[バトルファンタジー小説] 『終末、生物兵器を駆除するだけの仕事』 第1話
▼タイトル▼┈┈┈┈┈┈┈┈
『 終末、生物兵器を駆除するだけの仕事 』
▼あらすじ▼┈┈┈┈┈┈┈┈
多くの国や文明が失われた長い戦争が終わり、半世紀近くが経った世界。地上には生物兵器が闊歩し続けていた。人々は地下コロニーで暮らす者と、天空の要塞で暮らす者、そして地上で生物兵器と戦いながら生きる者とに分断された。世界中枢組織に所属し、生物兵器の駆除を仕事とするのは人体強化手術を受けた二十代以下の若者たち。不慮の事から組織の失踪者となってしまった少年ジオは、野心を秘める青年セトと成り行き任せの青年レグの二人に出会い、仲間として再び組織に戻ることを決める。命を懸けて、多くのものを失い、奪われてきた彼らが、大切なものを見つけ、作り、取り戻していく物語。
▼本文▼┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
〝それら〟は、一体いつ誰によってどのように生み出されたのか、最初の出現から半世紀以上経つ今も判明していない。
世界中が火の海と化した大戦の末期、突如として各地に現れた。
全体的には蜘蛛に似ているが、頭部は蟷螂に似ておりドーム状の複眼を持つ。大きさは胴体のみでも軽自動車を越えるほどある。その胴体から伸びる、鉄骨のように頑丈な八本の足で素早く動く。
〝バグズ〟と呼称されたそれらは生物であって生物ではない。端的に言うと兵器であった。
核などの兵器とは異なり有害な物質を放つことはないため大規模な自然破壊をされずに済んでいるが、ただひたすら人間を殺すことを目的として動くという別の厄介さがある。人間を見つけ次第、本能に刻まれた天敵かのように殺しに来る。突然変異にしてはあまりにも同時多発的な発生だったことからも、生物兵器として定義された。
どの国も自分たちは開発していないと主張し続け、真偽不明の情報や様々な憶測が飛び交い、世界は混乱を極めた。疑心暗鬼と飢餓からの内戦も含め、どの国も甚大な被害を受けた。そして多くの国や文明が滅び、終戦した。
生き残った権力者たちで新たに世界中枢組織が構成されるも、各地の復興の目処は立っていない。
バグズは今も世界中を闊歩している――。
これは、そんな〝世界の終わり〟の時代に生まれた若者たちの物語だ。
* * * *
かつて市街地として栄えていたその土地は、長く続いた戦争の爪痕がそのまま残され、放棄されていた。崩壊した建物や割れたコンクリートを押し上げて草木が育ち、今やジャングルのようになっている。
息を切らして走る三人の男がいた。二人は高齢に近い中年、もう一人は青年と呼ぶにはやや早い、十代半ばの少年だ。
男たちの背後で破壊音が響き砂埃が舞う。瓦礫の山から、太く長い足が伸びている。足を激しく動かし、バグズは瓦礫や木々を薙ぎ倒して突き進む。
人体を容易く貫きそうな足が男たちのすぐ背後に迫っていた。
少年は意を決して立ち止まる。
一人で立ち向かうつもりなのか、自分が犠牲になって時間を稼ぐつもりなのか。その真意は本人のみぞ知るが、いずれにしろその姿はあまりにもか細く、心もとない。
少年の様子に気づいた二人の中年男は汗だくの顔を更に真っ青にし、足を止める。
最早これまでかというまさにその時、ザッと風を切る音がした。何か大きな獣の影が視界を過り、瞬きもせぬ間に爆発音と衝撃が男たちに届いた。
そいつは獣ではなく青年だった。
小麦色の肌に茶色がかった短髪の青年がバグズの胴体を殴っていた。
シンプルな殴打一発とは思えない威力でバグズは数メートル先まで吹き飛ばされ、ベシャリ、と生々しくも金属にも似た重い音を立てた。バグズはまさに叩かれた虫のように潰れていた。
青年の拳の装甲は自身の頭部ほどに大きいが、その動きはまるで重量を感じさせなかった。
三人の男たちは唖然とし、あまりのことに腰を抜かしている。
「ナイスガッツだぜ」
不敵な笑みの青年と目が合い、一拍遅れで少年はそれが自分に向けられた言葉だと気づいた。
