【小説】noise-ノイズ 第15話|創作大賞2026
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遮光カーテンの隙間から、朝日が漏れ始めている。
ふと目を覚ましたミキは、自分がソファの上で眠ってしまったことに気づいた。元木が着ていたパーカーがミキの上にかぶせられている。
昨夜は元木とひとつのイヤフォンで音楽を聴き、他愛のない会話をするうちに、うとうとと眠り込んでしまったのだ。
壁の時計を見ると、午前6時を少し回ったところだった。
「……しまった」
今日は平日、仕事に行かなければ。ミキは慌てて身を起こした。隣を見ると、元木がソファから半身をずり落とし、不自然な体勢で寝息を立てている。
「ねえ、起きて! 仕事は?」
肩を揺さぶると、元木は「んー」と低く唸り、ぼんやりと目を覚ました。
「……いま、何時?」
「まだ六時だけど。私、仕事で九時出社だから」
「あー、そう……」
元木はまだ頭が働いていないのか、目をこすりながらソファに座り直した。
いつもなら、夜明け前にはそそくさと帰っていくのに、今日に限っては一向に動く気配がない。元木は休みなのだろうか。とはいえ、こちらから「帰って」と言うのも気が引ける。
ミキは頭の中で朝のスケジュールを猛スピードで組み立てた。とにかくシャワーを浴びて、メイクをしなければ。朝食は冷凍の六枚切りトーストがあったはずだ。でも、元木はどうする? 彼のぶんの朝ごはんも用意すべきだろうか?
考えながらシャワーを終えて出てきたとき、元木がのっそりと立ち上がった。
「じゃ、帰るわ」
寝癖のついた頭を掻きながら、玄関へと歩き出す。
「なんか食べてく? パンくらいしかないけど」
「いや、いい。用事思い出した」
その背中を見て、ミキは昨夜からずっと気になっていたことを思い出した。
「そういえば、Souさん、なんで昨日はいなかったの?」
昨夜、元木から電話がかかってきたとき、「Souはいない」と吐き捨てるように言っていたのだ。
元木は靴を履こうとして、靴紐をむすぶ指をピタリと止めた。それから振り返り、ミキを見た。
「……実はそのことで、話したいことがあったんだ」
「え、Souさんのこと?」
「いやなんていうか、話すと長いんだけど……」元木はちらりと壁の時計を見る。「時間、大丈夫か?」
「ちょっとくらいなら」
8時過ぎに家を出れば十分に間に合う。それよりも話の内容が気になる。
「まあ、ざっくり言うと、俺たち活動休止しようかって」
「え!?」
活動休止――の噂は、週刊誌でよく書かれていた。しかし、人気バンドゆえのゴシップというか、噂の域を出ないと思っていた。
「まさかと思うけど、こないだ私が邪魔したせい……?」
「いや違う」元木は首を振った。「Souと俺と、作りたい音楽の方向性がまったく違ってきてて。しょっちゅう言い争いになるんだよ。このままじゃだめだと思って。あいつと、ちゃんと向き合って話すつもり。音楽の前に、一人の人間として」
そう言って、元木はテーブルに置かれたMDデッキを指差した。
「そのMD、貸してくれないか。必ず返すから。あいつにも聴かせたいんだ」
ミキはMDを手に取った。なぜか胸騒ぎがする。元木を信じていないわけではないが、Souとの話し合いの中で、万が一、壊されたりしないだろうか……。
「私もいっしょに聞いてていい?」
「……え?」
「邪魔……かな。なんかさ、前に少しだけ会ったとき、いろいろ誤解されたような気もしたから……」
元木は、うーん、と少し迷っていたが、
「……別に邪魔じゃないよ。うん……ミキがいっしょのほうが、話が早いかもしれない」
と、一人で納得したようにうなずいた。
「でも、いつ話し合うかって、具体的な時間は決めてないんだけど」
「いいよ、とりあえず仕事終わったら行っていい?」
「了解」
元木を見送って、ミキは大急ぎで支度をした。
自分から言ってしまったものの、やはりSouとの対面は緊張する。
通勤電車に揺られながら、手にじっとりと汗をかいていた。二人の今後の話など、彼ら自身が決めることだ。どうしていっしょに行きたいなどと言ってしまったのか。
MDを貸してほしいという元木の申し出は、純粋に嬉しかった。それが話し合いに良い結果をもたらしてくれるのならば、もっと嬉しい。
ただ、このMDの音楽を聴いただけでは、Souだって元木と同じように、つらい過去を思い出すだけかもしれない。彼らにとっては、痛みと拒絶の結晶なのだから。
そうではなくて、この音楽が、ミキにとってどれだけ大切なものであったかを知ってほしい。MDに詰まった思い出は、ミキにとっては元木そのものだが、その大切な音楽を作ったのは、まぎれもなくSouの力でもあった。その思いを伝えられるのは、20年間この音に救われてきたミキしかいない。
元木がSouとどういった話をするつもりでMDを貸してほしいと言ったのかはわからない。けれど、もしも二人の間で決定的な断絶が起きそうになったら、ミキ自身の思いを、Souに伝えられたらいいなと思った。
仕事はまだ年始ムードが続いていた。ミキの会社は1月4日から営業開始だが、取引先は5日過ぎまで休みのところもあった。本格的に忙しくなるのは、もう1週間ほど先だろう。
ミキは定時で退社し、元木のマンションへと向かった。
「いらっしゃい」
ドアを開けてくれた元木の背後には、差し入れに来たあの日よりも片付いた室内があった。
入ってすぐが広いリビング。奥に二つ部屋があり、そのうちの一つは防音扉がついたスタジオになっているようだ。
リビングの黒い革張りのソファに座らせてもらう。
「もうすぐSouが来ると思う」
元木もまた、少し張り詰めたような、緊張した表情を浮かべていた。
しばらくして、インターホンが鳴った。元木が深呼吸をして、解錠ボタンを押す。
ガチャ、と重いドアの開く音がして、ミキの緊張も最高潮に達した。
足音を響かせて入ってきたSouは、リビングに足を踏み入れるなり、すぐにソファに座るミキの姿を見つけた。
「は? なんで」
瞬時に、Souの顔が不機嫌に歪んだ。
第16話へ続く
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