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タイの地元への愛着が強すぎて

お正月にタイの地元へ帰ってから、3ヶ月と少しが経った。

ずいぶん長い間帰れていないような気がしていたが、よく数えてみればまだ100日余りしか経っていない。自分でも驚くほど、私は地元への愛着が強い。

何故「驚くほど」なのかというと、実際にそこで暮らしたのは生まれてからほんの数年だからだ。その後は日本に移り、生活の基盤はずっと日本だった。タイには定期的に帰っていたとはいえ、幼少期に過ごした年数で言えば圧倒的に日本の方が長い。それなのに、私はどうしようもなくタイの地元を恋しく思う。

地元の風景は、昔とはすっかり変わった。
家の前を通る車が砂埃を舞い上げていた道は、きれいに舗装された。実家はリノベーションされ、家の前にあった大きなマンゴーの木も、いつの間にかなくなっていた。

昔は、見渡せば必ずだだっ広い空き地が目に入っていた気がする。でも今は、視界に入るのは家や建物ばかりだ。家と家の境目は曖昧だったのに、今やしっかりと塀が設置されている。コンビニはずいぶん増え、近所のビデオゲーム屋は大麻ショップに姿を変えた。

ご近所さんたちは年をとり、子供たちの姿も少なくなった。同世代の人たちは多くが地元を離れている。

風景も人も、こんなにも変わった。それでも地元に帰ると私はいつも同じことを思う。「ああ、帰ってきたな」と。

本当に不思議だ。形を変え、人も入れ替わったその土地を、なぜこれほどまでに「帰る場所」だと感じるのだろう。いったい何が、私にそう思わせるのか。

あまりスピリチュアルなことを言うタイプではないが、土地と人との間には言葉で説明できない引力のようなものがあるのではないか、と思わざるを得ない。

先日、シンガポールへ行った。
家族の話では、私の遠い祖先の一人は、紆余曲折を経てシンガポールからタイの地元へ流れ着いた人らしい。会ったことも、写真を見たことさえない、遠いご先祖様だ。

シンガポールの街を歩きながら、その人の物語に思いを馳せた。どんな経緯でこの土地を離れ、どんな気持ちでタイに辿り着き、そこに根を下ろしたのだろう。

そんなことを考えながら、早く地元に帰りたいなあとぼんやり思って過ごしている最近です。


mari.

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