英語を話したかった理由をやっと思い出した話
前の記事で書いたように、
人はどういう時に、
熱量をもって話したくなるのか。
そんなことを
ChatGPTのJarvisと話していた時、
僕の中で、
突然いろいろな感情が
一本の線につながりました。
それはECMの方向性を
考えているときに
僕が発言したこんなセリフが
トリガーでした。
自分の興味があることについて
語るときに、
英語で言えなかったら
日本語で語ってもらって、
それをAIが英語化したら
結構効果的じゃないかな
その瞬間、僕の中に
初めての海外旅行でアメリカの
ウォルト・ディズニー・ワールド
(WDW)へ行った時の、
空気とか、
会話とか、
その時感じた気持ちが、
一気によみがえってきました。
それと同時に
「ああ、
僕はこういうのが欲しかったんだ」
って
自分でも驚くくらい、
すべてが腑に落ちました。
初めて訪れたWDWで
僕は
英語が話せるようになりたい
と、強く感じました。
そしてそれは
英語がしゃべれたらいいな
みたいな
漠然としたものではなく、
もっと、ずっと
はっきりした感情でした。
いや、正確に言うなら
もっといろんな話がしたい
と思ったんです。
当時の僕は、
初対面の人からも
「Katzさんて
ディズニー好きなんですよね?」
と話を振られるくらい
社内でも知られた
かなりのディズニー好きでした。
今では少し遠のいてしまいましたが、
当時は知識もそれなりにありました。
パークで見かける
キャラクターの名前も、
ほとんど全て言えるくらいでした。
初海外がWDWでしたし、
それから10年くらいは
海外旅行先はWDWだけでした。
それくらい本当に楽しかったんです。
もちろん、
パーク自体のクオリティも
すごいんですが、
一番印象に残ったのは、
人との距離感でした。
ホテルの人も
パークのキャストさんも
楽しげに話しかけてくれるんですよね。
簡単な英語で話してくれていたのか、
思っていたより英語が聞き取れました。
冗談っぽく
こんなことも言ってくれます。
【きっとチップとデールのイタズラね】とか。
何となくだけど、
雰囲気で理解して、
僕も自然に笑顔になりました。
それはそれで
幸せな気分ではありました。
でも、
その幸せな気持ちの裏で
満たされない気持ちも
強く感じていました。
もっといろんな話がしたい
話しかけられた内容を
何となく理解して
YEAH!とかOH!とかNICE!
とかは言える。
だけど、会話にはならない・・・
もっと面白く返したい。
もっと笑い合いたい。
もっと、
その場の空気に入りたかった。
話したいことは
あたまの中に
次から次へと溢れてくるのに・・・
例えば
このアトラクション最高!
1番前のシートに座りたいんだけど?
さっきグーフィーも来てたよ!
この近くに隠れミッキーある?
このレストランの雰囲気好き!
そんな
生きた会話
がしたかった・・・
でも、
それができなかった。
言いたいことはある。
でも、
単語が出てこない。
表現がわからない。
ジョークも返せない。
なんというか・・・
"悔しい"というより、
せっかく、
自分の大好きな場所にいて、
大好きなことについて話したいのに、
自分の中にあるものを、
うまく外に出せない感じ。
"残念"
とか
“もったいない”
という気持ちの方が近かったかもしれません。
その時はきちんと
言語化できていませんでしたが、
あのとき、
ウォルト・ディズニー・ワールドで
感じたこと。
あのとき言えなかったこと。
そこにちゃんと戻れる形にしたい。
たぶんECMの原点は、
あの時ディズニーワールドで感じた、
もっといろんな話がしたかった
なんだと思います。
