【小説・ヴィーナス症候群】[592]好き化粧
この世界では、生まれつき両腕を持たない女児が一定の割合で生まれてくる。
原因はいまだ医学的に解明されていないが、成長した彼女たちの中には、アパレルや義肢産業で「着せられる身体」として働く者もいる。
彼女たちは俗に「トルソーさん」と呼ばれていた。
サイセイ義肢の「トルソーさん」割出結菜は、その日、土浦行きの高速バスの中の人になっていた。
目的地は、西土浦にある国立先端医工学研究センター。通称、サイボーグセンターだ。
常磐線で土浦まで出て、そこから移動するよりも、高速バスで土浦新治インターまで行き、筑波参宮鉄道の常陸吉田駅で乗り換えたほうが安い。
そうトルコミで、どこかのトルソーが言っていたのを思い出し、その通りにしている。
西土浦駅で降りると、筑波おろしが一気に肌を刺した。
デニムのミニスカートにタイツ越しでも、寒さは遠慮がない。

駅から少し歩き、サイボーグセンターの建物が見えてくる。
仕事の開始までは、まだ少し時間がある。
結菜は、仲の良い義肢装具士の平浜優のところにも顔を出した。
「久しぶり!」
優が声を上げる。
「霞ヶ浦の牧場に行って以来だね」(第509話)
「ペガサス挑戦券の時ね」
結菜が笑う。
少し間を置いて、優が首を傾げた。
「あれ? ちょっと化粧変わった?」
「そう?」
結菜は自分の顔を意識する。
「昨夜また高校の頃の友達と会ったから、その時の流れかな」
「高校の頃?」
優は意外そうな顔をする。
「金沢だったけど、めっちゃギャル高だったよ」
「……ギャルだったの!?」
「そうだよ」
結菜はあっさり言った。
「学校行く時とか、プリ撮る時とか、男と会う時とかで、一々メイク変えてた」
「信じられない……」
「写真見る?」

スマホを差し出され、画面を覗き込んだ優は思わず声を上げた。
「めっちゃギャル!」
「でしょ?」
「どうしてギャルやめたの?」
結菜は少しだけ肩をすくめる。
「ギャルなんて疲れるだけだよ。冬もナマ脚出したりとか」(第571話)
一拍置いて、結菜は言った。
「もうギャルは定年退職!」
優は吹き出し、結菜もつられて笑った。
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