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【小説・ヴィーナス症候群】(51)改革に挑む青年議員・男同士の絆

登竜門

「Public Policy Platform(通称・PPP)」は、政策提言を志す企業人・研究者・地方自治体・若手政治家らが集う、実務者主導の政策交流ネットワークである。
党派を問わず政策本位での議論を掲げており、政治家と経済人が“顔と名前”で意見を交わせる場として、特に改革を志す若手議員たちに人気がある。

この日開かれた春季フォーラムは、年に二度の大型イベントの一つ。
テーマは《共助と技術革新の未来:制度の“再設計”へ》。
会場には企業経営層、自治体幹部、研究者、民間シンクタンクの関係者などが集い、
公開パネルと個別セッションが並行して行われていた。

都内のあるコンベンションホール。

分厚いカーテンで仕切られた控室の中、改革派の若手議員・五条誠司はスタンドミラーの前でネクタイを締め直していた。

「いい感じやな」

鏡に映るのは、30代前半、精悍な顔立ち。
明るい紺のスーツに白いネクタイ。演壇に立つには申し分のない装いだった。



テーブルの上では、iPadでスライドが確認されている。
義手の少女がバトントワリングをする一枚が、タイトル画面に大きく表示されていた。



背後では、有馬大翔(政策担当秘書・元経産官僚)が、静かに確認を終えて言った。

財務省、動く気配なしですね。“慎重であるべき”って、八代主計官が明言してました」

「ま、そらな。“技術で軽くなる”って話、向こうは嫌がるやろ。
でも財務省なんて、こっちが削減の方向で言えば本来、味方ちゃうの?」

「理屈では、そうなんですが……“雑な削減”はかえって省内でも嫌われるんです。道具があるから等級下げろ、ってやり方には、財務官僚も抵抗感あるようで」

「へえ」

五条は、軽く笑った。

「要するに、“本気の見直し”が怖いってことやろ。
道具が進化して、制度が変わるのが見えてきたから、守りに入った。
——それなら、それでええ」



塩谷(広報)が入ってきた。
いつものようにきらびやかな資料フォルダを片手に、手早くSNSの反応を伝える。

「前回の質疑動画、再生数もう9万回いってます。『改革派のホープ』『若手の星』って感じで、党内でもざわついてますよ」

「今日のスピーチ決まれば、青年局長は射程圏内っすよ」
と、藤田(インターン)が明るく言う。



有馬は、スライドをもう一度チェックしながら、慎重な口調で言った。

「財務省に頼らなくても、党内とメディアの受けが良ければ……制度提案の道筋は作れる。
今回は“現実的に通す”じゃなくて、“空気を動かす”回と割り切った方がいいかと」

「空気を動かす、か。ええな」
五条は頷いた。

「制度ってのは、最初は“ノリ”や。流れを作った奴が、次の枠を決める。
今夜、流れ作ってやるわ」



その瞬間、控室の扉がノックされた。
運営スタッフが顔をのぞかせる。

「五条先生、ご登壇5分前です」



五条は、ネクタイの結び目を少しだけ締め直した。
そして、スライドの冒頭ページに映るバトン少女を一瞥すると、笑った。

「よし、行こか」

Progressive Policy Platform Conference

PPP会 ― 次世代政策推進本部 合同戦略懇談会

(20XX年4月/都内ホテル・グランドホール)

壇上の照明が上がった。

スクリーンには、《制度は止まるな──“技術前提社会”の障害福祉を》と、大きな明朝体の文字。
壇に立つのは、紺のスーツに爽やかな笑顔を湛えた若手議員——衆議院議員、五条誠司である。

前列には党の幹部たち、側列には全国から集まった若手地方議員たち、
後方には財界関係者、スタートアップ経営者、メディアの記者たちが控えていた。

「皆さま、こんにちは。五条誠司です」

会場に軽い会釈。マイクが持ち上がる。

「今日は、“障害者福祉制度の再設計”というテーマでお話しします」


スライドが切り替わる。
そこには義手でバトントワリングを行う少女の写真。



「制度は、誰のためにあるのか。

私は、“できない人”のために制度がある——その大前提を否定するつもりはありません。
ですが、今、現場では“できるようになった人”が制度の中で置き去りにされているんです。

義手で生活し、義手でパフォーマンスし、義手で働いている。
けれど、彼女たちはいまだ“1級障害者”のままです。

——おかしいとは思いませんか?」



会場に、軽いざわめき。

「私は、“使えるようになった道具”を前提とした、
等級の再構成を提案したいのです」



幹事長代理が前屈みになる。広報戦略部長が手元のメモを止めた。
メディア席では、記者がスマホの録音アプリを起動させた。



「もちろん、誰もが最新技術にアクセスできるわけではありません。

だからこそ、“できるようになった人”と“まだ届かない人”を、段階的に分ける。
そこに補助と支援を組み込んでいく。
“努力と技術に応える制度”を目指すことが、政治の責任です」



