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ハーフの私は、日本で“何人”に見られるか 1/3部

「君、もしかして沖縄出身?」

日本で大学生だった頃、飲食店のバイト先でよく言われた声掛けだ。タイと日本のハーフである私は、どうやら沖縄顔をしているらしい。


日本にいると、私はたいてい日本人だと思われる。打率九割くらい。日本語は自然に話すし、見た目もぱっと見は日本に馴染む。

自分からハーフだと名乗ることはほとんどなかった。そのせいもあってか私は長いあいだ、自分が“ハーフであること”をほとんど意識せずに生きてきた。

初対面で出身地の話になると、よく沖縄かと尋ねられる。日本人として受け取られつつ、その中の「どこか」として沖縄が挙がるのだと思う。

一方で少数派にはなるが、「日本とどこかの国のハーフ?」と問われることもある。国名はさまざまだ。ブラジル、フィリピン、メキシコ、スペインetc…見立てる人によって、私の顔は別の地図に配置されるらしい。とりあえず、どこの国もなんだかあったかそう?タイをズバッと当てた人は、長い年月で今のところ二人だけ。

そんなこんなで基本的にはハーフと意識してこなかったため、「タイと日本、感覚的にはどちら寄り?」と聞かれると結構戸惑う。自分の内側で、割合にして意識したことがなかったと、聞かれた時に初めて気がついたくらいだ。家族と過ごすとき、仕事をするとき、旅をするとき──きっと場面や相手ごとに違う。

どちらかに固定されているというより、そのとき必要な言葉と作法が自動的に出てきているだけのような気がする。日本人の輪の中にいても、タイ人の輪の中にいても自分的には違和感がない。

──と、いうことで。

日本で私は多くの場合、日本人に見られる。ときに沖縄。ときどき「日本とどこか」。タイを当てられることは、ほぼない。状況に応じて変わって見えても、そのどれもが私、です。

第二部では、「タイで何人に見られるか」について書こうと思います。※全三部


mari.

あとがき
あくまで私の感覚を文章にしたものです。ハーフと一言に言っても感じ方は人それぞれだと思います。

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