北新地のカウンターで、知らぬ他人の言葉と隣り合わせた夜
ゴッドファーザーを一口飲んだ瞬間、夜がはじまった気がした。
強さと甘さが同居するその一杯は、今思えば、これから始まる何かの予兆のように、静かに喉を通っていった。
バーの空気は、いつもより低めのトーンで、深呼吸しているみたいだ。
隣には葉巻の匂いを纏った書店の店主。彼は独特なジン、トゥデーを傾けながら、ラベル裏に書かれたショートショートを読み、「文字を見ると、酔いが進むな」と微笑んだ。
バーで語られる言葉と沈黙は、同じ重さを持っている。
お坊さんは2杯を傾け、いつしか背筋を伸ばしてバーテンダーの仕草を眺める。
その姿は、不思議な静謐さを放っていた。
質について語ろうとした僕の未熟な言葉を、彼は恐れることなく受け止めてくれた――共感でも反論でもなく、ただそこに在るという形で。
やがてお坊さんが店を出た後、ジョニ黒のハイボールを頼んだ。
その瞬間、1席越しの背筋を伸ばした女性がくしゃみをして、それを断った。
断るという行為は、時に優しさであり、気まずさでもある。
彼女は穏やかに席を少し移動した――場の空気が、ほんの少しだけ変わった瞬間だった。
台湾から来た観光客と、その後に加わった英語堪能な投資会社員。
「神道は挫折した」と僕が言えば、その場はたちまち英語と笑顔の交流になる。
言葉は完璧でなくても、温度を運ぶ。
観光客と会社員は、初対面でありながら、まるで前から知っていたかのように顔を見合わせて笑った。
僕は会社の小競り合いの話をしなかった。
この夜には、肩書も悩みもいらない気がしたから。
バーのカウンターで飲む酒は、帰り道までが一杯の物語だ。
快速電車に揺られ、眼鏡についた小雨を拭いながら考える。
酔いと静けさが混ざったこの夜に、僕は何を持ち帰ったのだろうか。
言葉と沈黙。
重さと軽さ。
知らぬ他人の微笑みと、かすかな居心地の良さ。
この夜は、ただの夜ではなく、知らぬ他人と言葉を交換した夜の余韻として、身体の奥に静かに刻まれている。
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