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【小説・ヴィーナス症候群】(76)愛★おぼえててもらっていいですか

第1章 函館空港にて

函館空港のロビー。羽田行きの最終便を待つベンチに、恵麻は無気力に座っていた。

昨日まで続いた撮影案件は、どこまでも不可解なものだった。報道写真家を名乗る初老の男――西片真彦。映画と女優の話ばかりする男に付き合わされ、朝市では「うずくまってくれ」、競輪場では「さあさあ、一本書きのジョー様だよ!」と叫ばされ、挙げ句の果てには函館から100km以上離れたオシャマンベだかいう所の海辺に連れて行かれ「ジョニー!」と叫ばされた。疲労感というより、空虚さが先に来た。

(幻想に付き合って、金をもらってるだけ――)

そうつぶやいた昨日の自分の声が耳に残っていた。

義手は外してある。ジャケットの袖が左右ふわりと垂れて、片方の先だけが風で揺れた。何も持たず、何も押さえない。これ以上“なにかを演じる”必要のない場所で、恵麻は静かに息を吐いた。

スマホを開く。通知は特になし。ふと目に入った自分のストリートライブ映像のサムネイルが、スクロールの隙間から浮かんだ。

(……あれも、ただの失敗)

「乞食かと思った」

そのコメントだけは、時間が経っても剥がれ落ちなかった。歌っていたはずなのに、誰も声を聴いていなかった。ただ「腕がない」ということだけを見ていた。そう思ったときの羞恥、そして悔しさ。

そのとき、スマホが震えた。

紗奈からのLINEだった。

「恵麻! いますぐこの番号に電話して!」

添付された画像をタップすると、名刺の写真が表示された。

「芸能企画マイクロスプロ 代表 吉本真澄」
その下には、小さな金文字でこう書かれていた。

「鈴明美 40周年記念公演準備室」

(……鈴明美?)

数秒、意味がつかめなかった。

目線の焦点が揺れ、画面がかすかに歪む。自分の肩が動いたのか、ジャケットの袖が膝にこすれた。

恵麻は電話をかけた。

呼び出し音が2回。

「はい、吉本です」

「……あの、矢野恵麻と申します。紗奈から……あの……」

「あ、矢野さん。ご連絡ありがとうございます」

声の調子は落ち着いていたが、言葉の端に確かな熱があった。

「動画、拝見しました。高円寺でのストリートライブ」

胸が一瞬だけ締め付けられた。

「……あの、あれは……」

「いえ、内容の話は後ほどゆっくり。今日中にお返事がいただけると助かります。ご本人――鈴明美さんが、“この子に会いたい”と。バックコーラスの件で」

搭乗案内が流れた。「羽田空港行き最終便、ただいま搭乗を開始いたします」

恵麻は、スマホを耳から外した。義手のない袖が、膝の上にするりと落ちていた。

空港のガラスの向こう、滑走路に並ぶ誘導灯がかすかに滲んでいた。

第2章 小野寺睦子という声

「マイクロスプロ」は渋谷の雑居ビルの一室にあった。どこかの制作会社やネイルサロンと同じ階にあり、華やかさより実用性で構成された、静かな空間だった。

恵麻は指定された時間より10分早くドアをノックした。義手は着けてきた。袖の下に収まっていると、街の視線を気にせずに済む。

応対に出たのは、電話の声の主――吉本真澄だった。50代半ば、スーツの襟に折り目があり、目元に編集者的な神経質さが漂っていた。

「遠いところをありがとうございます。昨日は空港からでしたね。大変でしたね」

「……いえ」

口数の少ない返答にも、吉本は特に動じなかった。資料を広げながら、本題に入った。

「まずお伝えしたいのは、今回の話は“急な補充”ということです。コーラスの小野寺睦子さんが、今期の明美さんの公演で引退されることになりまして」

「引退、ですか?」

「はい。睦子さん、70手前でして。明美さんと30年の付き合いですが、今年の春くらいから高音が安定しなくなってきて……ご本人が、“地元に戻って静かに暮らしたい”と」