「アンタは……」
「ケガは?」
少年の呟きは、よく通る新たな声に重なって消えた。
皆が視線を向けた先、バグズを倒した青年よりもやや線の細い三白眼の青年がいた。青みがかかった柔らかな髪を揺らし、木々や瓦礫をひょいひょいと飛び越えながら近づいてくる。こちらは手に大きな装甲ではなく長い棒を持っていて、少し装備が異なる。
「無事だぜ。そっちは」
「あっちにいた個体も倒した」
二人は端的に話してから三人の男たちのほうへ目を向けた。
「大丈夫ですか?」
男たちは「あ、あぁ……ありがとな。助かったぜ……」と動揺したまま口々に礼を言った。
「兄ちゃんら、タダもんじゃねぇな……駆除屋か?」
「いや待て。駆除屋のフリした盗賊かもしれねェぞ」
安堵している年配の白髪男を、顎髭が濃い中年男は静止した。得体が知れない若者二人に対しまだ警戒心を残している彼らこそ、盗賊とまでは行かずともどことなく見窄らしい身なりだが。
「正真正銘の駆除屋だぜ。しかも民間の駆除屋じゃなくWDOだ。俺はレグ。こっちはセト」
短髪の青年は親指でもう一人の青年を指しながら、腰にもう片方の手を当てて胸を張った。コートの上からでもわかる大きな胸筋。
「WDO……っつーことは、」
「はい。世界防衛機関のバグズ駆除部隊の者です」と、セト。
二人は揃いの黒いボディースーツを着ていた。レグはワインレッドのコートを、セトは黒いジャケットをそれぞれ羽織っている。腰まわりに複数の装備らしきベルトをし、腕と足に重厚な装甲。
レグは手の装甲、セトは長い棒、それぞれの武器が瞬く間に消えた。実際は粒子ほどに分解され使用時にまた生成される。魔法のような最新技術を目の当たりにし、男たちの表情は不信や警戒から一変、驚愕の色になる。
「じゃあアンタらが、あの〝オリオンズ〟……」
「マジかよ………俺、初めて見たわ……サイボーグ! じゃあアンタらは人体強化手術とかいうやつで……」
「オイ! そういう言い方は失礼だろ!」
「あ、いや、悪い」
顎髭の男は興味津々という様子だったが、年長者らしい白髪男に強い口調で嗜められ、口を噤む。
「いえ、慣れてるので。お気遣いありがとうございます」
セトは宥めるように軽く手を広げて見せた。その表情は苦笑にも見える一方で、やや事務的な無表情にも見える。
「オリオンズ………」
呟いたのは中高年の男たちと共にいた少年だった。明らかに動揺して、二人から少し距離をとるように後退っている。
「怖がらせたかァ? ワリィなァ。しっかし、さっき一人でバグズに立ち向かってたわりには強化人間は怖いんだなァ」
レグは困ったように眉をへの字にして頭をかく。
困惑というよりも怯えているような少年の表情を、セトはじっと見つめていたが、白髪の男が少年の頭にポンと手を置いたことで俯かれ、幼い顔は長い前髪に隠れた。
「うちの奴らが失礼な態度ばかりで、すまんな。俺たちはここから十キロほど北上したところにある村から来た。俺はゲンで、こっちはテツ。このガキはジオだ。辺境にあるうちの村はほとんど新しい情報も入らんと時が止まっているもんでな……。これでも俺たち三人は若いほうで、特にジオは村で唯一のガキだ。年寄りばかりの村の孤児なもんだから、外のことはあまり知らなくてな……。オリオンズも、俺たちにとっちゃ風の噂でしかなかった」
「フハッ」と思わず噴き出したのはレグだ。傑作だとでも言わんばかりに手を叩く。
「風の噂か! そりゃ目出度いなァ。まァこんな辺境までは俺たちも来る機会はなかなかないし、そりゃそうなるかァ」
「あぁ。それでちょっと驚いただけだよな、ジオ」
「………うん」
尚も俯いたままのジオの表情は見えないが、セトは優しい口調で応じた。
「断絶された状態の集落は珍しくありません。WDO公認のコロニー以外の場所で生きている人にとっては、僕たちオリオンズについてあまり知られていないということも、承知しています」
「知ったところで関わる機会も少ないだろうしなァ。バグズの出没が少ない所を見つけて定住してるワケだろ? ……あれ? つーか、それならオッサン達はこんな所で何してたんだ?」
