています。
近年の温暖化により、メルローは糖度が上がりすぎる(アルコール度数が高くなりすぎる)という課題に直面しています。
今、再びカベルネの持つ「酸」と「構造」が見直され、あるいは新たな適応品種の導入が始まるなど、ボルドーの地図は書き換えられようとしています。
次にボルドーワインを口にする時は、その液体が「広大なメルロの海」の一滴なのか、それとも「稀少なカベルネの結晶」なのか、
そんな背景に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
メートル・ド・テル
初田 智