吉本はそう言ってから、机の端に置かれた紙の束を指先で揃え直した。

「気仙沼の方なんです。ご実家に戻られて、しばらくは地域の女声合唱団を手伝うとか。FM局の朗読ボランティアにも関心があるそうで」

「……年金生活、という感じですか?」

「たぶん、そうですね。長く厚生年金も掛けてたし、ひとり暮らしで扶養もない方だから。生活には困らないと仰ってましたよ」

「それで、“代わり”が私なんですか?」

そう口にした瞬間、自分で自分の語気に棘を感じた。吉本は頷いたが、すぐ言葉を重ねた。

「いえ、“代わり”ではありません。“選ばれた”のは、あなたです」

そう言って、デスク脇のノートパソコンを操作する。再生された映像は、例のストリートライブだった。夜の高円寺。アーケードの下。恵麻が義手を外したまま、マイクに向かって立っている。

「……これ、もう削除されてると思ってました」

「どなたかが保存してたようで。URL経由で回ってきて、たまたま明美さんが深夜に見つけたんです。翌朝には、“この子に”と」

映像は、途中で音割れを起こしながらも、恵麻の声が確かに響いていた。震えていた。掠れていた。でも、誰かに届こうとする輪郭が、そこにあった。

「明美さんが言ったんです。“この子の声には“痛みの線”がある”と」

「……痛みの線?」

「ええ。歌声に傷がある。でも、それを隠そうとしていない。“見せる”のでも“自虐”でもない。ただ、そのまま存在している。そんな声を、明美さんはずっと探してたんだと思います」

痛みの線。

その言葉は、恵麻の胸の内にゆっくりと沈んでいった。

痛みはある。誰にも分かってもらえなかった悔しさも、声を無視された夜も。忘れようとすればするほど、皮膚の裏に残るような、声に染み込んだ痛み。

それを“選ばれた理由”だと言われたことが、信じられないようで、でも少しだけ救いでもあった。

「やってみませんか。コーラス。来週からリハーサルが始まります。3ヶ月後には横浜公演の本番です。あなたのペースで大丈夫です」

「……私、譜面も読めませんし、手も……」

「睦子さんも譜面は読めませんでした。20代で入ってきて、耳だけで覚えてきた。だから大丈夫です。必要なのは“音の輪郭”です。あなたにはそれがある」

「……考えさせてください」

そう言ったときには、なぜか声が震えていた。

吉本は微笑んだ。そして一言だけ言った。

「また“聴かせて”くださいね。歌じゃなくて、声を」

第3章 スタジオの声たち

渋谷のスタジオは、地下鉄の出口から少し歩いた先にあった。ビルの地下に降りる階段は細く、機材を運ぶには不便そうな狭さだったが、音の反響は悪くない。照明は少し黄ばんでいた。

入口の扉を開けると、すでに3人ほどのスタッフが中にいた。簡素なカーペット。壁際にはコードがまとめられたアンプ、鍵盤の横におかれた譜面台、録音用のマイクが立っている。生の楽器ではなく、すべてはデータと同期された再生音の上に成り立っていた。

「おはようございます、矢野恵麻です」

「はい、お待ちしてました」

応対したのは、コーラス編曲担当の女性。30代前半、ハキハキした口調で、声の高さが音楽に馴染んでいた。

「じゃあ、まず軽く音出しから。『赤い約束』のハモリ、二声目をお願いしていいですか」

恵麻は、譜面台の前に立った。ただし、自分の目の前には譜面は置かれていない。代わりに、手元の小型スピーカーから流れるガイド音を頼りに、旋律を耳でなぞる。義手では、譜面のページを押さえることすら難しい。最初から「覚える」しかなかった。

マイクに口を寄せて、発声する。

「ふぁ……ぁ……あ……あ……」

自分でも驚くほどに、声が小さく割れていた。喉にひっかかる。震える。呼吸が浅い。

「あ、もう一度いいですか。今度は少しだけ腹から」

やり直し。

(昔、専門学校でやってたことだ。できないわけじゃない)