会場、拍手。

スクリーンには、再び「制度は止まるな」の文字。
五条は一礼し、舞台を降りた。



舞台袖で待っていた秘書が耳打ちする。

「SNS、タグ“#制度は止まるな”が6位です。あと、財界の方が“彼、使えるかも”って」

塩谷(広報)は満足げにうなずき、藤田(学生インターン)は目を輝かせていた。
有馬(政策秘書)は冷静にメモを整理しながらも、ちらりと幹事長代理の方を見た。



幹事長代理は、控えめに腕を組んでこう呟いた。

「……五条誠司。
 意識が高く、話は筋が通ってる。青年局長、ありうるな」



登壇を終えた五条に声をかけてきた人物がいた。
濃紺のスーツに銀のタイピン。白髪まじりの髪を短く刈り揃えたその男は、
握手と同時に穏やかな笑みを向けてきた。

「ようやったな、五条くん。立派なもんや」

荒川道隆──関西精工株式会社・代表取締役社長。
そして、五条の母校・森之宮高校のOBでもあった。



森之宮高校は、堂島高・曽根崎高・上町高・松虫高と並ぶ大阪府立の名門校であり、
毎年、東大・京大・阪大をはじめとする難関大学に多数の合格者を送り出している。



「まさか後輩に、こんな立派な議員がおるとは思わんかったわ」
「いやあ……恐縮です。先輩には遠く及びません」
「いやいや。私は野球ばっかりやっててな、なんとか阪大には入ったけど」
「五条くんはサッカー部で大学は早稲田やったな? ほんま、文武両道やな」

「当時は、政治をやるなんて思ってもみませんでしたけど……」
「そういうもんや。志はあとから生まれる。
お前さんの取り組み、わしも関西産業振興会として注目しとるで」

荒川は、自らが副会長を務める財界団体「関西産業振興会」の名を口にした。
製造業、流通、金融、インフラ──関西経済の中枢を成す企業群が名を連ねる組織である。

「“支援は永続しない”っちゅう視点を、よう言うてくれた。
その分、持続可能性も問われるっちゅうこっちゃ。お前には期待しとる。振興会にも大手の福祉機器メーカーが加盟しとる」

「ありがとうございます。
そう言っていただけると、心から勇気が湧いてきます」



壇上を降りた五条の周囲には、企業幹部や自治体首長経験者などが次々と名刺を差し出してきていた。
その中心にいる彼は、“次代を担う改革派”というまばゆい光を浴びていた。

懇親会

PPP会・懇親会(20XX年4月/都内ホテル・最上階)

グラスの音が、天井のシャンデリアに反射していた。
ワインと日本酒、ステーキとオードブル。都内でも指折りの高層ホテル、その最上階のバンケットルームには、スーツ姿の若手議員や財界人たちがひしめいていた。

「いや〜先生、今夜のスピーチ、ほんまに良かったです」
「“制度疲労”って言葉、うちの幹部にも響いてましたよ」
「財務省も関心持ってます。若いのにようやりますなあ」



五条誠司は、どこかのグループに立ち止まれば、誰かが握手を求めてきた。
幹事長代理からも軽い頷きが送られてきた。
広報の塩谷はスマホでSNSの反応を確認している。

「“#制度は止まるな”、トレンド6位です。先生、これ本気で回ってます」



その一角。
ひときわ賑やかな丸テーブルには、五条の高校時代の旧友たちが集まっていた。

「おいおい、まさかお前がマイク持つ側の人間になってるとはな」
「うちの学年から国会議員出たん、お前が初ちゃうか?」

京大合格者数ランキングで常に10位以内に入る森之宮高校のサッカー部で汗を流した仲間たちは、今それぞれがエリート街道を歩んでいる。

「まだ毛ぇあるな。ハゲ始めてへんのが奇跡やわ」
「お前が一番ヤバいって、その生え際やろ」
「そっちのM字は制度で救済されへんで」

テーブルの笑いが弾ける。
グラスが重なり、冗談が飛び交う。まさに勝者の夜だった。

「そういえば義手でバトンゆうたらな、俺らの世代にもおったやん、手ぇの無い水泳選手。パラリンピック出た」
「あー、疋田凛やろ!あいつ、中学一緒やってん俺」
「そうそう、疋田凛ちゃんや!ヴィーナススマイルの凛ちゃんや!でもあの子、福井とかちゃうかったっけ?」
「うちの親、敦賀の原発勤めとったからな、中学は敦賀やってん」
「へー、そうなんや」
「でもな、その疋田凛、結婚して障害者水泳協会の役員やで。今は村内凛っちゅう名前らしいけど──ようあんなんと結婚するヤツおったなぁ」
「ははは!言いすぎやってお前!国会議員やろ!」
「いやでも、子どもとかどないすんねん。ああいうのって遺伝あるんちゃうん?」
「愛があったらなんとかなるやろ!愛や愛!」

テーブルは再び笑いに包まれた。

脇で聞いていた塩谷は一瞬だけ表情を止めたが、何も言わずにワインを口に運んだ。
藤田は少し戸惑いながらも乾いた相槌を打った。
有馬は視線を落とし、無言のまま食器を揃えていた。

名門・森之宮高校の頃は、世間の人が思っているであろう真面目なガリ勉だったわけじゃない。
サッカーやバカ話に明け暮れた青春時代に戻ったような雰囲気が、そこにはあった。



会場全体には終始、上機嫌な空気が流れていた。

ある財界関係者が五条の肩を叩きながら言った。

「次、局長のイス空きますよ。若手で回せって声、うちの連中からも出てるんでね。期待してますよ」



広報の塩谷は、記者にカメラのアングルを指示していた。

「このグループ、写真用にもうちょっと詰めてもらえますか? 先生、真ん中で」



会場の隅では、公式記録用の小型カメラが淡々と映像を録画していた。
誰にも気づかれないまま、夜の空気を、そのまま保存し続けていた。



自宅・午前0時半

ジャケットを脱ぎ、ソファに沈んだ五条は、缶ビールを手にテレビをつけた。

報道番組で、自分のスピーチがハイライトとして流れていた。
スクリーンの隅には「注目の若手議員、次のステップは?」の字幕。

「……完璧や」

SNSは未読通知で埋まり、政界関係者の名刺がポケットに数枚残っていた。
スマホを枕元に置き、ベッドへと向かう。



彼は、この夜を“勝利の夜”として記憶した。

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