「もう薬剤師に戻れないかもしれない」|薬剤師ママの2年半のブランクと、そこで得たもの
おめでたい結婚式の帰り道、私は一人で心にぽかんと空いた穴を抱えていました。
祝いの席のはずなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。その理由は自分でもよく分かっていました。
私は薬剤師として働きながら、2人の子どもを育てています。新卒で入社してから約2年半で最初の産休に入り、そのまま2人続けて産休・育休を取得しました。現場を離れた期間は合計約2年半です。復職を前にした私の頭にあったのは期待ではなく、「もう元のようには働けないかもしれない」という不安のほうでした。
出産や育児で仕事を離れた人なら、似た気持ちを味わったことがあるかもしれません。休んでいる間に周りはどんどん進んでいく。自分だけが立ち止まっているように感じて、戻る前から気持ちが沈んでしまう。
この記事はそのブランクをどう受け止めてきたかの記録です。前向きな結論を先に用意して書いたわけではありません。落ち込んで、焦って、少しずつ考えが変わっていった、その順番のまま書きます。
薬剤師にとって、2年半のブランクが意味したこと
まず、少しだけ薬剤師という仕事の話をさせてください。
薬剤師になるには大学に6年通う必要があります。順調にいっても、社会人のスタートは24歳。そこから実務経験を積んでいきます。
この「実務経験の年数」は、薬剤師にとってなかなか重いものです。管理薬剤師の選任や、専門的な資格の取得など、一定の実務経験が求められたり重視されたりする場面もあります。
つまり、積み重ねた実務経験の年数がその後のキャリアの選択肢に影響する場面があります。
私は20代のうちに結婚、2度の妊娠・出産、産休・育休、そして復職までを経験しました。復職した時点での実務経験は2年半でした。
周囲が薬剤師として経験を積んでいく時期に、私は仕事を離れて子育て中心の生活を送っていました。
もちろん、結婚も子どもを授かったことも、私が望んだ大切な人生です。それでも、同期の仕事の話を聞くたびに、自分だけが取り残されたように感じることがありました。
ちょうど、これから経験を積み重ねて次の段階に進んでいく時期。その節目に2年半という空白ができました。
ただ仕事を休んでいた、という話ではありません。私にとってはキャリアがいちばん動くはずだった時期が、丸ごと抜けてしまったような感覚でした。キャリアを積もうと意気込んでも、実務経験の少なさが足枷になって前に進めない。そんなもどかしさを感じたこともあります。
結婚式で、心にぽかんと穴が空いた
その空白をいちばん強く突きつけられたのが、冒頭に書いた結婚式でした。まだ育休中のことです。
大学の友人なので、集まるのはほとんどが薬剤師です。おめでたい席で久しぶりに顔を合わせて、みんなで近況を報告し合いました。
そこで交わされていたのは、仕事の話でした。
ある友人は薬局長になっていました。別の友人は、全国を転々としながら、新しい店舗の立ち上げでリーダーを任されていました。ブランクなく働き続けてきた同期たちは、もう5年近い経験を積んでいます。
私が話せることは、子どものことばかりでした。
みんなが別の世界の人のように見えました。同じスタート地点にいたはずなのに、自分だけが遠いところに取り残されている。
「仕事が大変だから、早く産休に入りたい」
そう話す友人もいました。悪気がないのは分かっています。それでも、素直にうなずけない自分がいました。休むことがこんなに重いことだと、私は知ってしまっていたからです。
その場では笑っていました。それなのに、帰り道はずっとあの穴が埋まらないまま。冒頭に書いたのは、このときのことでした。
復職して、現実にぶつかった
不安を抱えたまま、それでも私は現場に戻りました。そして、戻ってからのほうが大変でした。
1番こたえたのは、子どもの体調不良です。
働きたくても働けない日があります。子どもが熱を出せば、仕事は休むしかありません。周りに迷惑をかけ続けているという申し訳なさで、いっぱいでした。戻ってきたばかりで、まだ何も返せていないのに、休んでばかりいる。その事実がずっと重かったです。
知識の面でも、ブランクははっきりと出ました。
2年半の間にいくつもの法改正があり、ルールが変わっていました。それだけではありません。薬の作用のしくみや、飲み合わせといった、薬剤師にとって当たり前に頭に入っているはずの知識が抜け落ちている場面があったのです。
ある患者さんに、糖尿病の薬を説明していたときのことです。薬が変更になり、「前の薬と実際にどう違うのか」と質問されました。
