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そうです、わたスが変なオバサンです①

こんにちは。


以前、長年コラムやメルマガを書き続けているスゴイ人が言ってたんですが、
文章に「おもしろ」とか「笑い」を入れるというのは、リスクが高いんだそうです。

人によって笑いのツボが違うのですべりやすい、
ということらしいですが、
確かにM-1グランプリやR-1グランプリのネタの評価をSNSで見ると
「えっ、そうなん?私と違う」って思うことがありますね。

そもそもM-1をそんなに本気で視聴するっていうことも特殊かもしれませんね。
私も関西に住むまではM-1を見るという習慣がなかったですが、
職場の人たちがこぞって「今日はM-1決勝やから早よ帰らな」と言っているのを聞いて
十日えびすと恵方巻と共に吸収した、関西の文化となりました。



なんかこの人、予防線を張ってきてるな、と気付きましたかね?


ええ、
こんなタイトルとサムネイルで人を呼んできて
何を読ませるつもりだ、というプレッシャーを感じてのことです。

そもそも「志村けんの変なオジサン」が何歳にまで通じるのか、
も怪しいですし。



ちょっとね、この記事の意味がうまく伝わっていないかも
ということが気にかかってたんです。


で、自分のキャリアというか人生の選択を振り返ると
理路整然と考えたらそうはならないだろってことがいくつかあったので、
こういうことを考える人ってことは、そういうことか」
という説明としてお送りしたいと思います。

反面教師にしてもらってもいいかもしれません。


私の人物像として、

真面目で勤勉で、学生時代は学級委員をやりながら
小中高大と国公立で地元の大学に進み、末は地方公務員か先生になり、
30歳までに結婚して2人の子供をパートをしながら育てる、

ってなっててもおかしくはなかった雰囲気があります。

というか、親はそのようになることを望んでたと思います。
若い頃は公務員試験の受験案内が送られてきたりしました。

だからこその「逆張り」なのかもしれませんが、
安易に権威性や安定で物事を選びたくないという気持ちが強い大人に育ちました。
年功序列が強い職場とかも嫌いですし。

MBTI診断で「ESTP」とか「ESFP」が出るのも、そういう背景がありそうです。


あんな大学に行っといてアレなのですが、私は大学に行くことも
意味がわからんと高校生の時は思ってました。
母親に3歳児くらいの勢いでナゼナニを問い詰めた覚えがあります。
まぁ、実家を脱出するために致し方なかったのですが。



だから私は「それなりの理由がある」とか
自分らしい」とかを大切にしたいという想いがあります。

そのことで損や遠回りをしているとは思いますが、
楽しくはなってきてますね。

そんなポリシーが誰かの仕事探しに役立てば、と思っています。



子供のころの夢


さすがに幼稚園のころは「ケーキ屋さん」とか答えてたと思いますが、
小学生以降で覚えているのは

  • 通訳・翻訳家

  • 笑っていいとものテレフォンショッキングに出演するような人

  • さくらももこ

このあたりです。


このラインナップの中だと通訳・翻訳家あたりはフムフムと安心して聞けますね。

ただ、「親・祖父母ブロック」に遭いました。
当時、日本から海外に留学していた学生が銃で撃たれるという事件があり
家族こぞって「留学=命を落とす」と思っていたので
諦めろとハッキリは言いませんが「海外経験がないと厳しいよね…」みたいなことを言われました。

まぁそれだけで諦める理由にはならなかったのですが、少し調べてみると
通訳とか翻訳家っていうのは割と大きい仕事を獲得する人は固定しているとのことだったので、
(子供が調べた程度の情報なのでどこまで正しいかわかりませんが)
やっぱり厳しいのかな~、と思いました。
テレビを観ててもけっこう年配の通訳さんが出てましたしね。

それでも高校1年生までは志望校を外国語大学にして考えていましたが
先生に「後でどうにでもなるから一旦志望を東大にしろ」と言われたのと
外大は入学後に必須科目が多いから遊べないかもというミーハー心で
少しずつ潰えていってしまいました。

