一生ボロアパートでよかった【42】
あらすじ:新築の白い家を買った時、家族は幸せを手に入れたと思っていた。同時に、これからもその幸せが続くと確信していた。しかしその後、家族はそうはならなかった。白い家はゴミ屋敷に変貌し、父はアルコール依存症になり、母は蒸発した。そして少女は…。その過程を振り返る中で見つけた、少女にとっての本当の幸せの形とは?
これは、メンタルヘルスリテラシーの啓発を目的とした小説。
↓前話↓
前話要約: 元親友アオイちゃんは、不登校を続けるユイを学校に行かせるため説得を続ける。そこで明らかになったのは、恵まれた家庭で育ったと思っていたアオイちゃんもまたユイと"同じ"であるということだった。互いが抱える悲しみが重なった時、ついにユイは制服に着替える。
↓本編
制服に着替える間ずっと、私もアオイちゃんも泣いていました。部屋の中は、鼻を啜る音と衣擦れの音だけが響いていました。アオイちゃんの手によって制服のスカートを履かされ、セーラー服を羽織らされると、背後から再び凛とした声が聞こえました。
「"行きたくない"と思うことと、"行かない"と決めることは、全く別ものなんだと思う」
そう言うと、アオイちゃんは私の正面にまわり、セーラー服のファスナーをジリリと上まで締めました。
「 きっとユイちゃんは、まだ"行かない"って決めたわけじゃ、ないんでしょ」
アオイちゃんの手が私の首に回されると、セーラー服のスカーフが襟元に巻かれました。私はアオイちゃんと目が合うと、心の中でアオイちゃんの言葉を反芻しました。
たしかに、私が最初に学校に行けなくなったのは、親ガチャにはずれたと自覚し、これ以上自尊心が傷つけられることに恐怖したからでした。勇気を振り絞って学校に行っても、学校の静寂と喧騒の中に孤独を見つけてまた行きたくなくなりました。母が蒸発してからは、学校に行かなくていい丁度良い言い訳を見繕ったに過ぎませんでした。私はただ学校に行きたくなかっただけで、まだ学校に行かないと決めたわけではありませんでした。
「学校に行きたいも、行きたくないも、ただの感情。行く行かないは決断でしょ。感情だけでも人間は行動できるけど、逆境には感情だけでは立ち向かえない。逆境に立ち向かうには、決断が必要。私はそう思う。ユイちゃん、だから考えて、決断しよう。」
仕上げとばかりにシュルッとスカーフが襟元で正されました。
「ユイちゃん、あとはカバンを持って家を出るだけだよ」
アオイちゃんは、私の前に私のカバンを差し出して言いました。
「私はやりたくもない習い事は"行かない"って決断した。それが私にとって、逆境に立ち向かうための手段だった。それがきっと前進になると思った。ユイちゃんにとって今ここで殻に篭り続けることが、ユイちゃんの前進に繋がるならそうすれば良い。ユイちゃんにとって、逆境に立ち向かうための手段は、なに?」
私はアオイちゃんの真っ直ぐに見つめる瞳を見て、アオイちゃんには一生追いつけないなと思いました。ここまでお膳立てされて、気の弱い私が「行かない」と言うはずがありませんでした。たぶん、アオイちゃんはそれさえ見越して私を誘導していました。でも、それ以前にアオイちゃんは私が出す答えも見越していたのだと思います。アオイちゃんは昔から察しのいい子でしたから。
「私、学校に、行く」
私が差し出されたカバンを手に取ると、アオイちゃんは口元に弧を描いて言いました。
「じゃあ、一緒に行ってあげる」
アオイちゃんは私の手を握ると、部屋を出て階段を降りました。アオイちゃんも私も、リビングで寝ていた父には目もくれず、玄関まで足早にゴミをかき分けながら突き進みました。
玄関を出た瞬間、かつてないほど晴れやかな空と清々しい風が私を迎えました。私の手を温かく包んでいたアオイちゃんの手のひらがギュッと締まると、さあ行こうと言われた気がしました。
アオイちゃんの一歩に続いて私も一歩を踏み出しました。2歩目3歩目も自然と動きました。徐々に小走りになると、風を感じて気持ちよかったです。私は込み上げた感情を自然とアオイちゃんに伝えました。
「アオイちゃん、ありがとう」
アオイちゃんは少しの間を空けて答えました。顔は正面を向いていて見えませんでした。
「そのセリフは、私にはいらないよ。私も、ずっとユイちゃんに言ってなかったし」
「なにを」
「だから、ありがとうって。私、ユイちゃんにずっと言いたかったのに、言ってなかった。」
「でも、アオイちゃんも大変だったのに、私ずっと気づけなかった。私、いつも自分のことばっかりで」
「言わなかったのは私だし。あ、でも今更聞くのはなしね。お互い"自分の本当"を言わなかったのはおあいこでしょ」
そう言って振り向いて見せたアオイちゃん笑顔は、太陽に照らされて輝いて見えました。
つづく
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