「出稼ぎだ。俺たちは放棄された町を物色しとる」
「放棄された町を?」
「あぁ。大戦の後そのままになっちまってる場所は結構あるだろ。何十年前とはいえ、使えそうなモンが残ってたりするからな。何かしら発掘してあちこちで売って飯食ってるんだ」
「この先の水没都市へサルベージしに行く道中、ヤツらに出くわしちまったのさ」
「なるほどなァ。けど危ねェだろ」
「わかっとるさ。地上にはデカ虫どもがウヨウヨいる。だが地下コロニーに住めない俺たちみたいなもんは、危険を冒してでも稼がねーと、食って行けねぇからな。兄ちゃんたちこそ、俺たちよりよっぽど危ねー仕事だな。くれぐれも気をつけろよ」
「あぁ。それじゃァ……」
立ち去ろうとするレグを、セトの言葉が遮る。
「良ければ手伝わせていただけませんか」
全員が目を丸くしてセトを見つめた。
「僕たちの任務はこの辺りのエリアの調査やバグズ駆除です。土地勘がある方たちとご一緒できれば助かりますし、ご存知のとおり僕たちのほうが体力がありますから、サルベージのお役に立てると思います」
「……ふーむ。なるほどなァ」と、レグ。言いながらも大手を振ってセトに賛成するでもなく、あくまで一歩引いて事の成り行きに任せるような態度だ。
「……………」
その場にいた全員がセトの言葉に微かに眉を顰めていた。誰もあからさまに嫌そうな顔まではしていないものの、レグも含めてセトの真意を探るような妙な沈黙が一瞬漂う。
特にゲンは年長者らしく、セトを信用できるかどうかを見定めるような真剣な目をしていた。
「気を悪くしないで欲しいんだがな、こういう生業をしていると盗賊に遭うこともあるんだ。中には善人ヅラした、口が上手いやつもいた。無償で手伝うって言われると、どうもな……」
「こちらこそ気を悪くしないで欲しいのですが、あなた方だけで水没都市のサルベージは危険行為に思えます。もっと若くて体力がありそうな人が何人かいて大勢で行うわけでもないようですし、そもそもこの辺りはバグズの調査が進んでいないため生息データが少なく、また出現する可能性も十分あります。現にさっき、彼……ジオの行動は僕の位置からも見えていましたが、危険すぎました。無駄死にしに行くようにも思えて、WDOとしても見過ごせません」
「まぁ確かにな。俺たちゃ死にかけてたワケだし。もっと若い人手がありゃ苦労しねぇさ」と、テツがボリボリと頭をかく。
その言葉にジオは微かに苦笑するも、やや不安げな困り顔でもある。
「俺がもっと大人で、頼りになれれば良かったんだけど」
「お前のせいじゃねぇ。それに十分頼りになるさ。さっき一人で飛び出した時は肝を冷やしたけどな」
ゲンはジオのボサボサの頭を豪快に撫でた。こちらもやや不安げな困り顔。
「俺たちが偽物じゃねェことくらいは分かってるだろーけど、まァ〝風の噂〟の存在じゃ盗賊と変わらねーかァ? 手伝うだけで俺たちにとっちゃ仕事になるンだけどな」
「お互いメリットはあると思っているのですが、いかがでしょう」
真っ直ぐ見つめ返すセトに、ジオは控えめながら肯定的に頷いた。それを見るなりゲンもゆっくりと頷き、手を差し出す。
「命の恩人に無礼ばかりですまんかった。正直助かる。よろしく頼む」
セトはゲンとテツの握手に応じてから、ジオのほうを向き、手を差し出した。ジオが応じる。
「ジオ、よろしく」
「よろしく」
セトとジオは初めてしっかり目が合った。
伸びきったボサボサの髪に隠れ気味なジオの顔は、セトから見ると先ほどの無謀な行動とは印象が異なり、幼くも利発そうだ。そして、目力があり意思も強そうなわりには、怯えも緊張感もまだ残っていた。
* * * *
セトとレグはゲンが運転するジープを後ろから走って追った。車で通れないような場所も、岩や瓦礫はセトとレグの手で動かされて通行可能になり、荒れた土地でも進めた。長らく人が足を踏み入れていないであろう山を越えると麓に突如として湖が現れた。
晴れているからようやく薄らと対岸が見えるくらいには広大な湖だ。