ふたたび深く息を吸い、吐く。腹を意識する。肩を使わない。息を通すように、もう一度旋律を追う。

「きこえていますか……」

音が揃う。

隣で、もう一人の女性が静かに頷いていた。

恵麻よりずっと大人びた雰囲気のあるその女性は、黒のカットソーにジーンズ、首元には細いスカーフを巻いていた。

「あなたが、今回入るっていう子?」

「あ、はい……矢野です」

「和久井沙織。明美さんのバックは、私と、前は睦子さんの二人でやってたの」

声には、どこか演技のリズムが混ざっていた。あとで聞いた話では、元ミュージカル女優で、現在も舞台の合間にこうして参加しているのだという。

「譜面、ないんだよね? 聞き取りだけ?」

「……はい、義手だと、押さえたり書き込みが難しくて」

「いいよ。私も昔は耳で覚えてたから。まあ、歳とってからは譜面に甘えてるけど」

沙織は笑った。けれど、恵麻にはその言葉の奥にあるものが、少しだけ引っかかった。

その日の練習は2時間。『赤い約束』と『七月の雨』、明美の代表曲ふたつを、それぞれ主旋律と下声・上声に分けて合わせた。ハモリは複雑ではないが、明美のタイミングは揺れることがある。譜面通りに歌えばいいというものではなかった。

練習の終わり、沙織が声をかけてきた。

「あなたの声、変な言い方だけど……“輪郭が見える”のね」

「輪郭?」

「明美さんの言葉を借りるなら、“痛みの線がある”ってことかな」

言葉の意味は、まだよく分からなかった。でも、その言葉はどこか体の奥で知っているものだった。

「睦子さんの声がね、あれだったの。柔らかいんだけど、かすかに破れてる。その破れ方が、人を安心させるというか。あなたのは、まだ破れてない。けど、薄皮一枚でぎりぎりつながってる。だから聴く側が緊張する。でも、それがいいの」

「……褒め言葉ですか?」

「そうよ。少なくとも、私は好き。あなたの声」

自分の声を“好き”だと言われたのは、何年ぶりだったろう。

「次は明美さん本人が来るよ。心の準備しといて」

沙織はそう言って、スタジオの照明を切った。

恵麻は、真っ暗になった室内にしばらく残ったまま、マイクの前に立っていた。

歌を歌ったあと、ただ“立っている”という行為が、どうしてこんなに心地よいのか――その理由が、少しだけ分かりかけていた。

第4章 あなたの声には、線がある

明美がスタジオに現れたのは、梅雨入り前の湿気が混ざった夕方だった。

スタジオのドアが静かに開き、細身のフレアスカートに白いリネンのジャケットを羽織った女性が入ってくる。髪はゆるく巻かれ、リーディンググラスを額に乗せていた。メイクは淡く、それでも強い輪郭が残るのは、カメラの前に立つことを知っている者だけが持つ「骨格」だった。

鈴明美。デビューから40年、戦火の慰問歌手からアイドル時代、そして今に至るまで“声を生き延びてきた人”のひとり。彼女の足取りは静かだったが、スタジオの空気は確実に変わった。

「おはようございます」

スタッフが一斉に立ち上がる中、明美は恵麻の方へ真っすぐに歩いてきた。椅子に座っていた恵麻は反射的に立ち上がるが、少しバランスを崩してよろける。ジャケットの袖が揺れた。

その揺れを、明美はじっと見ていた。そして、すっと手を差し出し――そのまま、手は宙に止まった。

「あ、ごめんなさい。無意識で……」

「……いえ」

恵麻が軽く頭を下げると、明美もすぐに微笑んだ。

「矢野恵麻さん、で合ってるかしら」

「はい……あの、はじめまして」

「はじめまして。映像、観ました。あの夜、寒かったでしょ」

(寒い、なんて……)