答えられませんでした。正確には、知識が曖昧だったため、分かりやすく言い換えられず、はっきり答えられなかったのです。
以前なら、迷わず答えられたことでした。それが出てこない。
悔しくて、薬剤師として恥ずかしくて、焦りました。そのとき、「私はもう、以前のように薬剤師として働けないのかもしれない」と思いました。
もちろん、その日のうちに調べ直しました。今なら、同じ質問にきちんと答えられます。それでも、あのとき感じた焦りは忘れられません。
戻れば元どおり、ではありませんでした。
戻ってからが本当のスタートでした。
当事者になって、見える景色が変わった
それでも、働いているうちに少しずつ気づいたことがあります。
以前の私は妊婦さんや、小さいお子さんの保護者と話すとき、知識で対応するしかありませんでした。相手がどんな気持ちでいるのかは正直なところ、想像するしかなかったのです。当事者ではなかったからです。
でも、今は違います。
自分が妊娠したとき、薬が胎児に影響しないかがどうしても心配で神経質なくらい調べました。薬の専門家であるはずなのに、いえ、専門家だからこそ、自分のこととなると不安が抑えられませんでした。子どもがなかなか薬を飲んでくれないもどかしさも身をもって知りました。
だから今は、窓口で不安そうにしている妊婦さんや保護者を見ると、その人が具体的に何に困っていて、どんな気持ちでいるのかが以前よりずっと分かるようになりました。
以前なら、服用方法を説明して終わっていた場面でも、今は「お子さん、薬は飲めそうですか?」「生活の中で、飲ませるのが難しい時間帯はありませんか?」と、もう一歩踏み込んで尋ねるようになりました。
知識で答えるだけでなく、気持ちの部分に寄り添いながら、その知識を渡せるようになった。
回り道に思えた2年半は、こういう形で自分の中に残っていました。あの時間があったから、できるようになったことがある。そう思えたとき、少しだけ自分を許せた気がしました。
止まっていたのではなく、物差しが変わっただけだった
正直に言うと、しばらくのあいだ、私はブランクの2年半を後ろめたく思っていました。
自分で望んで産んだのに、キャリアが止まってしまった、もう先には進めないのではないか。そんなふうに落ち込む日もありました。
でも、その考えは働く中で少しずつ変わっていきました。
止まっていたのではなく、進む方向と測る物差しが変わっただけだったのだと、今は思います。経験年数では測れないものが、あの2年半で確かに増えていました。
復職して、1年あまりが経ちました。限られた時間の中で優先順位を考え、分からないことを放置せず、周囲への相談や共有を早めに行う。そんな積み重ねを、人事評価でも見てもらうことができました。時短勤務でもやるべきことをきちんとやれば、ちゃんと見てもらえる。それが分かって素直にうれしかったです。
数字の上での経験年数は、まだ同期に追いつきません。それでも、私は私の速度で進んでいる。そう思えるようになりました。
これから復職する人へ
もし今、復職を前にして不安でいっぱいな人がいたら、伝えたいことがあります。
最初から以前と同じように働けなくて大丈夫です。私も、まったくそうはいきませんでした。
私も最初からすべてを取り戻そうとするのをやめました。分からなかったことはその場で確認し、後から調べ直す。まずは一日を終えること、次に一週間働くこと。その繰り返しで、少しずつ仕事の感覚を戻していきました。そして、失った時間を取り戻そうとするあまり、家庭や自分の心身を削りすぎないこと。これはいちばん大事だと思っています。
キャリアに、正解はありません。
そのうえで、私はこう考えることにしました。私はキャリアの早い時期に、子育ての大きな山を迎えました。子どもが少しずつ成長した先には、そのときの自分だからできる働き方や、新しい挑戦もあるのかもしれない。今はそう考えています。
これは、自分に言い聞かせている面もあります。それでも、後ろめたさでいっぱいだったあの頃より、今のほうがずっと前を向けています。
2年半の空白は消えません。
でも、無駄でもありませんでした。
私と同じように戻ることに不安を感じている人に、少しでも届いたらうれしいです。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。
【執筆者プロフィール】
真紀|薬剤師ライター
現役薬剤師/2児の母(3歳・2歳)/時短ワーママ
医療・育児・働き方・お金について、自身の経験をもとに書いています。
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