【小説・ヴィーナス症候群】(449)他のブランドのトルソーになれる?
生まれつき両腕のない女性——「ヴィーナス児」と呼ばれる人たちが、一万人に一人ほど生まれる時代。
原因はいまだ解明されていないが、その身体的特徴を活かして、アパレル業界では衣装展示や着用モデルとして働く人が多い。
「トルソーさん」と呼ばれるその職業は、障害者雇用の一形態として定着していた。
家久綾音もそのひとりだ。
大学を卒業してRiaに採用され、専属トルソーとして数年間働いてきた。
いまは二十五歳に手が届く年齢。
若い世代向けのブランドのなかで、自分が少しずつ“上の世代”に押し上げられていく感覚を、日々の現場で肌で感じていた。
Riaはもともとティーン向けのブランドだった。
大学生になったあたりから、もう年齢層から外れていることなど、とうにわかっていた。
それでも、可愛い服に囲まれているうちは、そんな現実を見ないふりができた。
丸の内コロニアタワーの直営店で立った日、客の女の子たちの立ち話が耳に刺さった。
「大学生になってまでRiaとかありえないよね〜」
それは笑い話のようでいて、真実だった。(第429話)
瞬間、何かが崩れるような感覚があった。胸の奥が熱くなり、視界が滲んだ。
その日から、アトリエの空気が少しずつ変わった。
誰も何も言わないのに、視線の端に「綾音はそのうち辞める」という文字が浮かんで見える。
もしかすると、自分自身がそう思っているだけなのかもしれない。
それでも、年齢には抗えないということだけは確かだった。

だったら、この先を考えなければならない。
Riaより上の年齢層を対象にしたブランドで、トルソーの求人が出ていないか。
夜、コルチカムの会の掲示板やトルコミを眺めてみた。
下着系の「ア・ミューズ」、キャバドレスの「Cherie」——そんな名前が並ぶ。
「下着とか、キャバドレス……?」
思わずスマートフォンの画面を閉じる。
数年前、コルチカムの会のサマーキャンプで出会った山形の子に、「東京に出て、そういうブランドに挑戦してみたら」と軽く言ったことがあった。(第294話)
あのときの言葉の軽さが、今になって胸に刺さる。
他人には簡単に背中を押せるのに、自分のこととなると怖くて動けない。
たとえア・ミューズなりCherieなりに入れたとしても、数年後にはまた同じ壁に突き当たる。
「おばさん」と呼ばれる年齢になった自分を、どこのブランドが使ってくれるのか。
このまま年相応のブランドを渡り歩き、最後はシルバー向けにたどり着く……?
乾いた笑いが喉の奥で小さく鳴った。
現実的な選択肢ではない。
そのことを認めるのに、時間はかからなかった。
テーブルの上に置いたスマートフォンを伏せ、画面の光が消える。
暗くなったガラスに映る顔が、少しだけ他人のように見えた。
#AI小説 #小説 #ヴィーナス児 #ヴィーナス症候群 #近未来小説
#家久綾音