一瞬、何か言い返しそうになったが、明美は続けた。

「寒そうな声だった。でも、それが悪いって意味じゃないの。震えてて、どこにも着地してない感じ。どこにも置かれていない声。……私、それがほしかったの」

恵麻は、言葉の意味をすぐに理解できなかった。

「……どこにも、置かれていない?」

「そう。大抵の声は、“安心”とか“技術”とか“期待される音程”に置かれる。でもあなたの声は、“今、ここに居てもいいのか”って揺れてた。私はね、そういう声じゃないと、歌に“意味”を持たせられないの」

「意味……ですか」

「うん。意味って、“傷”にしか出ないと思ってる。痛みがない歌は綺麗だけど、響かない。睦子の声にもね、“線”があった。柔らかくて、でも縫い目みたいな線が」

「“痛みの線”って、吉本さんが……」

「ええ、私が言ったの。痛んだ声には“線”ができる。張りつめるから。で、それが、その人の輪郭を浮かび上がらせる。あなたの声には、それがあるのよ」

恵麻は、何も言えなかった。

あの夜、誰にも届かないと思っていた。むしろ“届かないで”と願っていた。でも、この人は、その“誰にも届かなかった部分”を聴いていたというのか。

「無理はしないで。でも、逃げないでね。ステージって、逃げられる場所じゃないから」

「……わかりました」

恵麻の声は小さかったが、よく通った。明美は頷き、ふと笑った。

「睦子にね、“声がもう上がらなくなった”って言われたとき、“じゃあ下の音で歌えば?”って冗談言ったの。でも、睦子は“それじゃ私の輪郭が残らない”って。……それ、あなたにはまだ残ってる。残ってるうちに、歌ってみて。私は、そういう人と一緒に歌いたいの」

スタジオに沈黙が落ちた。誰もそれを破らず、機材のファンの音だけが小さく鳴っていた。

その夜、恵麻は自分のボイスレコーダーを聴き返しながら、沙織に言われた言葉を思い出していた。

「まだ破れてない。でも、ぎりぎりつながってる」

「だから、緊張する。でも、それがいいの」

あの夜、アーケードの下で震えていた声が、今、音楽として“選ばれて”いる。そんな実感はまだ持てなかった。

でも、“逃げないで”と言われたとき、どこかでほんの少しだけ、「逃げなくてもいいかもしれない」と思った。

第5章 光のなかの声

ゲネプロは、横浜・みなとみらいホールの前日夜に行われた。

ステージ袖に立つのは、これが初めてではなかった。だが、今回のそれは何かが違っていた。スタッフの数も多い。ピンマイクのテスト。照明の角度。通しの立ち位置。舞台監督の指示が飛ぶたびに、恵麻の足元の感覚がふらつくようだった。

和久井沙織はいつもと変わらず、落ち着いた声で打ち合わせを進めていた。明美はマイクを持ち、さっきまでスタッフと台本の一文一句を確認していたが、ふとステージ袖に引っ込み、恵麻のところへやってきた。

「ねえ、今日は……義手、つける?」

その問いに、恵麻は少しだけ間を置いた。

「……外します」

「そう。じゃあ、衣装部にもそう伝えておくね」

袖を下ろしたまま、義手のない両腕で立っていること。それは舞台の「演出」としては異物かもしれない。でも、明美はそこで何も“足す”ことを望まなかった。

「あなたがそのままでいることが、私にとっての“ハーモニー”なの」

明美の声は、リハーサルの雑音とはまったく違う静けさを持っていた。

「昔ね、最初に睦子と組んだとき、“あなたの声、優しすぎて私の声が浮く”って文句言ったの。そしたら睦子、“私は裏だから浮かないようにしてる”って。……でも、今になって思うとね、浮いてたのは私のほうだった。睦子の声は、ちゃんと“支えて”たの。私の声の“底”だった」

