【小説】noise-ノイズ 第14話|創作大賞2026
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別人のような声で元木は言った。
「ふつうの家がある奴になにがわかる? ある日家に帰ったら母さんがいない。家財がない。父さんも帰ってこない。真っ暗になっても、だれも帰ってこなかった。俺だけ置いて、逃げやがったんだよ」
元木の口から吐き出される言葉は、当時の憎しみをそのまま残していた。暗い部屋で、一人きりで親を待ち続ける10歳の少年の姿が目に浮かび、胸が締め付けられた。
「あとからおばさんに……母さんの妹だけど、あいつらは借金払えなくなって逃げたんだって聞かされた。そういう話をして、べつに同情してほしいわけじゃねえよ。でも、哀れみの目で見られるのは耐えられない」
元木は唇の端を歪めた。
「幸い、おばさんがめんどうみてくれたし、最悪ってわけでもなかった。おばさんの連れがギターやってて、俺にも教えてくれたおかげで、なんとか心保っていられたし」
だから、音楽しかなかったのだ。両親に捨てられ、すべてを失った彼をこの世界に繋ぎ止めていたのは、音楽だけだった。
ミキが黙っているのを見て、元木が苦笑いする。
「ほら、こんな話、聞きたくなんかないだろ? 重いだけじゃん。つらくなるだけじゃん。俺よりも、聞かされたほうがつらくなるんだって。俺はもう過去のことだし、乗り越えてる。けど、家族の話になると、そうやっていろいろ聞きたがるくせに、いざ聞いたら、そんな目になるんだよ。『知らないほうがいい』って、『聞かなきゃよかった』って言われたこともある。だからもうこんな話はやめよう」
「……聞かなきゃよかったなんて、思わないよ」
どこの誰がそんなことを言ったのか、知らない。そんな奴はミキには関係ないことだ。
「Souさんは、知ってるんだよね、もちろん」
「当たり前だろ、あいつは俺に帰る家がないことをわかってて、仲間意識みたいなのを感じてる」
だったら少なくともこの世で一人だけは、元木の孤独を理解していたのではと、ミキは思った。
でも、と元木は頭を押さえた。
「Souなんか、家出してきて、もう親なんか自分にはいねえっていうけどさ。あいつは自分で勝手に出てきたんだ。俺みたいに捨てられたんじゃねえ!」
元木の声が、ついに感情の堰を切ったように荒らげられた。
「だれにも、俺の気持ちなんかわかりっこねえんだよ!」
元木は叫ぶと同時に、手にしていたMDを叩きつけるように放り投げた。
プラスチックのMDはテーブルをすべり、リビングの端へと転がり落ちた。
元木は自分の投げたものを見ようともせず、荒い呼吸を抑えようとしている。
「――悪い、そのMD聴いたら、なんか」
MDをきっかけに、元木が心に封印していた思いをよみがえらせてしまったらしい。肩をすぼめて、バツが悪そうにしている。
ミキはMDを拾った。
「……そんなもん、もう捨ててくれよ。俺にとっては悪い思い出しかないんだ」
「捨てないよ」
「捨てろよ」
「捨てない。だって、私にはこれしかないもの」
ミキが唯一、心の底から好きだといえるもの。
元木にとっては負の感情を呼び起こすものかもしれないが、ミキにとっては、ほかのなによりも大切なものだ。
「他にもいっぱい曲あるだろ。なんでそれなんだよ」
「だって、初めてもらったものだし」
「他のCDやるから」
「それはそれ、これは捨てない」
「俺がぶん投げたせいで壊れたかもしれない」
「壊れててもいい」
ミキはMDをデッキに入れてみる。再生すると、イヤフォンから音が漏れる。壊れてなかった。
「だれにも俺の気持ちなんかわからないって、元木くんは言うけど……だったら、S.O.Sがこんなに売れるはずないと思うんだ」
元木はじっとMDに目を落としている。
「親がいなくなるつらさなんて、私には想像もできない。簡単に『わかる』なんて言えないよ。……でも、私はこの歌がすごく好き。ファンの子たちだってそうだよ。みんな、どこかで寂しさとか、つらさとか、いろんなものを抱えていたから、元木くんの歌に共鳴したんだと思う」
ミキは元木の手に触れた。
「私だってそう。自分の好きなものとか、本当にやりたいこととか、何もうまく親に言えなくて、理解されなくて、ずっと息苦しかった。でも、元木くんの歌だけが好きだった。20年たった今でも、やっぱりその気持ちは変わんない」
ミキは、元木が座るソファのすぐそばに近づいた。
「だから、捨てない。壊れてもずっと大事にするから」
元木はしばらくミキを見つめていた。
「やっぱりわかんねーわ」
と、ぼそりとつぶやく。
「なんでこんな暗い曲が好きなのか……ほんっとにわかんねーわ」
「それは元木くんが私のことを知ろうとしてくれてないからでしょ」
控えめなOLぶってきたが、本当はロックが好きで、かっこいいものが好き。元木はまだそんなミキを知らない。
当然だ。ミキ自身、やっと自分の大切なものを本当の意味で大切にしたいと、やっと思えたのだから。
「私の親も義妹も、S.O.Sの曲が好きみたいだよ。でも、このダークな感じを好きなのは私だけかもね」
ミキはもう一度イヤフォンを耳に差した。
その片側を元木は奪い、自分の耳に入れる。
「変わってるわ、あんたほんとに」
元木は呆れたように言った。
「でも、なんでミキがそんなに俺の曲を好きなのか、――俺も知りたい」
それからしばらくミキと元木はソファで身を寄せ合っていた。
目を閉じていると、高校生のあの日、元木とバスに乗った日のことを思い出す。雨だった。混雑した車内で、元木は離れた席へ行ってしまって、イヤフォンで耳を塞いでいた。周囲の雑音を聞かないように。
でも今は、元木と二人、同じ音楽を聴いている。手を伸ばせば彼の手がすぐそばにあって、手を重ねると、そっと握り返してくれる。
目を開けると、元木の目がやはりミキをそっと見つめていて、そこにはもう以前のような、寂しそうな色はなく、ずっとミキを見つめ続けていた。
第15話へ続く
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