自己紹介|中学生になった私|塾と受験勉強
こんにちは。水谷 真人です。
私は「可能性を最大化する」ことをミッションに掲げたAll Bridge株式会社にて、新規事業創出の支援や人財育成支援を行ってます。
そんな私は、どんな人だったのか、どうして今の仕事をしているのか、自分の過去の整理も含めてまとめていっています。前回は小学生、そして中学生になって恩師と出会った私。
今回はそんな私が「誰と一緒に時間を過ごすか」で人生が変わると実感した中学〜高校受験時代の話をしたいと思います。
私の性格の根底
私は、何かにのめり込みたい性格があります。
圧倒的な時間を注げば、いつかうまくいく。
そう信じてきました。
その原体験はサッカーと、もうひとつ――高校受験の勉強です。
努力することがかっこいい環境だった
私が中学の時に通った塾は、小さな塾でした。
有名な塾ではなかった。でも、そこには本気で頑張ることを笑わない仲間がいました。
一緒に夜まで勉強しながら、互いに励まし合い、競い合う。
「努力するのがかっこいい」と心から思えたのは、きっとこの時が初めてでした。

私は幸いだったのだと思います。
それは同じ環境で共に同じぐらいのめり込む人がいたことだ。その塾では、サッカー友達や毎日家に来ていた友達もたくさんいました。
私の中学校は市立であったが、こと勉強に関しては、多くの友達が「ちゃんとやるのが当たり前だろ」という風潮があったように思います。
とは言え、勉強だけしてる人は殆どいなく、皆んなサッカーやアメフト、バスケや野球をしており、休み時間はほぼ皆んな校庭で遊んでいました。
結果として、浦和高校や慶應志木に合格する友達もいたし、多くの友達がいわゆる進学校に入学する。
なので、本当に幸運なことではあるが、そういう環境にいれたことはよかったと思っています。
朝から晩までひたすら勉強した
当時の先生には申し訳ないと思いますが、私が1番印象に残ってるのは、友達たちと朝から晩まで塾の教室でずっと一緒に自習勉強したことです。授業も楽しかった思い出はあるが、冬休みも年末年始もすべて返上して勉強していました。
なぜその時の教室の記憶が残っているのだろう。
その塾は文字通りプレハブ小屋のような教室であり、決しておしゃれな教室ではなかったが、私にとっては皆んなと朝から晩まで一緒にいれること、努力できることが何よりも楽しかったのです。
皆んなと同じ目標に向かって、一緒に勉強できること、それが楽しかったのです。
国語が通用した公立高校入試
実は大学入試でも国語という教科にずっと苦しむことになるが、私は国語が苦手でした。
なので、模試や私立高校のテストには国語で苦戦したが、公立高校入試の国語のテストはやりやすかった。結果、私は埼玉県立川口北高校学校に合格することができた。受験番号が掲示板に表示されていたのは嬉しかったです。
今の自分に繋がる原点
この時の経験は、今の私の根っこにあります。
何かにのめり込みたい。
一緒に頑張れる仲間がいることがうれしい。
そして、仲間と切磋琢磨できる環境が何より好き。
All Bridge株式会社での仕事もまさにそれです。仲間と共に考え、挑み、学び合う時間が楽しい。きっとあのプレハブ教室で感じた「努力の楽しさ」が、今の私を支えているのだと思います。
おわりに
人は「どんな環境にいるか」以上に、「誰と一緒に過ごすか」で変わる。
そう強く思います。そして私自身、その学びを今の仕事に活かしながら、仲間と共に新しい可能性をつくっています。