でも、大人になって会社の中でコミュニケーションを媒介する存在になった
というのは、ある意味通訳・翻訳家になっているのかもしれません。


テレフォンショッキング」については、
またしても古い時代のことを話題にしてしまい、とりあえずお詫びします。
ペルソナぶれぶれやんけ、ですね。

※知らない人のために 説明

「芸能人」ではなくて「テレフォンショッキングに出演するような人」
というのは意図的でした。
文化人とかでもいいわけですしね。

なんとなくブランド?タレント?がある人になりたかったのと
人と人とのつながりも意識の中にあったのだろうと思います。


さくらももこ
これはたしか、初のエッセイ本「もものかんづめ」を読んだのがきっかけだったと思います。
「ちびまる子の作者」から、彼女の見方が広がった瞬間でした。

ちなみに私は一人でちびまる子の全キャラクターをやったアテレコ
ラジカセでカセットテープに録音して楽しんでいたという黒歴史があります。

高比良くるまより先でしたね。
カール北川とはどっちが先かという感じです。(ドヤるところではない)


その後も私は比較的本を読まない人間でしたが、
林真理子とかの女性エッセイストの本は割と読んでいました。

物書きになりたい、という気持ちが多少ありました
外界との交流が絶たれそうなのがネックで現実的には考えていませんでした。
当時は今みたいにSNSもなかったですし、いろんな種類のメディアに露出、
というのもなかったので、ひたすら隠遁の身で文章を書くことになるんだろうと思ってました。

これも「作家になりたい」よりは「さくらももこになりたい」が強かったです。
ゆるっとしているけど芯があるキャラが好きでした。



笑いへの道


中学校までは受験無しで公立に行っていましたが
高校受験からはなかなかのプレッシャーの中で取り組みました。

ですがなんとなく思ってたのは
受験に落ちたらよしもとに入ろう」でした。
ええ、よしもとクリエイティブ・エージェンシーです。

実際にそんな行動力は無いので口だけの話ですけど、
何かの間違いでNSCに行っていた可能性が3%くらいはあったってことですね。
多くの人は0%だと思いますので。

テストの点数が悪いときはよく教室で
「いかんな~、これは吉本に来いってことかな~」
などとボヤいていました。楽しく過ごせたならそれでヨシです。


大学時代に、駆け出しの芸人の「チケットの手売り」に街で遭遇していたのですが
「私の方が面白いので」と言って断っていました。

もしかしたら向こうは自分たちが相当面白くないと思われた、
と受け取ったかもしれませんが、そっちではなくて。


そして新卒の就活時代には「放送作家になる」という選択肢を得ました。

そんな職業があるのを知らなかったのですが
ゼミで一緒に笑いの研究(!)をしていた同級生がホリプロで放送作家をする、と聞いて知りました。
ちなみに言語学のゼミです笑

その時はじゃあ自分も、とは思っていませんでしたが
社会に出てから20代の時に一度考えましたね。
松竹芸能の放送作家コースに入ろうかと思ったことが一瞬だけありました。


実際には内輪でウケが良かっただけの話で
全国レベルで面白いとかでもないですし、
歳を取るとともに「人を笑わせる」というサービス提供を売りにしなくなっていったので、落ち着いてきました。
おもしろを売りにすると女子はモテませんしね。
でも中年になると一周回って面白いとモテる気はします。

と言いつつ最近まで会社では部下に
「そう!スーを差し上げますみたいな感じで!!きっぱり言う!!
 そう!ゴイゴイスーのスー!!」
などと仕事を教えていたので
「アナタから教わった事の守破離の破はこんなことになってしまいました」
と歴代の上司に申し訳なさでいっぱいです笑。


こんなプロセスを経て新卒の就職活動では
広告代理店をはじめとしたマスコミを受けることになり、
その後マーケティングの要素を活かした仕事に就くようになりました。

こうしてみると
「モノの見せ方」「モノの伝え方」
みたいなことに関心がある人間なんだなということが浮かび上がりますね。
自分でもこうやって書いていて、一貫性がないようであるんだと気付きました。

今となっては外ヅラよりも自分のありのままを受容することのほうがテーマになっていますが、
昔は「セルフブランディング」とか「セルフプロデュース」というようなことをよく考えていました。


私は「成育歴を振り返れ」推奨派なのですが、
転職やキャリアを考えるときには「子供のときの夢」から辿っていくのもいいなぁと思いました。



キートン山田


はい。途中なんでまだあるんですよ。


後半へ続く。


時間を無駄にしたと思った方はここが損切りのタイミングです!
ありがとうございました!また別の記事でご訪問ください!



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いとまき | ひとり時間とキャリアの話 カフェインに弱いので、1日1杯だけ美味しいドリップコーヒーを飲むことにしています☕記事が面白かった・タメになったと思ってくださったお気持ちでコーヒーを飲むのが目標です🥰