風がなく波もないので、水面に映った空が貼り付けたように平面的に続いている。
水中には高い建造物が密集しているのが分かるが、底までは見えず深さは見当もつかない。さぞ繁栄していたであろう都市が眠る場所だ。
森の周辺は古い舗装道路がところどころに見られる。かつては街を見渡せる高台だったらしい。
移動しやすそうな位置に停車して水辺に歩み寄る。
「どういうモンを探して来りゃァいいんだ?」
コートを脱いで肩を回したり屈伸をしたり、軽い準備運動をしながらレグがゲンに問う。
「何でもいいがあまり劣化していない物があれば良いな。ガラス製品とかステンレス製品とかは高く売れる。うちからも一人行かせるから連携して進めてくれ」
「ジオが潜るか?」とテツが問い、ジオは僅かに目を泳がせた。答えたのはゲンだった。
「いや、酸素ボンベはテツが入手した物だからな、テツが使ってくれ。ジオに独断でさっきみてぇな危ねぇマネされても困る。ジオは晩飯の準備をしてろ」
何か言いたげなジオを宥めるようにテツはジオの肩を叩き、酸素ボンベを身につけた。
ジオは素直に従い、夕飯の支度をするらしく一人黙ってジープのほうへ向かった。
「僕も手伝うよ」
慰めるような、はたまた子供扱いするようなセトの言い方に、ジオは苛立ちを見せた。
「手伝うって言い出しておいて、潜るのは自分じゃないんだね」
思わぬ指摘と強い口調に面食らい、セトは目を丸くした。その背後で、レグが「フハッ」と噴き出す。しかしセトの冷たい一瞥で軽く咳き込み、「歳は同じだけど俺のほうが部下だからなァ」とレグはセトの代わりに答えた。
「不満があっても上官の指示には黙って従うもんだぜジオ」
「不満があるような言い方だな?」とセト。
クールながらもジトりと睨むような目。レグは聞こえなかったフリをして素早く飛び込み、魚も追い抜くような速さで泳ぎ始めた。
あまりの速さに「サイボーグってのは万能なんだなぁ……」目を丸めるテツ。
「お前、また……!」
「あ、悪い悪い、行って来るわ」
セトの冷たい目から逃げるように飛び込んだレグに続いて、ゲンの説教からやはり逃げるように飛び込んだテツ。
徐々に遠くなっていく二人の姿を見守りながら、セトとゲンはそれぞれに(まったく……)という感じで眉を顰めた。
「それにしても酸素ボンベなんてよく手に入りましたね」とセト。
「あぁ、ちょっとツテでな。旧式だが安く譲って貰えた。サルベージしてりゃ危険も多いが、独自の繋がりもできるんだ。っつっても一つしか無いから、テツに使わせて貰ってすまんな」
「レグなら大丈夫です。素潜りに見えたかもしれませんが、ボンベ着けてますよ。僕たちの装備は武器など様々な物の生成と分解が瞬時にできます。それに僕より泳ぎも得意なので問題ないですよ」
話していると、いつの間にかジオの姿がない。
辺りを見回すセトに、ゲンが言う。
「ジオなら獣の罠を張りに行ったか野草を採りに行ったんだろう」
「彼は足が早いみたいですね」
「………なぜそう思う」
「人体強化手術を受けた人間は気配や物音などにも少し敏感なのですが、僕が気づかないうちに姿を消せるほど足が早いんだな、と」
「…………。もともと影が薄いガキなんだ。どうせ近くにいるさ。あんなガキの足の早さなんて、俺やテツみたいな年寄りと変わらんよ。あんた、さっきも俺たち三人が逃げているところが見えていたと言っていただろう」
「なるほど…………。ところでゲンさんは、嘘がつけない人だと言われませんか?」
「藪から棒だな」
レグやテツの姿が見えなくなった暗い水底を険しく見つめていたゲンは、隣に立っていたセトに僅かに鋭い目を向けた。
「アンタ、盗賊じゃないにしても善人ってワケでもなさそうだな。腹の内を見せんツラしとる」
「よく言われます。僕にはゲンさんは正直な人に見えますよ」
「フン。よく言われる」
「それにしても、僕も夕飯の準備を手伝うと言ったのですが……。ジオにまだ怖がられているみたいですね」
「どうだろうな。正直ジオがアンタらの同行を承諾するとは思わんかった。警戒はしとるだろうが、俺はアイツなりに村の外の人間と関わりたがっとるようにも見える」