「私も……“支え”になれるでしょうか」

「違う。あなたの声は、“影”じゃなくて“光の隣”にある」

その言葉が、恵麻の中に静かに沈んだ。

そして本番当日。

観客席が暗転し、照明がステージを照らす。千人を超える客席が、うねるように沈黙する。

イントロが始まる。ピアノの単音に、バンドがそっと重なっていく。

明美のすぐ横に立つ。左側に沙織、右側に恵麻。

「――きこえていますか」

明美の歌声に、恵麻の声が重なる。その一音ごとに、過去の自分が剥がれていくようだった。


高円寺の夜。動画に刻まれた“見られるだけの身体”。誰にも届かないと思った声。けれど今、そこに“聴いている人たち”がいる。

手はない。指もない。マイクは握っていない。でも、声はあった。その輪郭だけが、いまここにある。

“痛みの線”を持ったまま、恵麻はただ真っ直ぐに声を出していた。

曲が終わると、客席から深い拍手が降ってきた。

照明の向こう。最前列で、年配の女性が静かにハンカチを目に当てているのが見えた。

袖に戻ったとき、明美がそっとささやいた。

「あなたの声がなかったら、この曲……もう歌えなかったと思う」

「……ありがとうございます」

「また、一緒に歌おうね」

その瞬間、初めて“歌”というものが、自分の声にも宿ることを、恵麻は知った気がした。

“痛みの線”は消えない。けれどそれは、響きの芯になっていた。

誰にも届かないと思っていた声が、舞台の上で今、聴かれていた。

第6章 徳島より

徳島の高知県境に近い海べりの小さな町の町議会。

議会棟の控室、午後三時すぎ。小さなテレビが角に据え付けられた畳敷きの和室に、町議会議員たちが数人、湯呑みを手にして集まっていた。ちょうど休憩中で、議案第12号の審議を前に小休止が入っていた。

「これ、鈴明美やないか? ほれ、今BSでやってるわ。40周年言うて……わし、高松公演のとき見に行ったで」

「懐かしいなあ。“七月の雨”やろ? あれ聴いて、初恋思い出したわ」

「おお、あの曲な……あのころはカセットテープやった」

テレビの音量が少し上がる。画面にはスポットライトに照らされたステージ。中央に鈴明美。長年のファンならすぐに分かる、あの佇まい。だが、議員たちの視線がふと、その両脇に立つコーラスのひとりへと移った。

「……あれ?」

「……ん? あの、右の子。あれ……」

「恵麻ちゃんちゃうか?」

沈黙。

矢野議長……あれ、娘さんとちがいますか」

正太は、畳に置かれた湯呑みを手に持ったまま、返事をしなかった。画面を凝視したまま、わずかに顎を引いた。

「……さあな。よう似とるけんども」

「いや、間違いない思いますよ。……見てください、あの立ち方。クセやろ、あれ。首、ちょっと傾けるとこ」

別の議員が小声で言う。

「……議長、あの子、まだ東京おるんですか」

正太はようやく湯呑みに口をつけた。答えは出さないまま、茶だけをすすった。

「しかし……出とったんやな。歌のほうで。びっくりや」

「なんや、“モデルで食えんようになった”言うて町の噂になっとったけどな」

「まあ、そもそも議長があの子のこと“公務員以外、職業と認めん”とか言うたのが……」

その空気に、ひとりが気まずそうに咳払いをした。

「……まあ、立派なステージには立っとるわな」

「いやしかし、あんな大舞台に……ちゃんと“聴かれとる”ってことやろ。今の若いもんはすごいな」

「……」

議員たちの会話が続く中で、正太は一人、画面を見つめていた。

ステージの中の恵麻は、義手を外し、袖を垂らしたまま、まっすぐ前を見ていた。肩の震えも、口元の揺れも、かつて小学生だった頃の恵麻と同じだった。

あの頃、ピアノの発表会で椅子によじ登れずにいた恵麻を、「ちゃんとしろ」と言って睨んだ自分を、思い出していた。

声が響いた。

「――きこえていますか」

客席の誰かが、静かに涙をぬぐうのが画面に映った。

正太は、湯呑みの茶を一口だけ飲み干したあと、テレビのリモコンに手を伸ばし、音量を一段階下げた。

そして、小さくつぶやいた。

「……ようやっとるわ、あいつなりに」

それが、議長席では決して出せない声だった。

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