「外の人間と、ですか」
「年寄りばかりで終わりが見えている村にいりゃ、アンタらみたいな歳が近い若者との関わりは貴重だからな」
「なるほど。でもそれだけではないというか、少し気にな――」
言いかけた時、セトの耳元で機械的な音声が喋り始めた。
『付近にバグズ発見。位置情報を共有します。直ちに民間人の避難誘導とバグズ駆除を遂行してください。繰り返します。付近にバグズ発見――』
「この付近にバグズが見つかりました」
「!? 何だと!? アンタらには分かるのか?」
「いえ、僕たちは周辺にバグズ探知のためのAIドローンを飛ばして行動しています。探知したらドローンの所有者に通知されるんです」
「おーい、ジオー!! どこだー!!」
「ゲンさんダメです。バグズは人の声にも反応して寄って来てしまう。僕がジオを見つけて安全確保しつつ駆除も行います。あなたは隠れていてください」
「わ、分かった……! だがテツたちが………」
「水中で自在に動けるバグズは比較的少ないというデータがあります。ですので、見つかっていないならむしろ潜っている間のほうが安全かもしれません。レグには状況を通信しておきます」
「そうか、それなら、分かった。とにかくジオを頼んだぞ……!」
「はい」
強く頷いて踵を返したかと思うと、セトの姿は既に消えていた。
「え………」
駆け出した一歩目からどれほど遠くまで移動したのかと想像もできないほど、一瞬のうちに。ザザっと突風が吹いたように木々の葉が擦れる音がして、セトが数メートル離れた森の中に入って行ったらしいことだけはゲンにも分かったが。
ゲンは一人、唖然と立ち尽くした。
(徒歩でジープについて来れていたのにも驚いたが、あれくらいの速さは朝飯前だったのか……。得体の知れないデカ虫どもを駆除するためだけに人造人間になった特殊部隊――)
「オリオンズ、か………」
* * * *
(クソっ………!! この辺りはもう何年も人がいないってのに、なんでまだ殺人兵器がウロついてんだよ……!! よりにもよってこんなタイミングで……!!)
自生しているハーブが伸び放題で生い茂っている中、ジオは息を潜めていた。青々とした葉の隙間から、遠くで闊歩するバグズの様子を窺う。その距離は二百メートルほどだ。バグズは巨体とはいえ保護色になる性質を持つ。常人なら見えづらい距離と言えるが、ジオはその姿をしっかり捉えていて、上空を旋回しているドローンも認識できていた。
(落ち着け……。待っていればセトが来るはずだ。駆除を終えてセトとドローンがこの場を離れるまで気づかれずに、ドローンのカメラに映らなければいいだけだ)
自分に言い聞かせながら、不気味に蠢いているバグズをじっと見つめる。忙しない八本足とセンサーのように赤黒く冷たい目が光る頭部。
ごくりと自分が生唾を飲み込む音も、極力抑えている呼吸音も、ドクドクと早く鳴る脈音も、ジオにはやたらと大きく聞こえた。
自分が来た方角、つまり湖がある方から姿を見せたのはセトではなくゲンだった。
「おーい、ジオー!! どこだー!!」
(ゲンさん………!?!? なんで……!! くそッ! 肝心な時にオリオンズは何をやって……)
ハッとする。
ガシャガシャガシャッと騒々しい音を立て、精密な機械のように目紛しい速度でバグズは真っ直ぐゲンのもとへ迫っていた。
ジオは思わず駆け出していた。手にはサバイバルナイフがあるだけだ。
「うわあぁあぁあぁァァ―――!!!!」
叫び声を上げたのはバグズの注意を自分に向けるためか、単に自分を奮い立たせて恐怖を掻き消すためか、ジオにも分からない。
その瞬間バグズとジオのちょうど間の位置にいたゲンの姿が、消えた。魔法のように忽然と。
「えっ!?!?!!」
何がどうなっているのか混乱する間もなく、バグズはそのまま直進し続けジオに向かって来る。
(何がどうなってんだ……!!)
ジオは手足の震えや顔の筋肉が引き攣るのを感じたが、既にこの距離では背を向けるほうが危険であることもまた、感じていた。
(クソッ………!!)
重心を下にしながら正面を睨みつける。そして至近距離まで迫って来たタイミングでバグズの図太く鋭い足の間から胴体の下に滑り込み、眼前の胴体にナイフを突き刺した。正確には胴体と足の付け根の隙間だが。真っ直ぐ縦にではなく、胴体を足と引き剥がすように梃子の原理を意識して差し込み、自分はそこにぶら下がる。というよりも胴体の腹側にへばりついた。中から半透明で青黒い体液が外側に噴き出す。ギィイィぃぃと古い金属を擦り合わせたような嫌な鳴き声を響かせ、バグズは激しく暴れ出した。ジオは振り落とされないように必死にしがみつき、更に胴体をエグるべく手に力を入れていた。
「もう手を離していい」
言われて、ジオは反射的に手を離していた。どこから声がしたのか確認したり頭で状況を理解するよりも早く、なぜか完全に〝もう大丈夫〟だと体が判断していた。
手を離すと当然振り落とされるが、地面につくよりも先に今の今までジオがへばりついていたバグズの胴体が吹き飛んだ。
ジオが顔を上げるとセトが立っていた。手にはバグズの足のように数メートルはあろうかという長い棒。そしてその棒で殴り飛ばしたらしいバグズは、随分と後方まで吹き飛んでいて動かなくなっていた。
「危険な目に遭わせてしまい、申し訳ない」
残心の後に頭を下げるセト。ジオはさっと目を逸らす。
「まったくだ、アンタがもっと早く来ていれば……」
「いや、君がバグズに突進する前から到着していました」
「は……?」
「バーチャル映像でゲンさんの姿を映し出して、君がどういう行動をとるのか隠れて見させて貰っていました」
「なン………ッ!?!?」
「だから到着が遅れたことではなく、意図して君を危険に晒したことを謝罪しています」
あまりにも予想外の言葉に、ジオは怒りを露わにした。バグズの体液を浴びて汚れた小さな体はワナワナと肩を震わせ、長い前髪越しに鋭い目がセトを睨みつける。
「だけどこれではっきりと確認できました」
セトの言葉にジオはハッとして周囲を見回す。他には誰もいないが、上空には相変わらずドローンが旋回していた。
「………ッ!!」
「あれはバグズ探知用です。本部とは通信していないので安心してください。さっきの行動も僕の個人的な興味から独断で行ったことです」
「アンタ………」
「ええ、気づいていました。オリオンズ失踪者のリストに君が載っていましたから。僕、人の顔を覚えるのは得意なんです」
「……最初から信用ならない感じがしたんだ……」
ジオは独り言のような小声で苦々しく吐き捨てる。
「でも君は僕たちの同行を承認しました」
「…………。ゲンさんが決めたことだ」
「いいえ、君が承認したからゲンさんも僕たちを受け入れたんです。オリオンズから逃げ切るつもりなら断固として僕たちの同行を拒否したはずです。君は、かつてオリオンズから失踪せざるを得なかった、止むを得ない理由があったのではないかと僕は考えました。そしてもしかすると、そのことを僕たちに気づいて欲しかったのではないかと」
「…………。俺は別に、そんなんじゃない……」
「僕は君の意思を確認したかったんです」
「俺の意思……?」
「バグズを前にして立ち向かう意思です」
「…………」
「オリオンズの脱走は厳罰にあたる重大な違反行為ですが、君は自分がオリオンズの脱走者であることをゲンさんたちに知られてしまうリスクを冒してでもバグズに立ち向かった。それも今日、二度も。訓練や任務から長く離れていたなら、急な実戦は怖かったはずです。それでも仲間を助けるために命を懸けた」
淡々としたセトの口調は、腹の底を見せないようでジオは気に入らなかったはずだった。しかし今は優しく聞こえ始めている。自分の秘密を暴かれたことに対する動揺や不安だけではない、何か知らない気持ちによって心が激しく揺れ動いてることにジオはひどく戸惑った。
「俺は……――」
(俺は自分が臆病で卑怯者だと知ってる。大きな秘密と後ろめたさを抱えて生きて来た。さっき、『肝心な時にオリオンズは何をやってんだ』と思った途端に『自分こそ何をやってんだ』と情けなくて悔しくて、気づいたら走り出していたんだ……)
「危険な目に遭わせたことは謝罪します。その代わりと言っては何ですが、君のことは報告しません。本部にはもちろんレグにも、ゲンさんやテツさんにも」
「それは……――助かるけど……」
「僕よりまだ若いのに、身分を隠して身体的なことも隠して、失踪者として今日まで生きるのは大変だったでしょう。頑張ったんですね」
その言葉に、ジオは頭が真っ白になった。
瞬きをした途端に目から水滴が一粒落ち、自分が泣いていることに気づいた。自分が泣いている理由も、心を揺さぶる気持ちの正体も分からないままだが、なぜだかこの瞬間をずっと前から待っていたような気がした。それはもう気が遠くなるほど前から、ずっと。
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